寝起き / 匂い 

文字数 1,042文字

朝食の配膳が済んだ。
「そろそろ皆さん起こしてきますね。」
紗和(さわ)が食堂を出ようとすると、
「私が行くから。」
帆奈美(ほなみ)がそれを制した。ここ数日はファミリーの部屋をノックして声をかける仕事を任せてくれていたが、今日は優菜(ゆうな)も手伝ってくれているので人手が足りているから自分が行く、ということだろうか。上手く理屈に合う理由が思いつかないが、ただの帆奈美(ほなみ)の気まぐれかもしれない。
ファミリーが揃い朝食となった。
「小松さん、よく眠れました?」
「…ええ。」
紗和(さわ)が声をかけても小松ふみはまだ眠そうだった。食事があまり進んでいない。お年寄りの中には睡眠が浅い人が多くいる。何度もトイレに起きているうちに目が覚めてしまい結局眠れなかった、ということもよくあるようだ。
――ん?
改めて食堂を見回してみると眠たそうに粥や味噌汁を口に運んでいるファミリーが今日は目立つ。
眠たそうというよりは意識が朦朧としているようにさえ見えるファミリーもいる。

 *

定時の検温と血圧測定と問診は看護師の優菜(ゆうな)に任せて紗和(さわ)は本来の家事業務に専念した。
何人かのファミリーの部屋の肌着やシーツを替えながら異変に気付いた。
――何だろう、この匂い。
僅かに、本当に僅かにではあるけれどほのかな甘い匂い…
花のそれとも違う、お菓子のそれとも違う、果物のそれとも違う、
――これは…。
急いで15人分全室のシーツ交換を終え、二階のチームメンバー用トイレの個室に駆け込んでポケットのメモを開く。
――!?
やはりそうだ…朝食の時に意識が朦朧としていたファミリーと、部屋に甘い匂いが残っていたファミリー…同じ人達だ。
紗和(さわ)は眉間に意識を集中する。改めて先程脳裏に焼き付けた「部屋の残り香」を思い出す。
あの化学薬品のような甘い匂い…
神経系の毒ガスの残臭に似ている。全く同じものではないし、すべての毒ガスの匂いを全知している訳ではないが、知っているものに極めて近い気がした。
そして紗和(さわ)は昨晩見たものを思い出す。

ファミリーの居住フロアを静かに徘徊するお掃除ロボットラクダちゃん…。

は何をしていたんだろうか…。

もしや任意の、或いは指定されたファミリーの部屋にガスを散布していたのではないか?そのガスの影響で意識の覚醒が妨げられているのではないか?
理由は見当もつかないが理屈はある程度合うのかもしれない…が、あまりにも現実感がない。真夜中に動くラクダちゃん…、今朝、意識が朦朧としていたファミリーの部屋に残る甘い匂い…
紗和(さわ)は短冊ノートを再びジーンズのポケットにしまい、個室を出た。






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登場人物紹介

福森 紗和

36歳 新人チームメンバー

小野崎 帆奈美

48歳 業務主任

中里 優菜

24歳 看護師

ファミリーのお年寄り達 1

ファミリーのお年寄り達 2

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