乾燥室 / びっくり 

文字数 1,246文字

早朝。カーテンを小さく開く。
窓の(へり)に降る霜が昨朝よりやや薄いだろうか…徐々にではあるが、寒さが和らぎ始めている気がする。
食堂に降りると帆奈美(ほなみ)が既に朝食の準備に取り掛かっていた。
「お早う御座います。」
調理担当の清水(しみず)山口(やまぐち)にも聞こえるように声を張る。
「お早う。あ、紗和(さわ)ちゃん!」
帆奈美(ほなみ)が仕事の手を止め、近寄ってきた。
「今日から鳩間(はとま)さんとこ行かなくていいわよ、お掃除もお風呂も私がやるからね。」
――え!?
紗和(さわ)は緊張を悟られぬように平静を装った。鳩間(はとま)紗和(さわ)の尻や胸を触ろうとするフリをして小さな紙片の受け渡しを行ういわゆる『セクハラ作戦』がバレたのだろうか…
「いいのいいの…ごめんね、大変だったでしょ?嫌よねえ本当…」
帆奈美(ほなみ)の表情からは分からない。
「あ、はい。有難う御座います。」
が、ここで帆奈美(ほなみ)の申し出を突っ撥ねて親切を無碍にする形になればそれは至極不自然である。
「お礼は颯太(そうた)君に言ってね。」
――やっぱりか…
やはり左久間(さくま)帆奈美(ほなみ)に報告し対処したのだろう。紗和(さわ)は心の中で舌打ちをした。

 *

響乃森(ひびきのもり)ハウスでは毎日大量の洗濯物が出る。
布団も洗える巨大な洗濯機が二台、衣類用と汚れ物用が一台ずつある。乾燥機はないが、乾燥室という部屋があり、洗い終わった物はみなここに干される。

「やあ。」
左久間(さくま)の声がした。紗和(さわ)は室内を見渡す。シーツや衣類が干されていて視界は良くないが人の気配が無いのは分かる。
「ここだよ。」
声は足元からした。
「わっ!」
一応驚いておく。が、カメラが付いていて薬品散布も出来るのだ。通話機能くらいあっても想定内だ。
「びっくりした!左久間(さくま)君なの?」
「そうだよ。滅多に使わないけどねこの機能は。」
そこには例のお掃除ロボット『ラクダちゃん』がいて、そこから彼の音声が鳴っている。こちらの声も届いているようだ。
「この掃除機で喋れることアイツ知らないんだ」
アイツとは優菜(ゆうな)のことだろう。成る程、これを使っていろんな女の子に悪さしてたのだろう。
「でも実際会って話したいからさ、上手く待ち合わせ出来るように使おうと思ってね。」
「そうだね。私も会って話したい。」
紗和(さわ)はラクダちゃんに屈み込んで囁いた。
「今日の夜、福森(ふくもり)さんの部屋行っていい?」
甘えた声で言い寄って来るラクダちゃん…。夜まで待って、部屋に来たのが左久間(さくま)でなく本当にこのお掃除ロボットだったことを想像して紗和(さわ)は笑いを堪えるのに苦労した。
「君の彼女はどうするの?」
「アイツ、酒飲むとすぐ寝て起きないんだ。だから大丈夫だよ。」
「そうなの?本当に大丈夫?」
紗和(さわ)はラクダちゃんを撫でながら囁く。
――ここがカメラだな…
「…絶対大丈夫。」
やや上ずった声でラクダちゃんは、いや左久間(さくま)は言った。
「分かった。じゃあ今日の…」

♪♪♪
館内放送が入る。
「チームメンバーは食堂に集まってください。繰り返します。チームメンバーは…」
帆奈美(ほなみ)の声である。定時以外のミーティングは珍しい。
それにしても左久間(さくま)と話していると何でこんなによく邪魔が入るのだろう、と紗和(さわ)は埒もないことを考えた。
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登場人物紹介

福森 紗和

36歳 新人チームメンバー

小野崎 帆奈美

48歳 業務主任

中里 優菜

24歳 看護師

ファミリーのお年寄り達 1

ファミリーのお年寄り達 2

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