森 / 歌声
文字数 756文字
その日の夜。
シャワーと歯磨きを一度に済ませた。日常生活の何に対しても、所要時間を最小限にする癖がまだ抜けていない。分厚いカーテンを開けると、窓に張り付いていた冷気が剥がれて部屋の中に小さな風を作る。曇った二重窓を細く開ける。
「うわ寒 !!」
思わず声に出てしまった。
帆奈美 の話では、この辺りは地熱が高いから気温が氷点下を下回っても地面が凍ることはないと言うが、さすがに一月も下旬に差し掛かる真冬の深い山奥である。空気は凍えるほど冷たい。わかっているのだが、今は外気に触れていたかった。紗和 は椅子の背もたれにかけてあったコートとマフラーを着込み、しばらく外を眺めた。
森の木々の隙間に満天の星明りが煙っている。お陰で樹木の枝葉の特徴は見て取れた。
――あれはカシワ…こっちはニレ…あれは…トネリコかな。
やはり温泉が出る地域特有のアルカリ性の土壌に適した樹木が多い気がした。
視線を森の木々から空の星々にうつす。
肉眼で見える星なんて、宇宙のどれほどなんだろうか…。
この年齢 になっても、夜空を見上げていると、そんな埒 もないことばかり考えてしまう。
「…って浪漫 に年齢関係ないか!」
敢えて声に出して自嘲し、窓を閉めた。いや、閉めようとしたとき…
―― …ん??
紗和 は耳を澄ませた。
風と枝葉の擦れる音に交じって、人の声がした、気がした。
紗和 は息を止め耳を澄ませ続けた。
――聞こえる!
洗練された聴覚は一度捕まえた音を決して逃がさない。
確かに聞こえる。人の声か、何か楽器の音か、ここからは判別できないが、それは星々か夜闇 そのものが鳴っているような美しいハーモニーだった。それは厳かな讃美歌かレクイエムのように紗和 の心に響いた。
紗和 はしばしそれに聴 き入 っていたが、
「ックシュン!!」
と派手にくしゃみをし、さすがに今度こそ窓を閉めることにした。
シャワーと歯磨きを一度に済ませた。日常生活の何に対しても、所要時間を最小限にする癖がまだ抜けていない。分厚いカーテンを開けると、窓に張り付いていた冷気が剥がれて部屋の中に小さな風を作る。曇った二重窓を細く開ける。
「うわ
思わず声に出てしまった。
森の木々の隙間に満天の星明りが煙っている。お陰で樹木の枝葉の特徴は見て取れた。
――あれはカシワ…こっちはニレ…あれは…トネリコかな。
やはり温泉が出る地域特有のアルカリ性の土壌に適した樹木が多い気がした。
視線を森の木々から空の星々にうつす。
肉眼で見える星なんて、宇宙のどれほどなんだろうか…。
この
「…って
敢えて声に出して自嘲し、窓を閉めた。いや、閉めようとしたとき…
―― …ん??
風と枝葉の擦れる音に交じって、人の声がした、気がした。
――聞こえる!
洗練された聴覚は一度捕まえた音を決して逃がさない。
確かに聞こえる。人の声か、何か楽器の音か、ここからは判別できないが、それは星々か
「ックシュン!!」
と派手にくしゃみをし、さすがに今度こそ窓を閉めることにした。