聞き込み / 左久間

文字数 1,236文字

左久間(さくま)への接触は気をつけなければならない。これは紗和(さわ)の推測でしかないのだが、施設中に数十台ある監視カメラの映像から得た情報を彼は総て掌握している可能性がある。老探偵鳩間(はとま)元治(がんぢ)左久間(さくま)を一番に警戒し、且つ松本(まつもと)桃花(ももか)の行方に関する重要な手掛かりを持っている、と踏んでいた。

左久間(さくま)と話すなら優菜(ゆうな)が近くにいないときがいい。別にやましいことを考えている訳ではない。単に優菜(ゆうな)の心情を(おもんぱか)ってのことである。
一階なら食堂かキッチン、二階のチームメンバー居住域なら案外何処にいても左久間(さくま)紗和(さわ)に話しかけてくる。

紗和(さわ)が一人でいる瞬間を見計らったように…。

ここに来てからは勿論、普通の日常生活でこんなことはしたこともないが、紗和(さわ)はバスルーム横の洗面台の鏡を使い、髪を櫛で梳かしていた。
「やあ。」
左久間(さくま)が脱衣所のドアからひょこっと顔を出した。
「あ、どうも、お疲れ様です。」
普段ならそんな失礼なことはしないが、紗和(さわ)はわざと鏡越しに挨拶をした。
「俺に何か用?」
「え?用…って何ですか?」
鏡の中の紗和(さわ)左久間(さくま)と目を合わせた。
「…だって、俺がモニターでフロア全部見てるの知ってるでしょ?で、俺のこと最近ずっと避けてるよね?」
左久間(さくま)は、紗和(さわ)の意図に気付いている。紗和(さわ)(おび)き出されていることを承知で話しかけて来たのだ。
「いえまさか…避けてませんよ?」
が、紗和(さわ)はスタンスを崩さない。
「最近ノート取らないな、って思ったら、エプロンの下で小さなメモ帳にコソコソ書くようになったよね?」
――え!?
短冊メモは天井に設置されているカメラの視点からは絶対に映らないはず…完璧な死角で書いていたはずだ…
「俺、君の味方だよ、って言ったよね。隠れてなんかやらないでよ。」
――そっか!!あのお掃除ロボットだ…
市販されていない特殊な(モデル)だ。カメラくらい装備されていてもおかしくない。迂闊だった、と紗和(さわ)は内心(ほぞ)を噛んだ。だとするともしや、セクハラ作戦で鳩間(はとま)と密かにやり取りしていることも知られているのかもしれないな…、と紗和(さわ)は素早く思考を巡らせ、次の言葉を決めあぐねていた。が、好機が訪れた。
響乃森ハウス( こ こ )のことで知りたいことあれば何でも俺に聞いてよ。」
――それを待っていた!

「…何でも教えてくれるの?」

紗和(さわ)は口調を変えた。声色(こわいろ)も視線の角度も変えた。
左久間(さくま)には福森(ふくもり)紗和(さわ)がもしかして、別人に見えたかもしれない。
彼のゴクリ…と生唾を飲む喉の音が聞こえたような気さえした。が、そのとき

颯太(そうた)~、二階にいる~?颯太(そうた)~」
優菜(ゆうな)の声が階下から聞こえた。
紗和(さわ)は鏡から振り向くと左久間(さくま)に近寄って小声で囁いた。

「夜、君の部屋行っていい?」

「いや、夜はアイツが来ちゃうから…」
左久間(さくま)は下でする声の方を指さし困ったように言った。
――知ってる。
優菜(ゆうな)左久間(さくま)は別部屋だが、寝るときは二人で左久間(さくま)の部屋を使う。確実に断られるように誘ったのだ。
「また声かける!じゃあね!」
慌てて逃げるように左久間(さくま)は出て行くと、階下で「お~いここだよ~」という彼の声が聞こえた。



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登場人物紹介

福森 紗和

36歳 新人チームメンバー

小野崎 帆奈美

48歳 業務主任

中里 優菜

24歳 看護師

ファミリーのお年寄り達 1

ファミリーのお年寄り達 2

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