ヌルヌル /  ジジジ / 奇声

文字数 1,226文字

「なにが人類のためだわさ!」
遥かに年下の優菜(ゆうな)に正論を言い返されたのがとても不快だったのだろう、花井(はない)は顔を赤くし、ぬめった全身を紅潮させた。
「お前たちが何と思おうと、どんな理想や信念を持っていようと、今ここで起こることには全く影響しないんだよ…だってさ、お前たちは捕らわれの身なんだから…」
逆上した花井が語尾に『だわさ』を付けることも忘れ、そして何故かパンツを脱ごうとする。
「この全身に塗られているのは『powered lotion(パワードローション)』と言ってな、体に塗るとすんごくヌルッヌルのテカッテカになるだわさ。」
――やはりそうか…
紗和(さわ)は思った。powered lotion(パワードローション)…聞いたことがある。身体機能増強潤滑剤(しんたいきのうぞうきょうじゅんかつざい)…。ピンキリだが、中には兵器と称して差し支えない代物もある。ここに現れた半裸の花井(はない)を見た時から違和感を覚えていたのだ。花井(はない)の身体は別段鍛えられている訳ではない。むしろ中年らしく緩んだ体形である。が、その表面に浮かんだ『独特の照り』は、妙な迫力があるというか、何というか…
「すっごくセクシーだわさ?筋力がアップし感覚も鋭敏になり、皮膚からの酸素摂取量も上がり、興奮作用もある。それだけでなく…」
花井(はない)はパンツを左右に引っ張り両足を力士のように開く不思議なポーズを決め、
「ヌルヌルが気化した成分には強い催淫効果があるだわっさー!!!」
と言い放った。
「何それ!ただキモいだけじゃん!」
「ほざけだわさ!お前たちにもあとでたっぷりと塗りたくってやるだわさー!」
花井(はない)がパンツを左右に引っ張った力士のようなポーズのまま器用に前進し近づいてくる。
「来んなナメクジジジイ!」
優菜(ゆうな)が足をバタつかせて逃げようとするが後ろは壁である。
どうでもいいが、ナメクジジジイ…ジが3つも並んでる。花井(はない)優菜(ゆうな)にヌルヌルと覆いかぶさろうとした時、
「着いたわ」
ドアを細く開け帆奈美(ほなみ)が声を掛けて来た。
「んわ…分かった。温度は?」
帆奈美(ほなみ)の手前もあるだろうか…どもりながらも普通に応対し花井(はない)は何事もなかったように立ち上がってドアに向かった。
「うん、あと10分くらい。」
「丁度いいな。早く片付けちまおう。」
二人は恐らくノーマライザーという機械設備の準備に関する会話を短くした。
帆奈美(ほなみ)がスマホに向かって『入って』と指示を出した。

 *

紗和(さわ)優菜(ゆうな)は拘束されたまま立たされ広いホールのような大部屋に連れていかれた。
先程まで転がされていた無機質な冷たい空間とは違い、そこは深い木目に囲まれ、ほんのりと暖かな木の香りに満ちた不思議な場所であった。組まれた木材の隙間からは間接照明の光が漏れ、昼間の陽光のように薄明るく室内を照らしていた。
「静かでしょ…(つい)の間『Sfumato(スフマート)』よ。」
と言いながら帆奈美(ほなみ)が拘束した二人に木製の椅子を押してよこした。
確かに静かだ…礼拝の前の教会のように。

(つい)の間Sfumato(スフマート)に満ちた静寂を引っ掻き壊すような奇声が轟いた。
――あの声は…
間違いない、鳩間(はとま)元治(がんぢ)だ。何かを大声で喚き散らしている。






ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

福森 紗和

36歳 新人チームメンバー

小野崎 帆奈美

48歳 業務主任

中里 優菜

24歳 看護師

ファミリーのお年寄り達 1

ファミリーのお年寄り達 2

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み