夢 / (による回想) / 別腹
文字数 1,020文字
黒板を擦るチョークの小気味好 い音が静かな講堂に響く。講堂は円筒状の広い空間で、高い天井には銀色の大きなファンが、スープ鍋をかき混ぜるようにのんびりと回っていた。
「…つまりこれらの領域が第二類特殊心理操作術、一般的な言い方をすると…」
後ろ姿の講師が線を引きドン、と拳で黒板を鳴らした。
「ハニートラップ。」
と講師が前を向く。が顔がなかった。頭部はあるが顔面には凹凸があるだけだった。なのに紗和 は講師と目が合ってしまった。
「その定義は?では福森 。」
紗和 は機敏に立ち上がった。何処かで小さな笑いが起きた。
「はい。情報収集に於いて、個人や組織に対し、性的な言動、及び恋愛感情の誘発による心理操作を用いた罠や策略等の一連の工作活動です。」
「大変よろしい。」
が、着席しようとする紗和 に講師は
「では、その適性は?」
と質問を継いだ。
「はい。状況によると思われます。」
「ほう、続けて。」
「はい。対象の趣向、性癖、遂行後の対象の生死、それらを鑑みて…」
「もういい。座れ。」
紗和 の発言を遮った講師は明らかに不機嫌になっていた。
「…はい。」
紗和 は着席した。
すると講師は何か新しい悪戯を思い付いたように底意地の悪い笑みを口の端に浮かべ、尚も紗和 に向かって問う。
「福森 、恋愛経験は?」
紗和 は身を固くしてうつむいた。
「…ありません。」
また何処かで小さな笑いが起きた。
「ん?…すまない。」
聞こえたはずだ。が、講師は耳に指を添えるジェスチャーをした。もっと大きな声で言え、というのだ。
「恋愛経験はありません!」
「残念だね。実に勿体ない…女性諸君はどう思うかね。」
「君くらい立派なものがあればハグするだけで相手を失神 せるのにね。」
ついに大きな笑い声が講堂に響いた。
それは反響し合い増大し、天井の大きな銀色のファンに搔き混ぜられ攪拌され、白濁したどろどろの液体となって壁を伝い降りて来た。
四方を液体に囲まれ逃げ道を無くした瞬間に目が覚めた。
――!?…
見上げる天井には銀色のファンはなく、確かにここが響乃森 ハウスであると確信できた。
笑い声がまだ耳の奥で鳴っているような気がした。が、それは紗和 自身の心拍音だった。そう気づいたとき、急速に呼吸は整い動揺は収まっていった。
福森 紗和 はその養成訓練を終え、ある特殊な職場で14年働いた。
その存在を完全に隠匿された防衛省直下の諜報機関。
決して明るみに出来ない『甘く後ろめたい国益 』をむさぼるための機関。
故、その機関は『別腹 』という通称を持つ。
「…つまりこれらの領域が第二類特殊心理操作術、一般的な言い方をすると…」
後ろ姿の講師が線を引きドン、と拳で黒板を鳴らした。
「ハニートラップ。」
と講師が前を向く。が顔がなかった。頭部はあるが顔面には凹凸があるだけだった。なのに
「その定義は?では
「はい。情報収集に於いて、個人や組織に対し、性的な言動、及び恋愛感情の誘発による心理操作を用いた罠や策略等の一連の工作活動です。」
「大変よろしい。」
が、着席しようとする
「では、その適性は?」
と質問を継いだ。
「はい。状況によると思われます。」
「ほう、続けて。」
「はい。対象の趣向、性癖、遂行後の対象の生死、それらを鑑みて…」
「もういい。座れ。」
「…はい。」
すると講師は何か新しい悪戯を思い付いたように底意地の悪い笑みを口の端に浮かべ、尚も
「
「…ありません。」
また何処かで小さな笑いが起きた。
「ん?…すまない。」
聞こえたはずだ。が、講師は耳に指を添えるジェスチャーをした。もっと大きな声で言え、というのだ。
「恋愛経験はありません!」
「残念だね。実に勿体ない…女性諸君はどう思うかね。」
「君くらい立派なものがあればハグするだけで相手を
ついに大きな笑い声が講堂に響いた。
それは反響し合い増大し、天井の大きな銀色のファンに搔き混ぜられ攪拌され、白濁したどろどろの液体となって壁を伝い降りて来た。
四方を液体に囲まれ逃げ道を無くした瞬間に目が覚めた。
――!?…
見上げる天井には銀色のファンはなく、確かにここが
笑い声がまだ耳の奥で鳴っているような気がした。が、それは
その存在を完全に隠匿された防衛省直下の諜報機関。
決して明るみに出来ない『甘く後ろめたい
故、その機関は『