それは / 真夜中(も) / 作動する

文字数 1,320文字

――そっか!あの時だ!
自室に戻った瞬間に思い出していた。あれは響乃森ハウス( こ こ )で働き始めて三日目の朝のことだ。ファミリーの朝食時、3つ足りないランチマットを指摘した時、帆奈美(ほなみ)は「いいのよこれで」と応えた。それが先程の「いいのよ休んで」と全く同じ調子(トーン)であった、と紗和(さわ)は気付いたのだった。普段が気さくで優しい人柄の帆奈美(ほなみ)だけに紗和(さわ)はあの瞬間、妙に冷たく重い空気を感じ背筋を寒くしたのを覚えている。
――いいのよ休んで…か。
紗和(さわ)の思考は急速な回転運動を始めた。今日はもう休め、寝てろ、という意味か…追及してはならない、知られたくないことが夜、これから起こるということか…。それは響乃森ハウス( こ こ )は何かを隠している、と直感したその『何か』に関わりがある気がしてならない。
――そう言えば、
働き始めた初日も夕食を済ませたら休むように指示されたことも思い出した。確認のためにメモを読み返す。

間違いない…1月22日丁度一週間前、夕食後に上がらされている。あの日は疲労で本当にすぐに寝てしまった。
次に紗和(さわ)は自分がが持っている違和感を一旦強引にでも一連の出来事として考えてみることにした。

1月22日 夕食後勤務終了
1月23日夜 森から歌声が聞こえる
1月24日朝 ファミリーが3人いなくなり
1月25日朝 新たに3人が入所している

――まだ情報不足か…

ファミリーが減ってその分増えることについては関わりがあると言えるが、それと森から聞こえる合唱はまったく結びつかない。それは今日早く休むように指示されたことも同様である。
が、だからと言って帆奈美(ほなみ)の指示通りに早く休む気にもなれない。
考えるほどに今夜『何か』…或いは『何か』に関わる何かが起こる気がする。
しばらく寝ないで様子をみよう、と紗和(さわ)は決めた。

 *

下階で微かに物音がする。
紗和(さわ)は布団の中で目を開けた。
横目でスマホを確認すると、まだ日付は変わっていない。
裸足で部屋を出る。
こんな時間に部屋を出たことはない。

フロアの照明は非常灯だけ残し全消灯されている。
が、紗和(さわ)にとっては真昼同然である。
足音を消し階段を降りる。
音はファミリーの部屋の方から聞こえる。
歩を進める。

フロアの角からそっと顔を出す。

誰か、いや

いる

闇の中に床を這う影…

――え!?ラクダちゃん?

何故かこんな時間にお掃除ロボットのラクダちゃんが作動している。が、日中に掃除をしている時の音ではない。低いモーター音だけをわずかに響かせて静かに、ゆっくりと動いている。
ラクダちゃんは夜間は見守りロボットになるのだろうか…、いやそんな話は聞いていないし、何やら見守っているとも違う気がする。兎に角、もうちょっと近づいて見てみよう。
紗和(さわ)は足音を消して踏み出した。
――!?
視界の端で光が横切った。紗和(さわ)は一瞬眩しさで目がくらんだ。
「何してるの?」
懐中電灯を持った優菜(ゆうな)だった。
「あの、お手洗いに起きて…」
「二階のを使いなよ」
「下で何か音がしたから何だろうって思って降りて来たんです…」
お掃除ロボットを見たことは言わなかった。
「何でもないから、ほら上がるよ。」
優菜(ゆうな)に促され紗和(さわ)も階段を上った。
「ねぇ。」
「はい。」
上りきったところで優菜(ゆうな)が思わぬことを言った。
「ちょっと私の部屋に来て。」

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登場人物紹介

福森 紗和

36歳 新人チームメンバー

小野崎 帆奈美

48歳 業務主任

中里 優菜

24歳 看護師

ファミリーのお年寄り達 1

ファミリーのお年寄り達 2

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