空席 / 空室 / 空気

文字数 1,116文字

 朝食時、紗和(さわ)は困惑が顔に出ないようにするため苦労した。
ファミリーの人数はいつも通り15人。

だが昨日まで居なかった老人が3人いる。

紗和(さわ)が最初に変だな、と思ったのは昨日の朝だった。
帆奈美(ほなみ)がテーブルに並べたランチマットが3つ足りなかったので紗和(さわ)がそれを指摘すると帆奈美(ほなみ)は「いいのよこれで」と言った。
食事の皿を並び終えると、そこだけ歯が抜けたように何も置かれていない席になった。
――佐々木さんと加藤さんと木村さんの席だ。
食事の時、ファミリーが座る位置は決められている。配膳される食事が各人異なっているためだ。メニューは同じだが、アレルギーを持っている人用に食材を入れ替えたり、塩分の管理が必要な人用に味付けを薄くしたり、それぞれ調整されている。配膳には細心の注意を払うが、席順をしっかり決めてさえいれば万が一のミスが起こるリスクを軽減できる。
――具合でも悪いのかな…
体調が優れないため朝食を摂らずにベッドで休んでいるのかもしれない。取り敢えずそのときはそういうことにして仕事に集中した。

 *

が、佐々木と加藤と木村はベッドで休んではいなかった。部屋はきれいに空になっていて、昨日までそこで暮らしていた人の痕跡が無くなっていた。
紗和(さわ)は朝の帆奈美(ほなみ)の妙な態度を思い出していた。

「いいのよこれで。」

ランチマットが足りないことを指摘した際、帆奈美(ほなみ)のその答え方には違和感があった。無感情というか、素っ気ない、というか、むしろ冷淡な…。これ以上の質問は許さない、追及するな察しろ、というような重い空気をはらんだ言い方に聞こえたのだ。
――亡くなったのかもしれない。
紗和(さわ)は思った。3人に体調が悪い様子は見られなかったように思うが、何しろ自分はこの現場の素人だ。それこそ看護師の優菜(ゆうな)などは死期が近づいている、と知っていたのかもしれない。
紗和(さわ)は胸の内に氷の塊が沈んでいくような気持ちになった。
が、同時に紗和(さわ)は思った。では自分に何が出来ただろうか、と。
この種の施設で働く限り、何度も何度も氷の塊を飲み下さなければならないのだ。今朝、帆奈美(ほなみ)が言い放った「いいのよこれで」には、そんな覚悟を問う意味があったのかもしれない、と紗和(さわ)は思った。

 *

しかし今、テーブルについているファミリーの人数はいつも通り15人。
昨日のうちに3人入所したのだ。
欠員が出て、入所希望者に、或いはその家族に通知を出し、通知を受け、準備してやってくる。それぞれの手続きには面倒な事務作業もあるだろう。遠方の入所希望者もいるとすれば、移動時間もかなりかかる場合もあるだろう。たった一日で3人揃うだろうか…
感情の揺れが収まらず、思考も捗らない。でもそれを、今は決して悟られてはならない気がしていた。










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登場人物紹介

福森 紗和

36歳 新人チームメンバー

小野崎 帆奈美

48歳 業務主任

中里 優菜

24歳 看護師

ファミリーのお年寄り達 1

ファミリーのお年寄り達 2

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