スマホ / 間取り / 醤油さし

文字数 1,156文字

 アラームが鳴る…

ずっと充電ケーブルに繋がれたまま、時計の役割しか果たせないスマホもきっとさぞ不本意であろう。が、福森(ふくもり)紗和(さわ)は近頃は全くスマホを使わなくなっていた。SNSもやっていないし、ゲームもやらない。読書もメモも紙のほうが好きだ。そして誰かから電話が掛かってくることもない。ただ去年の春までは、昼夜を問わずひっきりなしに鳴るスマホに、眠れない社畜の日々を強いられていた。前職を辞し、プライベート用のスマホから仕事関連の連絡先を全て消去した時、友人が一人もいないことに紗和(さわ)は愕然とした。ほぼ空になったスマホの電話帳を眺め、そのとき初めて、彼女は押し寄せる圧倒的な孤独の気配に身震いした。
――さあ!集中しなきゃ!
両手で頬を叩いて気合を入れ、ベッドから出て着替え、自室を出た。
チームメンバー用バスルームの脱衣所にある洗面台を使おうと入ると、帆奈美(ほなみ)がタオルを替えているところだった。
「お早う御座います。」
「お早う。眠れた?」
「はい。」
「そう。」
帆奈美(ほなみ)と短い会話をし、洗顔と歯磨きをし、紗和(さわ)は食堂に下りた。

 *


ファミリーの朝食の時間。
配膳をし、各部屋に声を掛けファミリーを食堂に集める。
それが済めばあとは見守るのが主な仕事となる。
――それにしても…
紗和(さわ)は考えた。
それにしてもこの人達は皆、元気だ。確かに、ハツラツとした弾けるような気力とは違うが、少なくとも自分のことは自分で出来るくらいにしっかりとしている。よくメディア等で目にする厳しい介助や介護の現場をイメージしていたから現実との差に驚いた。殆ど手伝うことがない。車イスの人はおろか、杖をついて歩行している人さえいない。昨日の洗濯物を見る限りではオムツを使っている人もいない。着替え、食事、トイレ、おそらく入浴も、介助なしで出来るのだろう。
紗和(さわ)ちゃん、小松(こまつ)さんにお醤油とってあげて」
「はい。」
テーブルの端にいた帆奈美(ほなみ)から指示されたので、紗和(さわ)は醤油さしをとって小松(こまつ)ふみの前に置いた。
「はいどうぞ。」
「ありがと。」
小松(こまつ)ふみは笑顔で礼を言った。
――やっぱり、このお年寄り達は…
紗和(さわ)は再び思案する。昨日の休憩時間中にハウス内を歩き回り、だいたいの間取りは把握した。一階は食堂や浴室やファミリーの部屋といった居住空間の他に洗濯室や乾燥室のようにメンバーが仕事をする場所、その他にはポンプ/ボイラー室といった設備もあった。
二階は殆どチームメンバーの居住スペースであるが一階の半分ほどの広さしかないが、食堂の真上が大きなテラスになっていた。
当然だがハウス内を歩き回ればいろんなファミリーに出くわす。その(たび)、挨拶や会話をして顔と名前を覚えた。最初はうっすらとした違和感だったのだが、何人かと話すうちに確信に近づきつつあった。

――もしかして、この人達は皆、認知症かもしれない…
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登場人物紹介

福森 紗和

36歳 新人チームメンバー

小野崎 帆奈美

48歳 業務主任

中里 優菜

24歳 看護師

ファミリーのお年寄り達 1

ファミリーのお年寄り達 2

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