バス / 車窓 / 縞模様 

文字数 1,643文字

 黒々と背筋を伸ばした木々の群れが、ただ車窓を高速で横切っていく。浅めにリクライニングしたシートにもたれ、福森(ふくもり)紗和(さわ)は不思議な気持ちでそれを眺めた。
 突如、視界が闇に切り取られ、木々の代わりにオレンジ色の光の弾丸が視界後方へ飛び去っていく。
――またトンネルだ。
紗和(さわ)は思った。
 中央自動車道はトンネルが多い高速道路である。大小様々のトンネルを抜けていく。紗和(さわ)も初めは面白がってその数を数えていたが、考え事をしていたら、途中で何処まで数えたか分からなくなってしまった。
 景色が放つ音が変わった。バスはトンネルを抜けていた。心なしか先程より木々の色も濃く、山の斜面も急になっている気がした。
『言っとくけど結構山奥だよ。スマホとかパソコンとか使えないからね。』
面接をしてくれた花井(はない)の言葉を思い出した。

 *

「え~じゃあ宜しくお願いします。」
とPCの画面に現れた人物を見て、紗和(さわ)は本当にこれが面接官なのかな、と疑った。その髪を短く刈り込んで色のついたメガネをかけた40代半ば位の男が映る画面の左端には〖花井(はない)俊之(としゆき)〗と表示されていた。それは確かに今までやり取りしていた面接担当者の名前だった。
花井(はない)はどこかのカフェにいるらしく周囲は騒がしかった。画面に映り込んだ灰皿には吸い殻が積み上がっている。
「はい。宜しくお願いします。」
紗和(さわ)は画面に向かい一礼した。面接はリモートで行われている。履歴書はあらかじめPDFファイルにして送信してある。
「え~福森(ふくもり)紗和(さわ)さん、え~36歳、え~独身…」
「はい。」
と答えながら心の中で
――いちいち声に出すな!黙読しろや!!
と叫んでいた。
「ネットで見たの?」
ここの募集はどのように知ったか、という質問だろう。
「はい、募集サイトで拝見しました。」
紗和(さわ)は答えた。
「ふ~ん。前職はええ~これは~人材派遣みたいな何かかな?」
「はい。そうです。」
詳しく話せば全然違うが花井(はない)がそう認識したならその方向で説明しようと思った。
「成る程ね、うん、大体どんなことを?」
「いろいろ経験させて頂きました。経理事務、営業事務、秘書室にいた時期もありましたし、イベント設営や引っ越しの手伝いをしたこともありました。」
正直かどうかは分からないが嘘はひとつもない。
「へえ~、じゃあ体力には自信あるんだね?」
「はい!すごくあります!」
ここは正直に答えられた。去年の春まで勤めていた職場が紛うことなき真っ黒け企業で、そこで10年以上も働いた自分は、精神的にも肉体的にも相当タフである自負がある。
「よしいいね!そういうの。で、うちの概要は見てもらってるよね?ざっくり言うとさ、お年寄りの暮らしを手伝う仕事なんだよね。」
花井(はない)の声がワントーン高くなった。
「はい、拝見しました。それで私、こういった仕事は未経験で資格もないのですが…」
「あ~そういうの大丈夫大丈夫、書いてあったでしょ全部不問だから。で日曜日までに現地に入ってもらってさ、次の日から働いてもらいたいの、可能?」
紗和(さわ)の質問も取り合わず花井(はない)が勝手に話を進めている。
「え!?あ、はい…え!?来週の日曜ですよね?」
「いや今週の日曜、21日の。」
「え!?
さすがに急すぎる気がするが…でもすぐに働けるのはむしろ有難い。
「じゃあバスの時間分かったら連絡ちょうだい。迎えに行かせるから。」
「はい、有難う御座います。」
紗和(さわ)は画面の花井(はない)に向かって頭を下げた。
「言っとくけど結構山奥だよ。スマホとかパソコンとか使えないからね。」
「はい。問題ありません。」
連絡を取り合う友人もいない。
「そう?よし!じゃあよろしくね!」
「はい。承知しました。宜しくお願いします。」
と言って紗和(さわ)はリモート面接の画面を閉じた。

 *

高速バスの車内アナウンスが、間もなく降車するバス停に到着することを伝えた。紗和(さわ)はコートの襟元を合わせ、マフラーを巻きながら窓の外を見た。まだ夕方だというのに外はもう暗かった。高い山々に囲まれた土地は日照時間が短い。だからだろうか、景色は既に、藍と黒のただの縞模様であった。



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登場人物紹介

福森 紗和

36歳 新人チームメンバー

小野崎 帆奈美

48歳 業務主任

中里 優菜

24歳 看護師

ファミリーのお年寄り達 1

ファミリーのお年寄り達 2

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