決行へ / シルエット / らんらん
文字数 1,293文字
紗和、莉瑠、鳩間は左久間の部屋を後にしていた。直前に四人は短く話し合ってそれぞれの役割を決めた。
今から紗和が単独で優菜を救出するために、ここから2kmほど離れたmastering boothに向かう。
莉瑠と鳩間は響乃森ハウスに残り、帆奈美や花井を見張る。万が一この二人のどちらかがmastering boothに向かいそうなときは何とか足止めをしたり、早急に紗和に知らせなければならない。左久間は2機のラクダちゃんを駆使し、皆が連絡を取り合えるようにする管制塔となる。
* * *
自室に戻り、後ろ手でドアを閉め紗和は顔をしかめた。
――…たばこの匂い…!?
急いで紗和は充電器からスマホを取った。
指を滑らせ操作し録画状態を止めた。
昨晩に続き、また紗和の部屋に侵入した者がいたようだ。空気中に残ったたばこの匂いから、響乃森ハウス関連の人物で唯一の喫煙者、花井俊之ではないか、と紗和はあたりをつけていた。
動画を再生する。
スマホの画面の中で自身の、ドアを開け部屋を出てゆく後ろ姿が映り、その後の部屋の様子は一枚の画像のようにピタリと静止していた。
紗和は画面下のバーを指で操作し動画を早送りした。しばらく進めると、
――来た!
ゆっくりとドアが開き、そっと中を覗き込むように何者かの影が見えた。逆光でシルエットしか判別できないが、体格から男性であること、髪型から左久間や他の男性入所者でないことがわかる。
人影が紗和の部屋に入ってくると窓からの光が顔に当たり、ようやく人物が特定できた。
果たしてそれは
やはり花井俊之であった。
花井はweb面接時に画面越しで見た時の印象よりもかなり窶れていた。短く刈り込んでいたはずの頭髪も伸び散らかりやや薄く油が浮いていた。頬はこけ顔色はくすみ、薄く色の付いたメガネの奥で眼球だけがらんらんとぎらついている。
部屋に入ってきた花井はシーツや脱いで放ってあった紗和の寝巻に頬ずりしたり匂いを嗅いだりして、時折何かぶつぶつとした言葉を発したり歯を剥き出してニタニタと笑ったりしている。
紗和は動画を終いまで見終わってスマホを閉じ小机に置くと、首筋から全身に伝播していく寒気に身震いした。
恐怖と悍ましさで思考が正常な状態から剝離し奈落に落ちてゆくような感覚に付きまとわれていた。
――落ち着け!先ずすべきこと…でもその前に…これ何だろう…
本当に何なのだろう、先程から只ならぬ寒気が体中を食い荒らしている。
――何か、重大な事を見落としている…。
彼女の無意識が警告を発している。
――ッッッッそうだ!
それに思い至り紗和ははっとして息を…いや、息をのむことさえできず、それ以上はピクリとも動けなくなった。
…動画には、侵入者である花井が部屋を出て行くところが映っていなかった…
バチバチバチ!!!
断続的な乾いた破裂音が響いた。
足首に強烈な痛みが走った。
バランスを崩し転倒した。
それらは時間の壊れたスローモーションみたいに一瞬で起こった。
横倒しの視界の先に…ベッドの下の狭い薄闇の中に、スタンガンの小さな雷を手にした一人の男が、獣のようにらんらんと眼をぎらつかせた花井が、歯を剥き出して笑っていた。
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