影(気配) / 画面 / 記憶

文字数 1,282文字

自室に戻ると紗和(さわ)は部屋の中をじっと観察した。莉瑠(りる)に短冊ノートを渡すために一度室内に戻ったときにも少し違和感があった。それにふと気づいた瞬間は些細な点であった。が、凝視していると見る間に大きなシミとなった。
――…?!
何者かが部屋に侵入した形跡がある。
紗和(さわ)は些細な異変を見落とさないための習慣として、スーツケースや小机や椅子の位置と角度、枕やシーツやブランケットのシワなどを毎日全く同じ形にしてから部屋を出る。
――間違いない…
この部屋本来の使用者である紗和(さわ)以外の誰かがそこにいた気配が(わず)かに、しかし(たし)かにまだ残っていた。
スーツケースの中も開けられたようだ。たたんであった衣類が少し見覚えのない形によれている。
――目的は…?
メモかもしれない、と紗和(さわ)は思った。
響乃森ハウス( こ こ )が抱える隠し事を暴くために監視カメラの死角で短冊ノートにコソコソとメモをとっていたのは左久間(さくま)には恐らくバレていただろう。彼がそれを奪いにここに忍び込んだのだろうか…。が、短冊ノートは盗まれることなく無事に莉瑠(りる)の手に渡っている。左久間(さくま)がちょっと物色したくらいでは絶対に見つけられないだろう。諜報員か探偵か、それこそ同業者でない限り考えつきもしない隠し方があるのだ。でも…
――いや違う。
左久間(さくま)ではない。
ほんの微量、本当に(かす)かにだが、部屋の空気に交じっている煙草の匂い…。
左久間(さくま)は煙草を吸わない。一度でもあれだけ密着すれば分かる。
喫煙が習慣になっている者はその痕跡を完全に隠しきることが出来ない。衣類や頭髪に(にお)いが付着するし、仮に入浴し着替えてから会ったとしても、その呼気や体の内側から漂う喫煙者の独特の空気感を誤魔化すことは困難である。少なくとも福森(ふくもり)紗和(さわ)に対しては不可能である。
紗和(さわ)は他のチームメンバーの顔を順番に思い浮かべていく。
帆奈美(ほなみ)優菜(ゆうな)も、調理係の清水(しみず)山口(やまぐち)も喫煙者ではない。
新人の八神(やがみ)莉瑠(りる)はどうだ?
一定期間観察した訳ではないが、今のところその様子はない。何より、あの険しい山道を自転車で登り切る無尽蔵の体力を持っている。状況から鑑みても考えづらい。
ではファミリーはどうだ。3人ほど喫煙者がいる。が、みな加熱式のタバコを使用している。安全上の問題で、響乃森ハウス( こ こ )に入所する際に制限されるらしい。火をつける煙草と、加熱式のタバコでは匂いに明確な違いがある。それに何より部屋には簡易的にだが一応ロックが掛かっている。だとするとやはり、

――花井(はない)…か。

面接時、PC画面の端に映った大量の吸い殻の積まれた灰皿を思い出した。
花井(はない)はここの代表だ。各部屋の合鍵(あいかぎ)くらい自由に使えるはずだ。
先入観に捉われていた。
紗和(さわ)が自宅からリモートでweb面接したとき、花井(はない)は割と周囲が騒がしいカフェのような場所にいた。その印象から勝手に、彼が人事採用には関わるが実際の現場にはいない人物、と決めつけていた。が、確実に花井(はない)響乃森(ひびきのもり)ハウスの何処かに、恐らく今も居る。

相手も動いて来たのだ。
紗和(さわ)は自身の警戒レベルを引き上げた。が何か、心のどこか、「ここ」と言い示せない場所が、浮ついたような、むず痒いような、不思議な高揚を感じていた。



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登場人物紹介

福森 紗和

36歳 新人チームメンバー

小野崎 帆奈美

48歳 業務主任

中里 優菜

24歳 看護師

ファミリーのお年寄り達 1

ファミリーのお年寄り達 2

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