スクリーン / 綿 / ガンちゃん

文字数 1,003文字

連れてこられたファミリー達は大きな木造りのテーブルに添えられた革張りのソファーに誘導され腰掛けていた。静かな駆動音に目をやると、(つい)の間の天井中央から大きなスクリーンが降りてきていた。
藤木(ふじき)さん、こちらへ。」
帆奈美(ほなみ)がファミリーの一人をスクリーン正面の一際豪華そうに見える大きな椅子に招いた。
左久間(さくま)に支えられ藤木(ふじき)はゆっくりとそこへ歩き、やがて柔らかな背もたれの椅子に深く沈んだ。
ややあって(つい)の間の照明が絞られ薄暗くなった。

御祖父(おじい)ちゃん!」

スクリーンに10歳くらいの男の子が映った。
「聞こえる?見える?」
男の子は笑顔で手を振って藤木(ふじき)老人に呼びかけている。
壮太(そうた)…聞こえるよ。大きくなったね。」
老人は瞳を潤ませスクリーンを見上げた。響乃森ハウス施設内で見る藤木(ふじき)は寡黙な男で、紗和(さわ)は日々の健診で接することが多かったが会話を交わしたことはあまりなかった。彼にこんな穏やかな表情があるとは意外だった。

それから数分、藤木(ふじき)は孫と楽しそうに会話した。
やがて男の子の後ろにいた女性が屈み込むように映った。この子の母親で、藤木(ふじき)の娘だろうか。
「…お(とう)さん…」
辛うじて聞き取れる声で小さく父を呼び震えた。娘は振り絞るように言った。
「…ありがとう……。」
それだけだった。思いは沢山溢れているのに、言葉になったのはそれだけだった。
そうして、スクリーンから映像が消え(つい)の間、Sfumato(スフマート)もしばし暗転がおとずれた。
「ここで家族と映像を繋いで最期のお別れをするのよ。」
帆奈美(ほなみ)は状況をただ眺めるだけの紗和(さわ)優菜(ゆうな)にそう説明した。二人とも黙っていた。
「不思議なものでね、家族を前にしてサヨナラを云う時には意識がはっきり戻ることが多いの。」
確かに藤木(ふじき)も普段よりだいぶしっかりした言葉と表情だった。

「ふひょっぽるー♪▼◇××、次はボクの番かな?」
鳩間(はとま)がラクダちゃんにまたがり踊りながら帆奈美(ほなみ)に近づいて来た。
「次は近江(おうみ)さんです!もう本当キモい!」
「きもくないもん可愛いもん!」
帆奈美(ほなみ)に冷たくあしらわれ鳩間(はとま)は拗ねたようにくねった。
「ふふ…悪いなガンちゃん、俺が先だ。」
――ガンちゃん…?そっか、この二人仲が良かったっけ…
紗和(さわ)はハウス内での様子を思い出した。
近江(おうみ)は呆れたように笑いながらも一人で立ち上がった。
「とは言っても、俺はもう挨拶したいやつなんていないから、世話になった弁護士に礼を言うだけだから、すぐ済む。」
言いながら近江(おうみ)はスクリーンに向かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

福森 紗和

36歳 新人チームメンバー

小野崎 帆奈美

48歳 業務主任

中里 優菜

24歳 看護師

ファミリーのお年寄り達 1

ファミリーのお年寄り達 2

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み