第54話 不破と灰谷は地底洞窟で合流する
文字数 3,118文字
華乃の姿をしたハイドラを名乗る少女の白い触手に、童士は左脇腹を貫かれた。
「グゥッ!………」
激しい痛みに右脇を押さえた童士は、腰を折りながらも自身の負傷状況を確認する。
『うむ……運良く内臓には届いていないようだ……
しかし、褐色のハイドラとは違って…この白いハイドラには、戦士としての矜持 を求めるのは無理なようだな』
童士の確認と思考の時間を、負傷の度合いに当て嵌めたか、邪悪な笑みを浮かべた華乃の顔で、ハイドラは愉悦に浸ったかのような楽しげな声を出す。
「童士さん、どないしたの?
痛いの?苦しいの?
アタシがもっと早く楽にしたげようか?」
相も変わらず華乃の声で、童士を虚仮にするような言葉を吐き出すハイドラ。
その姿を童士はキッと睨みつけ、激昂した獣の咆哮を上げる。
「この野郎っ!
いい加減にしやがれっ!
華乃の姿と華乃の声を、無意味に使うんじゃねえっ!
手前だけは許さねぇぞっ!!」
叫んだ童士は、ハイドラへ突進するように走り出す。
脇腹から滴り落ちる血液も、左半身を支配しようとする激痛も感じさせないような見事な童士の疾走。
ハイドラとの距離を数瞬の間に詰め寄った童士は、天星棍を構えながら渾身の突きをハイドラの腹部へと見舞おうとする。
「童士さんっ!
止めてっ!」
驚愕の表情で童士に向けて華乃の声で叫ぶハイドラ、童士はまたしても一瞬の躊躇を見せるが…天星棍をそのまま突き込む。
しかしその一瞬は、童士の突きを鈍らせるに足る充分な隙であったようだ。
「甘い、甘いぞ…不破童士!」
童士の突きを右足を引くようにスルリと躱したハイドラは、歪んだ笑みと共に次は左腕を童士へ突き出す。
その指先からは先程と同様の白く細い触手が飛び出し、今度は童士の鳩尾辺りを的確に狙う。
「ぬぅおぉぉぉぉぉっ!」
叫んだ童士は突き終わりの体勢を無理矢理に捻って、ハイドラの細く鋭い触手による一撃を避ける。
しかし態勢を崩したままに避けたことで、右脇腹を浅く切り裂かれた童士はそのまま横様にドウッと倒れ込む。
「嫌っ!イヤァァァァァッ!
童士さんっ!死なんといてぇっ!!」
絹を裂くような鋭い悲鳴が、倒れた童士の耳に届く。
立ち上がり際に童士が声の発生源を振り返ると、視線の先には華乃が青い顔を悲痛な表情に歪ませながら、口元に手を当てがい立ち尽くしている。
どうやら異臭が収まったことを確認し、童士の安否を確認するために戻って来ていたようだ。
「華乃っ!
俺は大丈夫、ただの擦り傷だっ!
それよりも…ここから少し離れているんだっ!」
童士の指示に頷いた華乃は、その場から少し離れようとしたが…童士が対峙している存在に目を遣ると、驚愕の余りその眼を見開き、そして口を大きく開いた。
「アタシがもう一人…居る?」
立ちすくむ華乃が見たモ ノ は、果たして漆原華乃の鏡像とも云うべき存在であった。
「何で…アタシが…童士さんと戦ってるの?」
混乱する華乃を視認し、華乃=ハイドラはニンマリと邪悪な微笑みと共に華乃=原物 へと悪意の充満した声で告げる。
「そんなんアタシが童士さんを、アタシだけの物にするために決まっとるやんっ!
アタシみたいなちっぽけな孤児 が、童士さんみたいな素敵な男 に相手にされる訳ないんやもんっ!
そやから…そやからアタシが童士さんを独り占めするためやったら、アタシの手ぇで童士さんを殺してしまわんとアカンねんっ!
アンタもアタシやねんから判るやろっ!
アタシの邪魔せんと、黙ってアタシが童士さんを殺 るトコを見とったらエエねんっ!!」
華乃=ハイドラの叫び声に、華乃=原物 は言葉を失う。
「そんなん……アタシは……童士さんを殺そうなんて……」
華乃=原物 の弱々しく呟く声に、華乃=ハイドラは更に畳み掛ける。
「殺そうとは思ってないけど…何?
それでもアンタは、童士さんを自 分 だ け の 物 にしたいんやんかっ!?
他の女に取られるぐらいやったら…童士さんを殺してしまえばエエねん。
アンタみたいにちっぽけで弱くて何も持っていない女の子では、童士さんを殺すなんて出来る訳ないもんなぁ。
せやからアタシがアンタの気持ちを汲んで、アンタの代わりに童士さんを殺してあげるんやんかっ!
童士さんがアンタの許から去って、他の女と幸せになるんと…今アタシがアンタのために童士さんを永遠にアンタだけの物にしてあげるんとどっちを選ぶんよっ!!」
華乃=ハイドラの言葉に、華乃=原物 は顔面を蒼白にしながら涙を流しつつも強い意志を以って応える。
「アタシは…確かにアンタの言う通り、ちっぽけで弱くて…何も持ってない孤児や。
そんなアタシを童士さんが選んでくれる訳なんてないって、そんなんアタシが一番良う知っとるわっ!
でもな…童士さんがアタシなんかよりも、もっと綺麗な他の女の人を選んだかって…アタシは童士さんを殺して自分の物になんてしたくないわっ!!
そうなったらアタシは…アタシは…その女の人に負けんぐらい綺麗になって、自分の力で童士さんがアタシのところに戻って来るように頑張り続けるだけやっ!
アタシの顔して、アタシの声を使って、アタシの心にある不安を言い当てたかって…アンタは絶対にアタシやないっ!
アタシはアンタみたいに薄らみっともない真似をして、自分が好きになった男の人を傷付けるようなことはせぇへんわっ!!
よぉ、覚えときぃっ!」
華乃の一世一代の啖呵に聞き惚れていた童士は、戦闘の最中ではあるが華乃=原物 に向き直り、優しくそして力強く自分の想いを告げる。
「華乃…良くぞ言った。
以前 にも言ったが、華乃は強い…本当に強い少女だ。
華乃の心の強さ、その眩しく輝く心に俺は惹かれているんだ。
俺の言葉で華乃が安心出来ないのであれば、俺は何度でも何度でも言うぞ。
俺には華乃だけしか居ないんだ、だから俺は華乃の許に必ず帰るし…華乃には俺のことを待っていて欲しい。
しかし…華乃が俺に愛想を尽かして立ち去らない限りはだがな」
言葉の最後に笑顔を見せて童士は、華乃に己の想いを告げた。
涙を流したままの顔で、その顔を盛大に赤らめた華乃は…小さな声ではあるがはっきりと応える。
「はい…アタシは童士さんを信じています」
童士と華乃=原物 の遣り取りを見た華乃=ハイドラは、ここで初めてその顔を怒りに歪ませ地団駄を踏む。
「不破童士っ!
己が好意を寄せ、己に好意を寄せる女の前で、我がお主を不様に弑し…その後で女を無惨に縊り殺してくれるわ。
それとも…女が先でお主が後の方が良いか?
動けぬようにしてから、お主に決めさせてやろう」
華乃=ハイドラの言葉に童士は、怒りに眼をギラリと光らせて睨み付ける。
「ハイドラよ…今の手前は誇りも何も持たぬただの化け物だ、戦士の矜持 もない化け物には…その身に相応しい死を与えてやろう。
這いつくばって命乞いをしながら、先刻の言葉を後悔するが良いっ!」
そして華乃=原物 も負けじと声を張り上げて、童士の背に向かって叫ぶ。
「童士さんっ!
こんな嫌らしい汚らわしい怪物は、今この場でやっつけてっ!!
アタシと同じ顔の怪物なんて、もう二度と見たくもないねんっ!!」
華乃=原物 の叫びに親指を上げ で応えた童士は、気合一閃で華乃=ハイドラへと殺到する…かに見えた。
その時、地下洞窟の通路側から…何者かの叫び声と、通路の岩盤を破壊するような音が響いて来る。
「うわぁ〜!!
何やコイツ、無茶苦茶しよるがなぁ〜!!」
少しばかり素っ頓狂な声を上げながら通路を抜け、駆け込んでくる人影。
その直後に通路へと侵入して来る、暗黒の液状物質の奔流。
それは這い寄る混沌 に追われて、地底洞窟の広間に飛び込んで来た灰谷彩藍と…その追跡者である這い寄る混沌 の姿であった。
「グゥッ!………」
激しい痛みに右脇を押さえた童士は、腰を折りながらも自身の負傷状況を確認する。
『うむ……運良く内臓には届いていないようだ……
しかし、褐色のハイドラとは違って…この白いハイドラには、戦士としての
童士の確認と思考の時間を、負傷の度合いに当て嵌めたか、邪悪な笑みを浮かべた華乃の顔で、ハイドラは愉悦に浸ったかのような楽しげな声を出す。
「童士さん、どないしたの?
痛いの?苦しいの?
アタシがもっと早く楽にしたげようか?」
相も変わらず華乃の声で、童士を虚仮にするような言葉を吐き出すハイドラ。
その姿を童士はキッと睨みつけ、激昂した獣の咆哮を上げる。
「この野郎っ!
いい加減にしやがれっ!
華乃の姿と華乃の声を、無意味に使うんじゃねえっ!
手前だけは許さねぇぞっ!!」
叫んだ童士は、ハイドラへ突進するように走り出す。
脇腹から滴り落ちる血液も、左半身を支配しようとする激痛も感じさせないような見事な童士の疾走。
ハイドラとの距離を数瞬の間に詰め寄った童士は、天星棍を構えながら渾身の突きをハイドラの腹部へと見舞おうとする。
「童士さんっ!
止めてっ!」
驚愕の表情で童士に向けて華乃の声で叫ぶハイドラ、童士はまたしても一瞬の躊躇を見せるが…天星棍をそのまま突き込む。
しかしその一瞬は、童士の突きを鈍らせるに足る充分な隙であったようだ。
「甘い、甘いぞ…不破童士!」
童士の突きを右足を引くようにスルリと躱したハイドラは、歪んだ笑みと共に次は左腕を童士へ突き出す。
その指先からは先程と同様の白く細い触手が飛び出し、今度は童士の鳩尾辺りを的確に狙う。
「ぬぅおぉぉぉぉぉっ!」
叫んだ童士は突き終わりの体勢を無理矢理に捻って、ハイドラの細く鋭い触手による一撃を避ける。
しかし態勢を崩したままに避けたことで、右脇腹を浅く切り裂かれた童士はそのまま横様にドウッと倒れ込む。
「嫌っ!イヤァァァァァッ!
童士さんっ!死なんといてぇっ!!」
絹を裂くような鋭い悲鳴が、倒れた童士の耳に届く。
立ち上がり際に童士が声の発生源を振り返ると、視線の先には華乃が青い顔を悲痛な表情に歪ませながら、口元に手を当てがい立ち尽くしている。
どうやら異臭が収まったことを確認し、童士の安否を確認するために戻って来ていたようだ。
「華乃っ!
俺は大丈夫、ただの擦り傷だっ!
それよりも…ここから少し離れているんだっ!」
童士の指示に頷いた華乃は、その場から少し離れようとしたが…童士が対峙している存在に目を遣ると、驚愕の余りその眼を見開き、そして口を大きく開いた。
「アタシがもう一人…居る?」
立ちすくむ華乃が見た
「何で…アタシが…童士さんと戦ってるの?」
混乱する華乃を視認し、華乃=ハイドラはニンマリと邪悪な微笑みと共に華乃=
「そんなんアタシが童士さんを、アタシだけの物にするために決まっとるやんっ!
アタシみたいなちっぽけな
そやから…そやからアタシが童士さんを独り占めするためやったら、アタシの手ぇで童士さんを殺してしまわんとアカンねんっ!
アンタもアタシやねんから判るやろっ!
アタシの邪魔せんと、黙ってアタシが童士さんを
華乃=ハイドラの叫び声に、華乃=
「そんなん……アタシは……童士さんを殺そうなんて……」
華乃=
「殺そうとは思ってないけど…何?
それでもアンタは、童士さんを
他の女に取られるぐらいやったら…童士さんを殺してしまえばエエねん。
アンタみたいにちっぽけで弱くて何も持っていない女の子では、童士さんを殺すなんて出来る訳ないもんなぁ。
せやからアタシがアンタの気持ちを汲んで、アンタの代わりに童士さんを殺してあげるんやんかっ!
童士さんがアンタの許から去って、他の女と幸せになるんと…今アタシがアンタのために童士さんを永遠にアンタだけの物にしてあげるんとどっちを選ぶんよっ!!」
華乃=ハイドラの言葉に、華乃=
「アタシは…確かにアンタの言う通り、ちっぽけで弱くて…何も持ってない孤児や。
そんなアタシを童士さんが選んでくれる訳なんてないって、そんなんアタシが一番良う知っとるわっ!
でもな…童士さんがアタシなんかよりも、もっと綺麗な他の女の人を選んだかって…アタシは童士さんを殺して自分の物になんてしたくないわっ!!
そうなったらアタシは…アタシは…その女の人に負けんぐらい綺麗になって、自分の力で童士さんがアタシのところに戻って来るように頑張り続けるだけやっ!
アタシの顔して、アタシの声を使って、アタシの心にある不安を言い当てたかって…アンタは絶対にアタシやないっ!
アタシはアンタみたいに薄らみっともない真似をして、自分が好きになった男の人を傷付けるようなことはせぇへんわっ!!
よぉ、覚えときぃっ!」
華乃の一世一代の啖呵に聞き惚れていた童士は、戦闘の最中ではあるが華乃=
「華乃…良くぞ言った。
華乃の心の強さ、その眩しく輝く心に俺は惹かれているんだ。
俺の言葉で華乃が安心出来ないのであれば、俺は何度でも何度でも言うぞ。
俺には華乃だけしか居ないんだ、だから俺は華乃の許に必ず帰るし…華乃には俺のことを待っていて欲しい。
しかし…華乃が俺に愛想を尽かして立ち去らない限りはだがな」
言葉の最後に笑顔を見せて童士は、華乃に己の想いを告げた。
涙を流したままの顔で、その顔を盛大に赤らめた華乃は…小さな声ではあるがはっきりと応える。
「はい…アタシは童士さんを信じています」
童士と華乃=
「不破童士っ!
己が好意を寄せ、己に好意を寄せる女の前で、我がお主を不様に弑し…その後で女を無惨に縊り殺してくれるわ。
それとも…女が先でお主が後の方が良いか?
動けぬようにしてから、お主に決めさせてやろう」
華乃=ハイドラの言葉に童士は、怒りに眼をギラリと光らせて睨み付ける。
「ハイドラよ…今の手前は誇りも何も持たぬただの化け物だ、戦士の
這いつくばって命乞いをしながら、先刻の言葉を後悔するが良いっ!」
そして華乃=
「童士さんっ!
こんな嫌らしい汚らわしい怪物は、今この場でやっつけてっ!!
アタシと同じ顔の怪物なんて、もう二度と見たくもないねんっ!!」
華乃=
その時、地下洞窟の通路側から…何者かの叫び声と、通路の岩盤を破壊するような音が響いて来る。
「うわぁ〜!!
何やコイツ、無茶苦茶しよるがなぁ〜!!」
少しばかり素っ頓狂な声を上げながら通路を抜け、駆け込んでくる人影。
その直後に通路へと侵入して来る、暗黒の液状物質の奔流。
それは