第13話 不破は巨大な女怪との死闘を開始する
文字数 3,102文字
互いに殺気を迸らせながら対峙する童士と巨大な女怪、睨み合いは静止したままの状況下で数十秒は続いている。
兜割を剣術で言えば正眼の位置に構え、微動だにすることなく隙を感じさせぬ童士。
片や両手を自然体で前に突き出し、戦闘用の鉤爪を指先に光らせ、野生動物のように荒い息を吐く女怪。
「ケダモノ程度の頭しかないのかと思ったが、考え無しに突っ込んで来る程ではないか…」
女怪の攻撃に対する返し技 を想定していた童士だが、相手が攻めてこないのを見て取ると戦法を変更することにした。
童士はブゥンと兜割を縦に振ると右脇に抱え、ゆったりと女怪との間合いを詰める。
無造作な歩様で距離を詰める童士に対し、虚を突かれた感で女怪は戸惑い躊躇を見せる。
「甘い!」
自然体の立ち姿から抉り込むような捻りを加えた兜割の突き技、解き放たれた黒鉄色をした雷光の如き一撃は、誤ることなく女怪の鳩尾に突き刺さる。
「ゴェイィィッ!?」
突き入れられた兜割を振り払いつつ、女怪は二歩三歩とよろめきながら後退し、鳩尾を押さえて童士を睨み付ける。
「眼の前にあったから突いてみたが、急所の位置は人体とそう変わらんようだな」
確かに…童士の六尺超の位置にある両眼の前には、女怪の鳩尾がドンと鎮座している。
不意打ちの一撃を加える急所として、童士が鳩尾を選択したのは合理的かつ最良の一手だったのだろう。
更なる痛撃を加えようと、童士は兜割を八の字に回転させながら女怪の隙を窺う。
「イデルトゥ!! アジド ノルゥムド」
一撃を喰らって警戒していたのであろう、女怪は半身の姿勢で左手の鉤爪を童士に向かって突き出す。拳闘 における鋭い予備攻撃 にも似た、素早く距離感を測るような打撃であった。
「ぬぉっ!」
ゆるりとした立ち姿から抜き打たれた素早い打撃、反応は可能であったので見切りながら兜割で受け止めた童士であったが、素軽い攻撃に見えて、受け止めた兜割ごと童士の身体を吹き飛ばす程に重かった。
女怪の膂力の強さに童士は眼を見開き、掌の痺れをほぐすように片手ずつ握って開くを繰り返す。
「俺を打ち飛ばすとは、デカいだけあってかなりの力だな。
だが…力だけで俺を倒せるとは思うなよ?」
歯応えのありそうな強敵に出会えたことで、童士の体内を流れる鬼の血脈は沸き立ち、自然とその顔には闘争本能をくすぐられた結果の笑みが浮かぶ。
「イナラムドゥ ククンットゥ!
」
童士の笑みを侮蔑と受け取ったのか、自身の攻撃を受け止められたからなのか、女怪は怒り狂ったように叫ぶ。
女怪は叫びざまに両手の指を揃えて、右手は下から顎の先端を突き刺す軌道で、左手は横から右脇腹の肝臓を的確に狙う。
二箇所を同時に刺突用短剣 と見紛うような鉤爪で襲うことで、対峙する童士の息の根を確実に止めるつもりの無慈悲な攻撃であった。
童士は左脚を半歩引き、右手からの打ち上げを鼻先に掠るような見切りで避ける。
直後に右脚を更に一歩退がらせ全身を捻りながら、左手の刺し技に対し間を外す技術 を見せる。
「イ!イルキュキャ!ラキュウン
」
必殺の一撃を見舞った筈だったが、童士に高度な体術を駆使され討ち漏らした女怪は、地団駄を踏む幼児のように喚き散らす。
突如、女怪は童士に背を向けるとドスドスと足音を響かせ、深き者どもが相も変わらず取り憑かれたかのように詠唱を行っている場所へと向かった。
「逃げてるんじゃねぇぞ!
…ッて、おい、あの女…何をしてるんだ!?」
童士が戸惑うのも無理はなかった。
女怪は自らの信徒が待つ場所へと向かうと、脱魂意識 状態のまま詠唱を続ける深き者どもの一体に右腕を伸ばす。
「ギィッ?ギュオォーッ!」
女怪の右手に胴体を掴まれた瞬間に恍惚状態が解け、右手の鉤爪に腹部を貫かれた痛みで、一体の信徒は体液を溢しながら叫ぶ。
信徒の悲鳴も叫び声も聞こえない風の女怪は、握った右手をそのまま顔に向けて移動させる。
首を仰け反らせ上を向いた女怪は、両眼を飛び出さんばかりに大きく見開き、それに伴い口も大きく開いた。
「く…喰らってやがる…」
顎の骨を外したかのように巨大な口を引き裂けんばかりに一杯に開放した女怪は、捕獲した深き者どもの一体を頭から逆さまに口腔内へと押し込んだ。
咀嚼もせず、被食者の両脚が苦悶にバタつくのも意に介さず、女怪は魚の踊り食いを愉しむかのように嚥下を開始する。
その頬が、喉が、胸元が、胃袋が…断末魔の叫びと生存への欲求により、暴れ狂う被食者の手足に押されて変形し、はち切れんばかりに膨らもうとも、女怪は捕食者の本能に衝き動かされるままに、被食者を左右の手で交互に捕獲しては呑み込み…嚥下する単純作業 を繰り返す。
「狂ってるのか?
何匹の魚顔野郎 を共喰いしたら気が済むんだ?」
座り込んで手近な食糧を手当たり次第に口に入れると、また新たな食餌を求め四つん這いで次の狩猟場へと向かう。
何度同じことを繰り返したのだろう、近場の餌が尽きたのでまた次の餌場へ移動しようとした女怪が、突如全身を痙攣させ倒れ伏した。
「ラムジャラムドゥ イフォイェ!」
叫び痙攣し辺りを転がり回る女怪の姿、その煽りを食らって更に深き者どもの数体が押し潰される。
「おいおい…食中毒で死んじまうとかじゃないだろうな?
………ッ!いや、あれは!?」
のたうち回る女怪の姿は引き続き変わらない状況であったが、その肉体には変異が発生しつつあった。
その体色は元々の肌色であった茶褐色から深く濃くなって行き、今では底光りするような黒褐色に変化している。
深き者どもを捕食し続けた結果、肉体は更に大きく成長するのではなく…ジワジワと収縮して、今では童士とほぼ同等の大きさにまで変化している。
体色の変化と体型の収縮がひと段落したのか、女怪は痙攣と情動不穏の状態を脱し、ピクリとも動くことなく横たわっている。
「喰うだけ喰って、暴れて眠る…か。
碌でもない化け物だな、魚顔どもも一掃されてしまったじゃねぇか」
童士が呆れ果てて…自身の創出した深き者どもの死骸の山よりも、更なる惨状を生み出した女怪の暴威の結末を眺めていると、変質した女怪であったモ ノ が動き出した。
「イフゥ! フォドゥルタ!」
声音より漏れ出ずる歓喜の感情、今ではただの異国人のような見た目となった女が、謳うように叫びながら身を起こす。
ゆったりと落ち着いた様子で振り返る女、その佇まいを見つめて童士は眼を細めてニヤリと面白そうに笑った。
「…ほう…先刻までとは気配が違うな。
俺が叩き起こした時は、まだ本調子ではなかったのか。
魚顔どもを喰らって完成した女、…そうか…泉美を、他の街娼 を殺した理由 は、この女を完成させる餌にするためだったのか」
確かに…威容を誇る巨大な肉体を保持していた時とは、まるで違う雰囲気を女は醸し出している。
巨体が単純に縮んで小さくなったのではなく、質量を保存させたまま密度だけが圧縮され、硬く強く補強するために小さく成長したかのような姿。
密度の圧縮に伴い肌の色も濃く黒く凝縮され、質感はさらに滑らかに艶めき輝くように光る。
「オ主ハ、許サヌ。
コノ…ハイドラ…ノ、邪魔ヲスル無礼者ハ…殺シテ、喰ラッテヤル」
負の成長に比例し、知能も上がったのであろう。
ハイドラと名乗る女の口からは、童士への呪詛と怒りの言葉が紡ぎ出される。
「おぅ!殺して喰えるものなら喰ってみやがれ!
ハイドラよ、俺は不破童士。
お前を返り討ちにする鬼だ!」
「不破…童士…、切リ刻ンデクレルワ!」
不破童士と相対するハイドラ、激闘は死闘の様相を呈して、深夜の隧道で再開されようとしていた。
兜割を剣術で言えば正眼の位置に構え、微動だにすることなく隙を感じさせぬ童士。
片や両手を自然体で前に突き出し、戦闘用の鉤爪を指先に光らせ、野生動物のように荒い息を吐く女怪。
「ケダモノ程度の頭しかないのかと思ったが、考え無しに突っ込んで来る程ではないか…」
女怪の攻撃に対する
童士はブゥンと兜割を縦に振ると右脇に抱え、ゆったりと女怪との間合いを詰める。
無造作な歩様で距離を詰める童士に対し、虚を突かれた感で女怪は戸惑い躊躇を見せる。
「甘い!」
自然体の立ち姿から抉り込むような捻りを加えた兜割の突き技、解き放たれた黒鉄色をした雷光の如き一撃は、誤ることなく女怪の鳩尾に突き刺さる。
「ゴェイィィッ!?」
突き入れられた兜割を振り払いつつ、女怪は二歩三歩とよろめきながら後退し、鳩尾を押さえて童士を睨み付ける。
「眼の前にあったから突いてみたが、急所の位置は人体とそう変わらんようだな」
確かに…童士の六尺超の位置にある両眼の前には、女怪の鳩尾がドンと鎮座している。
不意打ちの一撃を加える急所として、童士が鳩尾を選択したのは合理的かつ最良の一手だったのだろう。
更なる痛撃を加えようと、童士は兜割を八の字に回転させながら女怪の隙を窺う。
「イデルトゥ!! アジド ノルゥムド」
一撃を喰らって警戒していたのであろう、女怪は半身の姿勢で左手の鉤爪を童士に向かって突き出す。
「ぬぉっ!」
ゆるりとした立ち姿から抜き打たれた素早い打撃、反応は可能であったので見切りながら兜割で受け止めた童士であったが、素軽い攻撃に見えて、受け止めた兜割ごと童士の身体を吹き飛ばす程に重かった。
女怪の膂力の強さに童士は眼を見開き、掌の痺れをほぐすように片手ずつ握って開くを繰り返す。
「俺を打ち飛ばすとは、デカいだけあってかなりの力だな。
だが…力だけで俺を倒せるとは思うなよ?」
歯応えのありそうな強敵に出会えたことで、童士の体内を流れる鬼の血脈は沸き立ち、自然とその顔には闘争本能をくすぐられた結果の笑みが浮かぶ。
「イナラムドゥ ククンットゥ!
」
童士の笑みを侮蔑と受け取ったのか、自身の攻撃を受け止められたからなのか、女怪は怒り狂ったように叫ぶ。
女怪は叫びざまに両手の指を揃えて、右手は下から顎の先端を突き刺す軌道で、左手は横から右脇腹の肝臓を的確に狙う。
二箇所を同時に
童士は左脚を半歩引き、右手からの打ち上げを鼻先に掠るような見切りで避ける。
直後に右脚を更に一歩退がらせ全身を捻りながら、左手の刺し技に対し
「イ!イルキュキャ!ラキュウン
」
必殺の一撃を見舞った筈だったが、童士に高度な体術を駆使され討ち漏らした女怪は、地団駄を踏む幼児のように喚き散らす。
突如、女怪は童士に背を向けるとドスドスと足音を響かせ、深き者どもが相も変わらず取り憑かれたかのように詠唱を行っている場所へと向かった。
「逃げてるんじゃねぇぞ!
…ッて、おい、あの女…何をしてるんだ!?」
童士が戸惑うのも無理はなかった。
女怪は自らの信徒が待つ場所へと向かうと、
「ギィッ?ギュオォーッ!」
女怪の右手に胴体を掴まれた瞬間に恍惚状態が解け、右手の鉤爪に腹部を貫かれた痛みで、一体の信徒は体液を溢しながら叫ぶ。
信徒の悲鳴も叫び声も聞こえない風の女怪は、握った右手をそのまま顔に向けて移動させる。
首を仰け反らせ上を向いた女怪は、両眼を飛び出さんばかりに大きく見開き、それに伴い口も大きく開いた。
「く…喰らってやがる…」
顎の骨を外したかのように巨大な口を引き裂けんばかりに一杯に開放した女怪は、捕獲した深き者どもの一体を頭から逆さまに口腔内へと押し込んだ。
咀嚼もせず、被食者の両脚が苦悶にバタつくのも意に介さず、女怪は魚の踊り食いを愉しむかのように嚥下を開始する。
その頬が、喉が、胸元が、胃袋が…断末魔の叫びと生存への欲求により、暴れ狂う被食者の手足に押されて変形し、はち切れんばかりに膨らもうとも、女怪は捕食者の本能に衝き動かされるままに、被食者を左右の手で交互に捕獲しては呑み込み…嚥下する
「狂ってるのか?
何匹の
座り込んで手近な食糧を手当たり次第に口に入れると、また新たな食餌を求め四つん這いで次の狩猟場へと向かう。
何度同じことを繰り返したのだろう、近場の餌が尽きたのでまた次の餌場へ移動しようとした女怪が、突如全身を痙攣させ倒れ伏した。
「ラムジャラムドゥ イフォイェ!」
叫び痙攣し辺りを転がり回る女怪の姿、その煽りを食らって更に深き者どもの数体が押し潰される。
「おいおい…食中毒で死んじまうとかじゃないだろうな?
………ッ!いや、あれは!?」
のたうち回る女怪の姿は引き続き変わらない状況であったが、その肉体には変異が発生しつつあった。
その体色は元々の肌色であった茶褐色から深く濃くなって行き、今では底光りするような黒褐色に変化している。
深き者どもを捕食し続けた結果、肉体は更に大きく成長するのではなく…ジワジワと収縮して、今では童士とほぼ同等の大きさにまで変化している。
体色の変化と体型の収縮がひと段落したのか、女怪は痙攣と情動不穏の状態を脱し、ピクリとも動くことなく横たわっている。
「喰うだけ喰って、暴れて眠る…か。
碌でもない化け物だな、魚顔どもも一掃されてしまったじゃねぇか」
童士が呆れ果てて…自身の創出した深き者どもの死骸の山よりも、更なる惨状を生み出した女怪の暴威の結末を眺めていると、変質した女怪であった
「イフゥ! フォドゥルタ!」
声音より漏れ出ずる歓喜の感情、今ではただの異国人のような見た目となった女が、謳うように叫びながら身を起こす。
ゆったりと落ち着いた様子で振り返る女、その佇まいを見つめて童士は眼を細めてニヤリと面白そうに笑った。
「…ほう…先刻までとは気配が違うな。
俺が叩き起こした時は、まだ本調子ではなかったのか。
魚顔どもを喰らって完成した女、…そうか…泉美を、他の
確かに…威容を誇る巨大な肉体を保持していた時とは、まるで違う雰囲気を女は醸し出している。
巨体が単純に縮んで小さくなったのではなく、質量を保存させたまま密度だけが圧縮され、硬く強く補強するために小さく成長したかのような姿。
密度の圧縮に伴い肌の色も濃く黒く凝縮され、質感はさらに滑らかに艶めき輝くように光る。
「オ主ハ、許サヌ。
コノ…ハイドラ…ノ、邪魔ヲスル無礼者ハ…殺シテ、喰ラッテヤル」
負の成長に比例し、知能も上がったのであろう。
ハイドラと名乗る女の口からは、童士への呪詛と怒りの言葉が紡ぎ出される。
「おぅ!殺して喰えるものなら喰ってみやがれ!
ハイドラよ、俺は不破童士。
お前を返り討ちにする鬼だ!」
「不破…童士…、切リ刻ンデクレルワ!」
不破童士と相対するハイドラ、激闘は死闘の様相を呈して、深夜の隧道で再開されようとしていた。