第18話 不破は銀ノ魔女へ報告し報酬を得る

文字数 3,177文字

 数日後、華乃は童士に連れられて、先日預かってくれた惣菜屋『あさヰ』へと出掛けて行った。
 本来は童士と彩藍が不在の際だけ、華乃の身の安全を保護するための契約であった。
 しかし手伝った際に見せた華乃の料理における手際の良さと、御侠(おきゃん)で威勢の良い華乃自身が、店主とその妻にいたく気に入られて…日中はそちらで働くこととなったのである。

「華乃が無理に働く必要なんてないんだぞ」

 童士が心配そうな声音で、隣を歩く華乃に問い掛ける。

「ううん…無理なんてしてないから、何も心配せんといてね。
小父さんも小母さんも良い人やし、アタシも箱入りのお(ひい)さんやないもん。
お母ちゃんが居てた時は、炊事も洗濯も全部やっとったし。
それに料理の腕を磨いたら、童士さんに美味しいモノをもっと食べさせてあげられるやん」

 華乃が童士を見つめる熱い視線に、こそばゆいような嬉しいような感情が童士に芽生える。

「う…うむ、華乃の料理の腕前が上がるなら大歓迎だ。
もっと美味くなると聞いたら、かなり期待してしまうな」

「うん!
童士さんの期待を裏切らんように、アタシ頑張るから!」

 また夕方に迎えに来るからと告げ華乃と別れた童士は、そのまま事務所に戻るでもなく西に建つ神戸タワーへと歩き続ける。

「さて…今回は事前連絡(アポイントメント)も完璧に取った筈だし、こちらからの依頼内容も伝えてある。
華乃のことでも、ちゃんと礼ぐらいはしとかないとな。」

 数日の休養の間に、童士は伝手を用いて新開地商工会議所会頭の銀機(しろき)ハルへ、調査の中間報告および私的な依頼についての約束を取り付けていたのである。

 前回の手順と同様に、神戸タワーの地下にある高層建築物群が空間を支える街区へと辿り着いた童士は、陳列された商品に一瞥もくれずに銀機ハルの本拠地へと向かう。
 使者(メッセンジャー)から伝えられた合言葉の乱数を告げて、専用の昇降機で銀機ハルの居室へと移動する。
 前回と異なるのは、昇降機が移動する方向と時間。
 噂に聞いた『銀ノ魔女の棲家は、階層と個室が精密機甲によって…定期的に不規則な移動をし続けている』との話が、あながち偽りではないと感じさせる現実であった。

「入り口の扉は、同じ物にしか見えんがな…」

 威容を誇る分厚い金属扉の前で佇み、この場の支配者からの入室許可を待つ童士。

「童士、良くぞ来た…お入り」

 前回より不機嫌そうな声ではないが、やはり外界には興味を持ってはいなさそうな声質の、銀機ハルから童士は入室を促される。

「銀ノ女王・ハル様…この度は華乃の身柄の安全を担保していただき、感謝いたします。
つきましては今後も継続的に、同様の契約をお願いしたしたく…」

「ハッ!もう良い!
童士、其方に斯様な口上は似合わぬぞえ。
惚れた娘子(おなご)を守護する為、奔走する鬼の顔を見遣りたくて招聘したに…つまらぬ鬼だわいなぁ」

 銀機ハルの苦笑混じりの揶揄いに、童士は目に見えて顔を赤らめ狼狽える。

「あ…いや、ハル様?
俺は…別に…華乃に…惚れているとか…その…」

「ホホホ…其れよ、其の顔が見遣りたかったのよ。
初々しい恋の始まり…いつもは顰め面しい鬼の小僧めが、ここ数日は珍しくもぎこちない笑顔を貼り付かせ、可愛らしい娘子を連れ歩いておると、妾の耳にも届いておったでなぁ。
ぅん?童士、妾が世話焼き婆となって…其方の恋心を成就させてやっても良いが。
無論…事後報告があれば無料で承ろうが…のぅ?」

 初心(うぶ)で無骨者な鬼を揶揄える絶好の機会に、銀機ハルは普段の無機質な表情から一転…くつくつと愉しそうに笑いながら、赫い両眼を細めて童士を見つめる。
 揶揄われて居ることは理解している童士だが、この方面について余りにも疎過ぎる朴念仁であったが故に、返す言葉もなく赤い顔で立ち尽くすのみ。

「まぁ…良いわ。
娘子の方が其方を離そうとはせぬであろうし、其方も胃袋からガッチリ掴まれておるようだしの。
クフッ…童士よ、其の顔で其の巨体で…あの小さな美しい娘子の尻に敷かれる姿が、未来視のない妾の眼にも写っておるぞよ。
娘子の身柄については安心せぃ、妾の全責任を以って守護(まも)るべく尽くそうぞ。
保護ついでに…あの娘子に其方のベタ惚れっぷりを、妾が自ら喧伝してやっても良いのだがのぅ」

 更に顔を朱に染めて巨体を縮めるよう眼前に立つ童士を、銀機ハルは面白そうに眺めていたが、右手を軽く振ると今日の本題に会話の方向を修正する。

「ところで童士よ、先日(さき)の連続殺人事件について進展があったとの報告を受けておるが…(つまび)らかに話すが良い」

 言外に、凡その概要については知悉しているが、詳細情報を当事者の口から直接に話せ…との意を込めた銀機ハルの命に、童士は淡々と経緯を応える。

「………と言う訳で、俺は湊川隧道で実行犯である『深き者ども』の群れを蹴散らし、被害者達の遺体を捧げられた『ハイドラ』と名乗る女怪の両手を兜割で叩き潰した。
まぁ、その時に兜割も真っ二つになってしまったが…」

 童士の報告に親指の横腹を咥え、軽く思索するような仕草を見せて銀機ハルは、童士へ更に問い掛ける。

「お主の相棒が出会(でお)うたと言う、件の怪異についてはどうだえ?」

 童士は一瞬の思考の後、彩藍と共有している内容を銀機ハルへと告げる。

「俺は直接に見ていないのだが、『黒い男』・『這い寄る混沌(ナイアルラトホテップ)』と名乗っていたと…彩藍から聞いた限りの情報だ。
彩藍が右腕の機甲を切り離し自爆させ、右脚の機甲が過加速にて大破した状況を鑑みるに…紛い物ではなく真物なんだろうと俺は思う。
旧き神々(エルダーゴッズ)の眷族が神戸に顕現した理由については目下の処、不明ではあるが…調査の上で事後報告とさせて貰おう」

 銀機ハルは平静な表情を保ったまま、下半身を覆う機甲筐体端末に何事かを入力している模様。
 そのままの姿勢で童士へと視線を寄越すと、形の良い鮮やかな紅色の口唇を開く。

「童士よ…其方からの依頼であった、兜割と銘打たれた鉄杖の代替武具の話なのだがのぅ、旧き神々(エルダーゴッズ)の情報と…鬼の初心な恋の話にて取引きが成立したと見做して良いかえ?」

 むぅ…と顔を引き攣らせた童士であったが、依頼品の捜索難易度が高いことは想定出来た故に…金銭ではなく情報と、自らが辱められ揶揄われることで入手が叶うのであればと、首肯せざるを得なかった。

「其方から預かった兜割を超える素材かは知らぬが、妾の手元にはそれなりの希少金属(レアメタル)がある。
大正三年一月十二日に発生した桜島の大正大噴火で、溶岩熱にて再焼成された隕鉄塊がそれよ。
入手したは良いが、硬く重く加工には向かぬと思うて打ち捨てておったが、其方の要望に叶う物と思い火入れせず切削にて成形してみたぞ。
長さも太さも兜割に合わせておるが、使わねば合うや合わずも判るまい…試しに握ってみよ」

 何処から現れたのか、銀機ハルの配下である機人の執事より手渡される、光を反射することなき漆黒の八角柱。
 全長は兜割とほぼ同寸の四尺と三寸ばかり、重さはと言えば…兜割よりも若干の重みが増して三貫近くはあるだろうか。

「おぉ…これは…」

 感嘆の呟きと共に童士は、両手に構えた隕鉄製の杖を軽く回す。

「童士よ…試してみるかぇ?」

 銀機ハルの合図にて再び現れる機人の執事、その手には二つに別たれた兜割が握られている。
 二本の兜割が台座へ縦に並べて据えられ、一礼の後に執事は銀機ハルの居室より退出する。

「童士や、文字通り過去を断ち切り…新たなる得物と更なる闘争の旅路に出立するが良い」

 銀機ハルの声に童士は気合の発声と、最上段からの打ち下ろしで覚悟を見せる。

「応っ!」

 ピキィーーーーッンと、細い針が床に落ちるような音を立てて…兜割であったモノはさらに四欠片に分割される。

「ホホホ…童士よ見事な(わざ)であった、授けられし新たな得物は『天星棍(あまぼしのつえ)』と名付けるが良かろう」

 童士は無言で銀機ハルに深く一礼すると、背後で開かれた扉から退室した。
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