第49話 灰谷は混沌と死合う①
文字数 2,658文字
狭い廊下の壁をユラユラと揺れる触手で叩きながら、這い寄る混沌 は彩藍の隙を窺う。
彩藍も身体を揺らしながら、這い寄る混沌 の触手が振るわれる事宜 を見計らっている。
突如として這い寄る混沌 の左腕触手が硬度を増したように固まり、彩藍の胸元へ重槍 のような鋭い突きを放った。
触手が変化した槍の穂先が、彩藍の左胸を…心臓の位置を的確に貫こうとしている。
この一撃にて彩藍を排除しようとする意図を込めた、速さ強さも充分に乗せた渾身の刺突。
「おほっ!
今回はアンタも本気で来とるんやねぇ、恐 ろしい突きやないかい」
這い寄る混沌 の触手を見切った上で、左脚を引いた半身の姿勢でギリギリの間合いで躱した彩藍。
しかし彩藍の左脇を通過していった触手は、即座に軟体化して上方向へと曲がった。
そのまま後方から彩藍の頭部へと向けて、重い打撃を喰らわそうと振り下ろされる。
『バギィッ!!』
既のところで後方へと飛んだ彩藍は、これまた触手から発した致命の一撃を何なくと避ける。
打撃の威力によって通路の床板は叩き割られ、赤煉瓦倉庫の建屋全体が触手の重量で傾いで揺れた。
「ほ〜ん…以前 とは違 うて、無言で僕を殺しに掛かっとるみたいやね。
そやけどなぁっ!
アンタみたいに鈍間の攻撃は、どんだけ創意工夫 を入れても僕には当たらんでぇっ!」
言うなり彩藍は、床板を叩き壊した触手が這い寄る混沌 の元へと戻ろうとする瞬間に飛び、疾る。
収縮しようと蠢く触手の先端部分を、右手に構えた小烏丸で斬り飛ばすと、その勢いのままに這い寄る混沌 との距離をみるみる詰めて行く。
「ほいっ!
これが敵を殺すための刺突ってなモンやでっ!」
軽い口調ではあったものの、彩藍が放つ突き技は、溢れんばかりの殺気が込められた必殺の一撃であった。
「ギ…ギシャアァァァァァーッ!!」
彩藍自身が狙われた左胸への刺突と、寸分違わぬ位置へと繰り出された左からの黒烏丸を使った突きをまともに喰らった這い寄る混沌 は、耳をつんざくような金切声を上げる。
「う〜ん、良い声やねぇ。
弱タンが叫ぶ悲鳴は、耳に心地良いわぁ」
勝ち誇ったような彩藍の台詞に、這い寄る混沌 は触手を苛立たしげに振り回して怒り狂う。
「汝は…一度ならず二度までも、我を傷付け愚弄するか。
もう許さぬぞ…灰谷彩藍っ!!」
怒りの声と共に触手で周囲を破壊する這い寄る混沌 、その煽りを受け床板が壁が…バリバリと破られて行く。
「おいおい…ただでさえ心許ない足場やのに、何してくれとんねんオッさん。
うわっ、危ないっちゅうねん」
振り回す触手が彩藍の立つ位置の付近にある床板を打ち破り、慌てた彩藍は後方に飛び退く。
ヒュンヒュンと風切り音を発しながら縦横無尽に振り回される三本の触手に翻弄され、赤煉瓦倉庫の中二階通路と小部屋群はみるみるその原型を損なわれて行く。
その暴挙に彩藍と這い寄る混沌 の立っている足場付近が、ギシギシともミシミシともつかぬ異音を出しながら、グラグラと不安定な揺らぎに見舞われ始めた。
「そやから言うたやんかぁ、やり過ぎやねんって…自分の乗ってる木の枝を伐ってしまう木樵さん並みにド阿呆なオッさんやで。
怒って周りも視えへんとか、二流三流の仕事っぷりですやん」
彩藍のボヤきにも構い立てせず、怒りの衝動を全て破壊行動に結びつけるかのような這い寄る混沌 。
そうこうする間にも二人の周囲は、不安定に揺れる足場しか残されていないような惨状となってしまった。
「灰谷彩藍さん…貴方の持ち味はその速度 なんですよねぇ?
足掛かりを喪失した貴方は、どうやって私の触手達と渡り合うのですか?
よぉく見せて下さいね」
殆ど骨組みだけを残すばかりとなった、中二階の通路に立ったまま這い寄る混沌 が彩藍を嘲笑うような口調で語り掛ける。
「なんや…性根の悪いお人やなぁ。
これが狙いで、怒った振りして暴れとったんかいな。
こっすい真似をしくさらんと、僕には勝たれへんって認めたようなモンやないか」
口惜しそうな彩藍の口振りに、這い寄る混沌 の相貌なき顔が邪悪な微笑みを浮かべたような気配がする。
「それでは行きますよ」
這い寄る混沌 が両腕の触手を彩藍に向けて突き出す、唸るように蠢く二本の触手が立ち尽くす彩藍に向けて繰り出された。
「詰めが甘いっちゅうねん!!」
叫んだ彩藍は跳び上がり、這い寄る混沌 の触手に飛び乗った。
そのまま触手を足場にし、左右の触手を交互に飛び移りながら這い寄る混沌 へと迫って行く。
「そらよっ!こんなことも出来まっせ!」
掛け声と同時に這い寄る混沌 の頭上を飛び越えながら、彩藍は二刀を以って頭部の触手をチクチクと刺して行く。
空中でトンボを切った彩藍は、這い寄る混沌 の背後…先程まで自身が立っていた足場と反対側へと見事な着地を決める。
「ほ〜らね、足場がなくても…アンタがちゃんと作ってくれましたやろ?
こんな時でも創意工夫とありモノの遣り繰りで、どないとでもなるんやで。
そのヒョロヒョロした、足りん頭を使 うて考えたら判りそうなモンやねんけどなぁ。
あっ…ゴメンゴメン、何も考えてへんから僕みたいな『智慧のない、低次元の生き物』に遅れを取ってしまうんかぁ。
失礼なことを言うてしもたわ、堪忍したってなぁ」
先程の這い寄る混沌 から告げられた台詞を引用し、彩藍は目一杯の皮肉を含めた口調で相手を小馬鹿にする。
「貴様っ!神格を馬鹿にするのもいい加減にしろっ!
…この…下等生物めがっ!」
今度こそは演技ではなく、真に這い寄る混沌 の逆鱗に触れたのだろう。
穏やかならざる口調で、吠えるように叫ぶ這い寄る混沌 。
「イヤやわぁ…異国の神さんは心が狭いんやねぇ。
陽ノ本の神さんやったら、僕みたいな下等生物の戯言なんか笑って許してくれるんやけどなぁ」
追い討ちを掛けるような彩藍の軽口は留まるところを知らないようで、ポンポンと這い寄る混沌 の精神 を穿つ。
苛立ちが頂点に達した這い寄る混沌 が、遂には自身の立ち位置も彩藍の足場も含めた周囲の全てを破壊し始める。
「落ちろっ!堕ちろっ!墜ちろぉぉぉぉぉっ!!」
前後の見境もなく今度こそ本当に、破壊衝動の赴くままに触手を振るい続ける這い寄る混沌 。
自重により崩壊する足場から先んじて落下して行く這い寄る混沌 、その姿を呆れたように見送る彩藍。
彩藍の視線の死角から、触手が襲い掛かり彩藍の足首にガッチリと巻き付いた。
「うそ〜ん………」
腑抜けたような声を発した彩藍は、這い寄る混沌 に足首を捕らえられたまま…一直線に赤煉瓦倉庫の一階へと墜落して行った。
彩藍も身体を揺らしながら、
突如として
触手が変化した槍の穂先が、彩藍の左胸を…心臓の位置を的確に貫こうとしている。
この一撃にて彩藍を排除しようとする意図を込めた、速さ強さも充分に乗せた渾身の刺突。
「おほっ!
今回はアンタも本気で来とるんやねぇ、
しかし彩藍の左脇を通過していった触手は、即座に軟体化して上方向へと曲がった。
そのまま後方から彩藍の頭部へと向けて、重い打撃を喰らわそうと振り下ろされる。
『バギィッ!!』
既のところで後方へと飛んだ彩藍は、これまた触手から発した致命の一撃を何なくと避ける。
打撃の威力によって通路の床板は叩き割られ、赤煉瓦倉庫の建屋全体が触手の重量で傾いで揺れた。
「ほ〜ん…
そやけどなぁっ!
アンタみたいに鈍間の攻撃は、どんだけ
言うなり彩藍は、床板を叩き壊した触手が
収縮しようと蠢く触手の先端部分を、右手に構えた小烏丸で斬り飛ばすと、その勢いのままに
「ほいっ!
これが敵を殺すための刺突ってなモンやでっ!」
軽い口調ではあったものの、彩藍が放つ突き技は、溢れんばかりの殺気が込められた必殺の一撃であった。
「ギ…ギシャアァァァァァーッ!!」
彩藍自身が狙われた左胸への刺突と、寸分違わぬ位置へと繰り出された左からの黒烏丸を使った突きをまともに喰らった
「う〜ん、良い声やねぇ。
弱タンが叫ぶ悲鳴は、耳に心地良いわぁ」
勝ち誇ったような彩藍の台詞に、
「汝は…一度ならず二度までも、我を傷付け愚弄するか。
もう許さぬぞ…灰谷彩藍っ!!」
怒りの声と共に触手で周囲を破壊する
「おいおい…ただでさえ心許ない足場やのに、何してくれとんねんオッさん。
うわっ、危ないっちゅうねん」
振り回す触手が彩藍の立つ位置の付近にある床板を打ち破り、慌てた彩藍は後方に飛び退く。
ヒュンヒュンと風切り音を発しながら縦横無尽に振り回される三本の触手に翻弄され、赤煉瓦倉庫の中二階通路と小部屋群はみるみるその原型を損なわれて行く。
その暴挙に彩藍と
「そやから言うたやんかぁ、やり過ぎやねんって…自分の乗ってる木の枝を伐ってしまう木樵さん並みにド阿呆なオッさんやで。
怒って周りも視えへんとか、二流三流の仕事っぷりですやん」
彩藍のボヤきにも構い立てせず、怒りの衝動を全て破壊行動に結びつけるかのような
そうこうする間にも二人の周囲は、不安定に揺れる足場しか残されていないような惨状となってしまった。
「灰谷彩藍さん…貴方の持ち味はその
足掛かりを喪失した貴方は、どうやって私の触手達と渡り合うのですか?
よぉく見せて下さいね」
殆ど骨組みだけを残すばかりとなった、中二階の通路に立ったまま
「なんや…性根の悪いお人やなぁ。
これが狙いで、怒った振りして暴れとったんかいな。
こっすい真似をしくさらんと、僕には勝たれへんって認めたようなモンやないか」
口惜しそうな彩藍の口振りに、
「それでは行きますよ」
「詰めが甘いっちゅうねん!!」
叫んだ彩藍は跳び上がり、
そのまま触手を足場にし、左右の触手を交互に飛び移りながら
「そらよっ!こんなことも出来まっせ!」
掛け声と同時に
空中でトンボを切った彩藍は、
「ほ〜らね、足場がなくても…アンタがちゃんと作ってくれましたやろ?
こんな時でも創意工夫とありモノの遣り繰りで、どないとでもなるんやで。
そのヒョロヒョロした、足りん頭を
あっ…ゴメンゴメン、何も考えてへんから僕みたいな『智慧のない、低次元の生き物』に遅れを取ってしまうんかぁ。
失礼なことを言うてしもたわ、堪忍したってなぁ」
先程の
「貴様っ!神格を馬鹿にするのもいい加減にしろっ!
…この…下等生物めがっ!」
今度こそは演技ではなく、真に
穏やかならざる口調で、吠えるように叫ぶ
「イヤやわぁ…異国の神さんは心が狭いんやねぇ。
陽ノ本の神さんやったら、僕みたいな下等生物の戯言なんか笑って許してくれるんやけどなぁ」
追い討ちを掛けるような彩藍の軽口は留まるところを知らないようで、ポンポンと
苛立ちが頂点に達した
「落ちろっ!堕ちろっ!墜ちろぉぉぉぉぉっ!!」
前後の見境もなく今度こそ本当に、破壊衝動の赴くままに触手を振るい続ける
自重により崩壊する足場から先んじて落下して行く
彩藍の視線の死角から、触手が襲い掛かり彩藍の足首にガッチリと巻き付いた。
「うそ〜ん………」
腑抜けたような声を発した彩藍は、