第8話 不破と灰谷は敵の姿を模索する

文字数 2,743文字

 華乃がどうしても彩藍の近くで休むことを拒否したため、最上階にある童士の部屋の隣室へ寝具を用意した。
 童士の住まう(フロア)の部屋は和室のみの造作であったので、畳敷きの個室に布団を敷いて華乃を休ませる。

「童士さん、この彩藍(ケダモノ)をこの階に近付けんといてね?
彩藍!アタシに近寄ったら喉笛を噛み千切ったるからな!」

「あぁ、絶対に近寄らないように、俺が見張っておくからな。
一応…扉にも施錠しておくんだぞ」

 苦笑を漏らしながら童士が約束すると、華乃は安心したように室内へ入り、しっかりと鍵を掛けた。

「ホンマ…少女性愛(ロリコン)の趣味なんかないっちゅうねん」

 あまりの扱いの悪さに、彩藍はブツブツとボヤくこと頻り。
 そんな彩藍に童士は、慰めるでもなく笑いながら声を掛ける。

「しかし彩藍、お前のやらかしのお陰で…華乃からの情報聴取も上々の成果だったな」

「そやから言うたやろ『誠実な無骨男』と『自堕落な軟派男』の作戦が効くって。
亡くなった泉美さんから、華乃ちゃんの父親の悪行を逐一聴いとったからこそ得られた情報やで。
まぁ…お母ちゃんが亡いなったのに、気丈に話してくれた華乃ちゃんが一番偉いんやけどね…」

「うむ…この件が片付くまでは、俺達で華乃の身辺をしっかり保護しなければならないだろうな」

「あ〜…童士君?
何とはなくやけど、華乃ちゃんは君にかなりのご執心みたいやから…この事件の間だけで済むとは思われへんような予感がしますんやけど?」

 ニヤニヤと品の宜しくない笑顔で、彩藍はその辺りの会話に免疫のない童士を茶化す。

「むぅ…寄る辺のない少女だから、頼るべき者として俺に懐いてるだけだろう。
あれだけ見目の良い娘が、俺のような者にいつまでもくっ付いている理由はないだろう」

「ふ〜ん、童士君がそない言うんやったら、それはそれでエエと思うけどね。
見目が良いとか、童士君も満更では無さそうやってことは…キッチリ華乃ちゃんに伝えとこうっと」

 へ〜そうなんや〜と、揶揄(からか)う口調を改めない彩藍に、厳つい顔を赤らめながらも童士は、硬い口調で語り掛ける。

「そんな話よりもだ…華乃から得た情報を精査して、今後の方針を固めていかなければならないだろう。
彩藍…お前はどう見る?」

 先程まで華乃が腰掛けていた椅子にその身を沈めて、彩藍は右手をこめかみに当てがいながら自説を述べる。

「取り敢えず、襲撃した二名ってのは…姿形を聞くに人間やないんやろなぁ。
どう考えても水に関連した妖やとは思うけど、陽ノ本に棲んでる水妖…人魚や河童や水虎とは毛色が違うと思うわ」

「そうだな、腕の一振りで腹を切り裂いて…内臓にまで損傷を与える鋭利な得物。
彩藍、泉美さんの遺体の傷口は確認したのか?」

 対面する位置にドッカリと腰掛けた童士は、現場を調査した彩藍に向けて確認した状況を問う。

「遠目からやけど、傷口の具合は何とか読み取れたかな?
左胸の下から右脇腹に掛けて、平行に三本の傷口が疾ってたわ。
恐らく…鋭い爪を突き刺されて、そのまま右腕の可動域の中で引き裂かれたんやと思われるね。
道具を使っての傷口には見えへんかったな、物凄い膂力を持ってる理性の無い猛獣の仕業にも感じられる傷痕やで」

「それにだ…華乃の最後の言葉にあった『人型の影』だが、悲鳴も上げずに観察していたとなると…恐らくは目撃者ではなく、実行犯の監視か指導的な役割を担う者だろうな。
自意識(プライド)の高い水妖族の奴等とは、全く以って相入れない行動様式に見える」

 童士と彩藍の見解は同一の方向性を指し示しているようで、両者ともに険しい顔で下手人の正体に思いを馳せる。

「何者かに使役される謎の水妖か。
百鬼夜行の元締…山本五郎左衛門の意向とは乖離し過ぎて、陽ノ本の妖人族の仕業とはまるで思えないな」

「そやねぇ…僕らとは違って陰湿な陰謀を企む頭領(オヤジ)やけど、人間に危害を加えてどないこないって性向(キャラ)やないもんなぁ。
国や国民に喧嘩売っても、妖人族に利益はまるでないし。
ましてや百鬼夜行の悲願やった、戸籍人別帳の登録が成った今…妖を操ってこんなことする訳ないもん」

 陽ノ本の妖人族とは関わり合いが無さそうだと大凡の当たりは付けているのだが、予測は予測でしか無いので…童士は彩藍に裏取りをする旨を告げる。

「百鬼夜行の妖怪が関与したという内容の可否については、俺の方から鬼の係累に問い合わせておこう。
それよりもだ…どちらにせよ神戸の街に人殺しの妖が跋扈している事実については、否定が出来ない真実として存在している訳だが、彼奴等の潜伏場所は何処になるんだろうな?」

 問い掛ける童士に、彩藍は自身の考えを述べる。

「水の妖を隠すには、やっぱり水の中やと思うねん。
新開地近辺で妖が出現するんやったら、やっぱり湊川の隧道方面やと僕は思うわ」

「確かに…しかし隧道の中には雨水幹線も張り巡らされているから、探索は大仕事になりそうだな。
取り敢えず本線沿いに、東側の進入口と西側の会下山吐出口に別れて調査するしかあるまい」

 お互いに同様の結論に達した童士と彩藍は、市庁舎の河川管理部局より非合法に入手した湊川隧道の管理図面を広げて、捜索時期の調整に入ることとなった。

「天候は暫く好天に恵まれる、との予報が出ているな。
それでは俺が東側から入ろう」

「それじゃ、僕は会下山公園の下から流れに逆走するから」

 互いの受け持ちを決定し、今夜の探索を決行する旨の打ち合わせを終え、童士と彩藍は早朝から現在に至る合議を終えた。

「華乃のことだが、探索の間はここに独りで留め置く訳にも行かないだろう。
安全を担保した上で、華乃が不安を感じないような避難先はあるだろうか?」

 童士の問いに彩藍は『う〜ん』と唸りながらも、候補として商工会議所のハルを頼る案を提示する。

「ホンマは泉美さんの絡みで、三業組合の任部の旦那を頼るべきなんやろうけど…夜の人間の出入りの多さで、安全面での不安が残るんが難点やもんなぁ。
となると、堅気が殆どの商店街…表側にハルさんの手兵を配置して貰って、何かあった時は官憲の賑やかしも期待が出来るもんなぁ。
実際は警官なんてあんまり役には立たんのやろけど、警官の包囲を突破してまで華乃ちゃんを狙うダボも居らんやろ?」

 成る程、彩藍の立案にも一理があるだろうと判断し、童士は再度ハルの許を訪問し…華乃を保護する手筈を整えた。
 出費した金銭としてはかなりの痛手であったのだが、ハルからの『娘の保護はこちらに任せて、怪事件の解明に尽力するように』との言質を得て、湊川隧道の探索へ支度を始めた。

 そしてその日の深夜、童士は『兜割(かぶとわり)』と銘打たれた四尺超の鉄杖を手に、彩藍は『黒烏丸(くろからすま)』と名付けられた二尺刃を収めた仕込み杖を腰に履き、各々が定めた担当の箇所から湊川隧道へと乗り込んだのである。
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