第23話 不破と灰谷は華乃と歩き語らう

文字数 2,892文字

 幸泉寺から戻る道中の三人は、仲良く並んで歩いている。
 遺骨を白い納骨風呂敷に包んで首からぶら下げ、や両手で大事そうに抱えている華乃を中央に、左隣を童士が、右隣には彩藍が付き従う。
三人は道すがら、五島住職夫妻について語り合っている。

「あの奥様は、優しくって素敵な人やったなぁ。
お住さんも、面白くてエエ人やったし…また遊びに行きたいわ」

 華乃が嬉しそうに、五島夫妻への感想を述べる。

「そやけどあの奥さんはただ者やないで、睨まれた時には…心臓を鷲掴みにされたような心地やったし」

 彩藍が、五島静江への恐怖感を思い返す。

「確かに…住職よりも奥方の方から圧倒的な力量を感じたな。
しかし住職にしても俺達の正体を見抜いた眼力と、泉美さんと華乃についての洞察力は空恐ろしいものだった」

 三人は在野の寺に埋もれた人材に、強い畏怖の念を覚えながらも、取り留めもなく会話を続ける。

「最後の学仁さんへの『スパーンッ!』って、平手打ちはゴッツかったなぁ。
坊さんの剃り上げたツルツル頭やから、余計にエエ音が響いたんやろね」

 彩藍が、思い出し笑いを見せる。

「ホンマに凄い音やったなぁ。
あの間、あの素早い動き…芸人さんの萬歳のネタみたいやったわ」

 華乃も、五島夫妻の息の合った掛け合いを思い出してかクスクスと笑う。

「そしたら華乃ちゃんも、たまには童士くんのカチコチな石頭を…スパーンと叩いてあげなアカンなぁ」

 ふざける彩藍に、華乃は即座に返す。

「アホ言いな!
頭を叩かれなアカンのは…彩藍、アンタの方やないのっ!
どっちにしても、童士さんは背が高すぎて…アタシの手は届かんわ。
やっぱりしばくんやったら、届きやすいアンタの頭やと思うけどな」

 華乃からの攻撃を躱しながら、彩藍は『ひえぇ〜』と悲鳴を上げて逃げ回る。

 そんな二人を眺めながら童士も、常にはないような楽しげな笑顔で微笑んでいる。

「そやけど…任部の旦那も、人品に合わへん善行を施すんやなぁ。
今度()うた時に、ちょっと弄ったろかいな?」

 ニヤニヤと悪い笑顔で彩藍は、幸泉寺の供養塔に係る話題で任部を揶揄おうと画策する。

「止めておけ、任部社長のことだから『従業員の福利を担保することで、更なる増益が見込まれるからやっているに過ぎません』みたいな言葉で煙に巻かれるだけだと思うぞ。
それに任部社長が真に善行を施しているのなら、それを暴き立てるような真似をむざむざと許すと思うか?
この会話にしても…任部社長の耳に入っているやも知れんしな」

 童士の冷静な判断に彩藍は、ビクッと身を震わせてキョロキョロと辺りを見回す。

「童士く〜ん?
怖い冗談は止めてくれるかな?
任部の旦那やったら、ホンマにそれぐらいの芸当はしそうやんかぁ」

 冗談ではなく本気で怯える彩藍に、童士は苦笑混じりで言葉を重ねる。

「任部社長にとって俺達みたいな存在など、便利な駒であればこそ使い倒すが…生意気に牙を剥けばそのままですり潰される程度の小物だと云うことを忘れぬようにな。
ヘラヘラ笑いながらも仕事をこなしているだけのお前なら、あちらも適度な距離感で付き合ってくれるだろうが…無意味に間合いを詰めてしまうと、問答無用で切り捨てられてしまうだろうよ。
そんな生命を賭け金にした博打なんぞ、俺は打とうとも打ちたいとも思わん。
まぁ…お前がどうあっても下らない勝負に出るなら、俺と華乃は無関係だと先方には伝えておくからな」

 その時は先に教えてくれよと、童士が軽く手を挙げるのを横目に…彩藍は首を振り振り哀しい眼で童士を見つめる。

「殺生やなぁ…。
最近、童士君は僕に対する態度が冷たいんやない?
あ〜あ、男同士の友情なんて…惚れた女が出来たら儚くも崩れ去るんやなぁ。
ねぇ、華乃ちゃん?」

 突然に水を向けられた華乃は、顔を真っ赤に染めて慌てて言い繕う。

「ちょっ!アンタ!いきなり何を言い出すんや!
そんなん言われたら、童士さんかて困ってしまうやんかっ!
ねぇ、童士さん?」

 と言いながらも少し上目遣いに童士を見上げる華乃に、こちらも顔を赤らめつつ童士は応える。

「そうだぞ彩藍、俺は構わないのだが…そんなことを言われたら華乃が迷惑に思うかも知れないだろうが!」

 えっと言葉を失い、童士を見つめる華乃と…そんな華乃を見遣る童士の視線が絡み合い、二人とも更に顔を赤くしながら目線を彷徨わせる。
 そんな二人を見ながら彩藍は、やれやれと仕方なさそうに肩をすくめる。

「自分等なぁ…モテたくてもモテへんお兄ちゃんの前で、イチャイチャするんやないで…全く」

「だ…誰がイチャイチャなんてしてるんだっ!」
「ホ…ホンマやっ!イチャイチャなんて羨まし…いやっ、そんなふしだらなことっ!アタシも童士さんもしてへんやないのっ!」

 慌てふためく二人の様子をニヤニヤしながら眺める彩藍は、大きな溜息をもらしながら…聞こえよがしに呟く。

「ホンマに面倒くさいご両人やなぁ、せっかくの良い雰囲気やねんから…そのままお手々を繋いで、楽しく逢引きでもしてくりゃええねん」

 ペッと唾を吐きながら彩藍は、ようやく辿り着いた大輪田芸能興行社の扉を潜り、事務室に向けて歩み去る。
 その彩藍の背を二人黙ったまま見送りながら、童士と華乃は顔を見合わせる。

「あー、華乃?
泉美さんのご遺骨を部屋に置いたら、後で買い物にでも行かないか?
こちらに居を移したばかりなんだから、日用品の不足もあるんじゃないか?」

 童士が、ぎこちなく誘う。

「う…うん!
ちょっと揃えたい物もあったから、助かります。
ありがとう、童士さん。
それにそろそろお米も、買いたいなって思ってたから…」

 華乃も、突然の誘いにまごつきながらも…笑顔で乗り気なところを見せる。

「そうだな…大物を買う時は、俺が荷物持ちになってやろう。
これからは買い物荷物が手に余りそうになる時は、俺にちゃんと言えよ」

 嬉しそうに微笑みながらも華乃は、表情とは裏腹の言葉を返す。

「でも…童士さんもお仕事があるのに、アタシの買い物なんかに付き合わせたら申し訳ないやん。
それに荷物持ちなんて、立派な男の人がやったら恥ずかしくないの?」

 華乃の言葉に童士は、朗らかな笑顔で否定の意を伝える。

「それは違うぞ華乃、俺の仕事は華乃を守ることも含まれているんだ。
だから華乃が、用事があって出掛けなければならない時は…俺が付いて行くのも大切な仕事なんだ。
華乃が重い荷物を抱えて歩くなんて、それこそ俺の沽券に拘る事案だ。
それに、華乃と買い物に行くのも楽しそうだしな」

 強く言い切る童士の姿に華乃は、パァッと笑顔の花を咲かせて…嬉しそうに呟く。

「ありがとう、童士さん。
アタシも童士さんと買い物に行くのは、メッチャ楽しいと思う。
嬉しい…」

 華乃の様子を眩しそうな顔で眺めた童士は、そっと華乃の背に手を遣り…優しい声で語りかける。

「それでは、泉美さんのご遺骨を部屋に安置したら早速…買い物に出掛けるとするか」

「はいっ」

 そうして二人は並んで、大輪田芸能興行社の扉をくぐる。
 爽やかな陽射しの照る初夏の午後、童士と華乃の浮き立つような気持ちを代弁するように世界はキラキラと輝いていた。
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