第31話 不破は船橋楼にて幹部船員の歓待を受ける

文字数 2,513文字

 船橋楼の二階層目まで駆け上がった童士は、暗闇の中を駆け抜ける。
 鬼の視力を全解放し、深夜の闇に包まれた船内の障害物を苦にもしない、軽やかな足取りで大股で突き進んで行く。
 行く手には最初に出会った一体目と同様の、白い船員服を身に纏った深き者どもの一群が待ち構えている。

「ジュノリュ アジグ オイム!?」

 口々に叫び声を上げる深き者ども、童士の存在に気付いた個体から順に…童士の手中にある天星棍が閃き屍の山を築いて行く。

「フハハハハッ!
お前達は相変わらず何を言ってるんだか、まるで判らんぞっ!
本拠地に詰めてるんだから、少しは歯応えのあるヤツも居るんだろうな!?
死にたいヤツから、一列に並びやがれってんだっ!
天星棍を腹一杯に喰らえっ!!」

 数を頼りに殺到する深き者どもの群体に向けて、童士の鬼哭流杖術の武技が炸裂する。
 首を刎ね飛ばされる者、そして頭を叩き潰される者、更には顔や胴体に突きを入れられ串刺しの体勢で生き絶える者…。
 童士の一振り一突き一叩きの犠牲となる深き者どもの群れにとって、童士の存在は暗闇に乗じて襲い来る、漆黒の竜巻のような存在と云っても過言ではなかった。

「イア!ジャイ フン オ ファデルトゥ」

 初手の竜巻の回転に巻き込まれなかった幸運な深き者どもが、童士を警戒するよう遠巻きに監視しつつ…粘着質な皮膚の音を発しながら隊列(フォーメーション)を組み始めた。
 直線的に向かって来ない深き者どもの一群を、訝しげな眼で眺めていた童士は、やがて深き者どもの戦略を興味深げな様子で見守っている。
 そう、警戒して近寄らぬのではなく…どう見てもこれから発生するであろう強敵との戦闘を前に、ギラギラとした欲望の焔を滾らせていたのだ。

「流石は旧き神々(エルダーゴッズ)の眷属が根城だ、湊川隧道で戦った突進だけが能の月並み(ワンパターン)な怪物とは一味違う攻撃を見せてくれるんだろう?」

 食いしばり剥き出しになった童士の歯が、ニンマリと満足げに笑っているように見えるのは…錯覚なのか、はたまた童士の本心が透けているからなのか。
 童士の期待に沿うための動きではないだろうが、生き残った深き者どもが五体…船橋楼二層の中央部に集まっている。

「フゥ!オ? プゥグ プギャイグゥ オドルトゥ!」

 中央の一体が周囲の四体に呼び掛けるように叫ぶと、意思なき夢遊病者のような歩様で…四体の深き者どもが中央の個体へと近付いて行く。
 フラフラとよろけながら近付いて来た、最初の深き者どもの一体に対し中央の個体が突然、右手の鋭い鉤爪を振りかざし鳩尾付近を突き刺した。

「ギィッ…グギィィィィ…」

 突然の味方からの刺突(フレンドリーファイア)に苦痛でもがき苦しむ深き者ども、突き刺された傷口から噴き出す体液がビシャビシャと床板を濡らす。

「何を…コイツらは…?」

 戸惑う童士の眼前で引き起こされる、突然の狂える化け物が主催する血の饗宴。
 次の瞬間には突き刺した腕と、貫かれた傷口は脈動し融合を始めたように見える。
 貫かれた側の深き者どもの肉体が、ゴギゴギと骨の砕ける音を立てて変形を始める。
 融合と共に始まった変異は、数秒の後には完了した。
 中央に配された深き者どもの右腕が巨大化し、その鉤爪も数倍の大きさに成長していたのだ。

「ほぅ…コイツは…中々に良さそうな雰囲気だな…」

 これから発生するであろう事態を想像した童士は、片側の頬を歪ませて笑うと…その場で立ったまま深き者どもの変化の推移を見守る。
 その間も進化を狙う深き者どもは、残った左腕を同胞の胴体に突き刺し、右脚はもう一体の頭部へ抉り込み、左脚もまた残る最後の一体の胸元へ蹴りを入れて貫く。
 全ての同胞を取り込む準備を終えた深き者どもは、雄叫びを上げて自身に起こる変異に備える。

「グオォォォォッ!ギョエェェェェッ!」

 地響きを伴うような重低音の叫びに、童士も一瞬だけその身を硬直させてしまう。

「オウッ!
(スゲ)ェ圧だな…未完成の状態でも、かなり能力値(ポテンシャル)が嵩上げされてるのが判るぞ。
もっとだ!もっと来いっ!」

 童士の煽りに応えるかのように、深き者どもは全身に力を漲らせて変身の速度を加速させる。

「イゥオ アウォック! イゥオ アウォック!」

 前屈みになり全身を痙攣させるように振るわせる深き者どもの身体の内側から、メリメリともミシミシともつかぬ音が辺りに響き渡る。
 その直後…漆黒の粘液質で構成された表皮の全域が、内圧の強さにより裂け弾け、罅割れながら崩壊を始めた。
 深き者どもの内側から表面へ現れ出た、濃紅色(ダークピンク)の拍動する生々しい肉塊。
 原型(オリジナル)の深き者どもの姿とは、餘りにかけ離れた外観は…異様としか喩えようのないモノだった。
 魚類を思わせる頭部は形をほぼ違えることなく、しかしながらその両眼は内圧の高まりにより更に外へと飛び出している。
 両腕の付け根から上腕は元のままの細さを維持しているが、前腕から手指の先に至る部分は肥大し…上部と下部の安定感(バランス)の悪さが不安と共に滑稽さすら滲ませていた。
 両脚については太さが増したものの、長さ自体に大きな変動はなく…重量が五倍は増加したであろう肉体を支えるためだけの器官と化してしまったかのようだ。

「これで終わりなのか?
醜い魚野郎!
ちょっとは強くなってくれてるんだろうなっ!?」

 童士の語気荒い嘲りの声が伝わったのか、進化した深き者どもの合一体は野太い怒りの叫び声で応える。

「イアァァァァッ!!ギュルルルゥゥゥッ!!」

 神経節の連結に不具合でも発生しているのだろうか、ぎこちない歩みでネチャネチャと生理的嫌悪感を催させる足音を生じさせながら…両腕を前に突き出した深き者ども・改(ディープワンズ・レヴォ)は、童士へと着実に迫っている。

「さぁっ!
舞踏会(ダンスタイム)の始まりだぜ!
お前はどれだけ俺を、どんな風に楽しませてくれるんだろうなぁっ!?」

 異臭を噴き出し粘液を撒き散らしながら、巨大かつ強大となったであろう深き者ども・改。
 自身の間合いへと詰め寄った直後、童士に向けて右の腕が真上へと振り上げられる。
 攻撃の意思をふんだんに込めた深き者ども・改の殺意を前に、童士は天星棍を構え直す。
 新たなる強敵との戦闘に向けて、期待に満ち溢れた獰猛な笑顔を浮かべた童士の姿はまさしく鬼そのものであった。
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