第30話 不破と灰谷は魔船にて闘争する

文字数 2,599文字

 船内から出現した深き者どもの姿に、より迅速に反応したのは童士だった。
 背負った新たなる武器である天星棍をその右手に握り込み、野に放たれた野獣の如き咆哮と共に深き者どもの眼前へ飛び出した。

「ガアァァツ!!」

 童士は空中で姿勢を正し、両手に天星棍を握りなおす。
 天星棍は正眼の位置へと構えられたように見えたが、そのまま童士は天星棍を大上段へと振り上げる。
 童士の間合いに入った深き者どもは、身じろぎ一つ出来ずに唐突に出現した童士を見上げるのみ。
 甲板上の空気は凍結し、時間も止まったように感じられた瞬間…童士は天星棍を深き者どもの頭頂部へと振り下ろした。

「ズゥッ…パァンッ!!」

 水を切り裂くような鈍い破裂音の後、そこに残っていたのは頭頂部から股間までを縦に斬り裂かれた、深き者どもの無惨な姿であった。
 縦に二つの部位へと別たれた深き者どもの身体は、ゆっくりと左右へ倒れて行く。
 その時になって初めて、斬り裂かれた傷口からドス黒い体液が迸り始める。

「ドシャアッ…」

 真っ二つに裂かれた先程まで深き者どもであった肉塊は、倒れ伏す際にはただの血に塗れた肉袋と化してしまっている。
 天星棍を振り切った童士は、深き者どもの死骸をぼんやり見遣り、そして自身が握っている天星棍を見つめ、最後に()()()のように切り裂かれた甲板の麻栗樹(チークウッド)に眼をやった。

「いやいやいやいや…鬼のお兄さん。
流石に…棒で斬撃を繰り出すんは反則やない?
何ぼ能天気な僕かって、そないな化け物じみた攻撃を見せられたら…かなり引いてしまいますよ?」

 少し遅れて登場した彩藍が、真顔で突っ込むのも無理はない。
 横たわる深き者どもの死骸は、未だ自身の絶命と云う真実を知らぬかのように、小刻みな痙攣を繰り返している。
 そして打撃に因って斬り裂かれた傷口は、医療用の手術刀(メス)の如き鋭利な刃物で両断されたように…歪み一つ発生させぬままの切断面を見せている。

「見てよこの切り口。
こんなことされてしもたら、僕みたいな刃物(ヤッパ)使いは形なしやん?
童士君は…ホンマに怖い鬼さんやねぇ」

 呆れ果てた顔つきの彩藍に詰られ、童士も深き者どもの死骸を観察しながら、その結果に驚きを隠せない様子だ。

「こいつは…凄まじいな…。
俺は普通に、魚頭を叩き潰すだけのつもりだったんだぞ。
天星棍の初振りだったから、多少は力を込めて振ったんだが…こんなことが起ころうとは思ってもみなかったよ」

 まじまじと己の武器を見つめる童士、その眼に映る握り締められた天星棍には、深き者どもの体液はおろか…血肉や脂の類による曇りすら付着はしておらず、サラリとした艶のない漆黒をその身に纏わせ保持している。
 今回…被害者となった深き者どもの身に降りかかった不運とは、童士の膂力と天星棍の振るわれる速度、そして敵に直撃する拍子(タイミング)が完璧に合致したからこその結果であった。

「まだ慣らし運転の最中だからな、これからの攻撃では力の入れ加減の調整が必要なんだろう」

 童士が独り言ちながら軽く天星棍を縦に振るうと、ヒュンッと素軽く空気を斬り割る音が聞こえるのみ。

「うむ、振り味は悪くないんだよなぁ。
握りもしっくり来ている、重みも平衡化(バランス)の按配も…完璧だと思うのだが…。
さて、どうした物かな?」

 左手を顎にやり、右手は天星棍を握り締め、童士は憮然とした表情で深く思案を始めた。

「しかし…打撃でスパッと斬れてしまうのは…些か拍子抜けしてしまうな。
やはり打撃を頭に喰らわす時は『グシャアッ』とか『グチャッ』と云う感触がないと、爽快感が全くもって足りないんだよなぁ。
今度は片手だけで叩き付けてみて、感触の違いを確かめてみなければならないか」

 以前よりも格段に、攻撃の威力と多様化(バリエーション)が増した筈の童士だが、初めての実戦に使用した天星棍への感想は…童士本人の拘りのせいで残念な、余りにも残念なものとなってしまった。

「お〜い童士君…考え中でお忙しい所に悪いんやけど、後続が迫って来とりまっせぇ。
戦闘中にボヤボヤしとったら、碌なことにならへんのと違いますぅ?…っとね!」

 確かに彩藍の言う通り、後続の深き者どもがワラワラと十重二十重に開口部へと殺到して来ている。
 彩藍は黒烏丸を抜き放ち、最前線に迫り来る深き者どもの数体を切り払い、撫で斬りにし…突き刺しては屠って行く。

「あぁ…済まないな彩藍、コイツの実戦が初めてなもんで、ちょっとばかり勝手が掴めていなかったんだよ…とぉっ!」

 ハッと我に還った様子の童士は、呑気な声を出しながらも動きは鋭く、手近の深き者どもの一体の顔面に天星棍を突き入れる。
 第一陣の深き者どもの部隊を始末し終えた童士と彩藍は、死骸と体液と船内から漂う異臭が無い混ぜとなった空間で…更なる強襲を警戒しながら佇んでいた。

「時に彩藍よ、ここから階段で二手に分かれているようだが…お前はどちらを選ぶ?」

 童士は平然と戦力の分散の提案を、彩藍へと持ち掛ける。

「うん?
僕は下を狙いたいねぇ。
童士君は上で宜しいか?」

 即答する彩藍に童士は、ニヤリと笑って応える。

「お前ならそう言うだろうと思ってたよ、それでは俺は上だな。
そうそう彩藍…船室の()()に気を取られ過ぎて、敵に遅れを取るんじゃないぞ」

 童士の忠告を受けた彩藍は、悪餓鬼のようにニッと笑い童士に返す。

「童士君も人が悪いなぁ、僕のことをご存知なんやったら敢えて聞かんでも良いやんか?
敵を殲滅しながらも懐は温まる…最高のお仕事やねぇ」

 イヒヒッとタチの悪い笑い声を上げる彩藍に、童士は仕方のないヤツだと呟き、苦笑いで作戦行動の開始を告げる。

「それじゃあ、お前は階下の船室方面を…俺は階上の船橋楼(デッキ)部分を攻めるぞ。
三時間後にここで落ち合おう、遅れた方の援護(フォロー)も忘れるなよ。
生きていればまた会おう」

 フッと笑みを浮かべていつもの台詞を彩藍に向けて発すると、童士は階段を駆け上がって行く。
 童士の背を見送りながら彩藍も、童士に向けていつもとは違う台詞を送る。

「童士君…キミだけは死んだらアカンやろ。
華乃ちゃんを悲しませんように、ボロボロになっても生きて戻っておいでや。
僕もポッケの中が一杯になったら、すぐに階上(そっち)へ向かうからね〜」

 去り行く童士の背中と足音に向けて激励の声を送った彩藍は、殺戮祭と収穫祭の二本立てを満喫するため、希望に満ちた輝く笑顔を弾けさせ…船内階段の急な段差を駆け降りて行ったのである。
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