第42話 灰谷は七ツ眼の悪魔から真実を告げられる②

文字数 3,235文字

「任部社長…もし社長の仰る通りの内容が真実なんやったら、旧き神々(エルダーゴッズ)を滅ぼすんは不可能に近いんと違いますの?」

 不安そうな様子を見せる彩藍に、任部勘七は険しい表情を保ったまま頷いて返す。

「私の懸念も、そこにあるんですよ灰谷さん。
物理的に旧き神々(エルダーゴッズ)の肉体を破壊したとしても…精神寄生体の本体、悪意の種子とも云うべき存在を消し去らなければ、永劫に再生し続ける可能性は残りますね」

 頭を抱えて髪の毛を掻き毟った彩藍は、げんなりとした表情で長椅子に背中を凭せ掛かる。

「あ〜っ!もうっ!
何ぼ潰しても人間を餌にして還ってくるやなんて、油虫(ゴキブリ)と大差ないやんっ!
そんなモンよう相手に出来へんわ、最悪のお知らせですやんかぁ」

 泣き言を述べる彩藍に、任部勘七は冷静な顔で冷たく言い放つ。

「灰谷さん、それでも貴方と不破さんは旧き神々(エルダーゴッズ)とその眷族を叩き潰さなければならないのですよ。
陽ノ本を守るため等と大仰なことは言いませんが…漆原華乃さんが彼等に囚われ、貴方達が標的となってしまっている現状では…致し方ない選択だと思われますがね」

 眼鏡の奥で両眼をギラリと光らせる任部勘七に、彩藍は諦観の面持ちで言葉を返す。

「何や…最初はちょっとした小遣い稼ぎやと思うとったのに、とんでもないインケツの目ぇを引いてしもとるがな。
そしたら任部社長、精神寄生体たら云うモンを封じ込めるような情報は無いんです?」

 ふむと考え込む任部勘七、彩藍はその口元から画期的な案が飛び出しはしないかと…期待を込めて見つめる。

「確証はありませんが灰谷さん、貴方の持つ封魔の刀ならば或いは…。
もしくは精神寄生体に肉体へ根付くための本体があると仮定すると、その本体を叩けば滅殺も可能かと思いますが…情報(データ)が少ない現状では何とも言えませんね。
取り敢えず灰谷さんと不破さんのお二人には、ハイドラを消滅させるための試行錯誤をお願いするしかないです」

 任部勘七の言葉に大きな溜め息を吐き、ガックリと頭を下げた彩藍がヤケクソ気味に声を張る。

「判った!判りましたよっ!
どっちに転んでも僕と童士君で、ハイドラをメッタメタのギッタギタにやっつけなアカンっちゅう訳ですよねっ!
あ〜…しょうもなぁ…」

 彩藍の言葉に珍しくも笑顔を浮かべた任部勘七が、即答で肯定する。

「その通りですよ、灰谷さん」

 彩藍はその言葉を聞いて、魂が抜け落ちるのではないかと音羽多吉が心配する程の…更に大きな溜め息を吐き出した。

「で…任部社長?
旧き神々(エルダーゴッズ)の件については…全く乗り気やない気分で了承しましたけど、それとは別に何か情報がありましたんやろか?」

 任部勘七は居住まいを正し、彩藍とそして義弟の音羽多吉に視線を送る。

「実は…多吉の妻であり私の妹でもある、音羽紅緒の件で気掛かりな話があるのです」

 並んで腰掛ける彩藍と音羽多吉、その二人が任部勘七の言葉に顔を見合わせる。

「社長…いや義兄さん、紅緒の件って…気掛かりって…何です?
まさか紅緒がもう…目を覚まさんとかやないですよね?」

 狼狽した声を上げて、音羽多吉が任部勘七に問い掛ける。

「多吉、違うんだ。
そうではないのだが…話が長くなりそうなので、何も言わずに話を聞いてくれないか?
そして灰谷さんも、一緒に聞いておいて下さい」

 再び顔を見合わせる彩藍と音羽多吉、二人は任部勘七の方に向きなおり…頷いて話を聞く体勢に入った。

「灰谷さんには以前お伝えしたと思うのですが、紅緒は…私の妹は…私とは母親の違う、妾腹の子なのです。
そして紅緒を産んだ母親は、乳飲み子の紅緒を私の実母に託して…逐電してしまったのです。
書き置きには『囲い者が子を生すと家が割れるので自分は去るが、子は旦那様の子に違いないので、無事に育てて欲しい』と云う旨が記してあったそうです。
私の実母はその提案に乗り、紅緒を我が子として育てました。
その後も紅緒を産んだ母親の行方は、杳として知れませんでした。
しかし今回の事件を調査するにあたって、紅緒の産みの母親が何処でどのように生き…暮らしていたのかが判明したのです」

 そこまで言うと任部勘七は、出社して来た秘書の淹れた茶を口に含んで…渇いた喉を潤した。
 言いつけ通りに口を挟まず、黙って聞いている彩藍と音羽多吉だったが…突如として始まった紅緒の出生秘話に、当惑の表情を隠し切れないようだ。

「フッ…。
無関係な話にも聞こえるでしょうが、もう暫くだけお付き合い下さい」

戸惑う彩藍と音羽多吉の様子を見て、任部勘七が断りを入れる。

「さて…それでは続けましょう。
紅緒の実母は、岩下佳美と云う名前の女でした。
逐電後は神戸を離れ、大阪や京都の花街で糊口を凌いでいたようです。
その後は横濱の商家に嫁ぎ、姓を漆原佳美と変え…一男一女を儲けたとのことです。
そして明治二十九年に流行した横濱黒死病(ペスト)禍により夫と息子を失い、残された娘を連れて神戸へと戻って来たのです。
ここまでくれば、ご理解をいただけたかと思いますが…漆原佳美の一人娘の名は漆原泉美。
そうです、現在も昏睡状態にある音羽紅緒と…今回の事件で殺害され心臓を奪われた漆原泉美、この二人は母親を同じくする姉妹だったのです」

 淡々と語り終えた任部勘七だったが、聴衆である彩藍と音羽多吉は両眼を大きく見開き…口もポカリと開いてしまっていた。

「それで…任部社長、紅緒奥様の昏睡と泉美さんの殺害に、何ぞ関連があるって言わはるんですか?」

 彩藍の問いに任部勘七は、少し伏し目がちになりながら回答する。

「ここから先はまたしても、私の推論となってしまうのですが…。
灰谷さん、先日の日中…貴方と不破さん方は幸泉寺を訪問し、住職の五島学仁と面談しましたよね?」

 頭に疑問符を浮かべたような顔で、彩藍は頷きはいと応える。

「そこで五島住職から、漆原泉美さんの霊魂が未だ成仏も出来ていない…と云う話を聞いている筈です。
ここから先は非科学的な心霊的作用(スピリチュアル)の話となりますので、科学至上主義の私としては大変心苦しい展開となってしまうのですが…現代の陽ノ本国に、地球黎明期の神話的存在であり…それこそ非科学的な魔術書にのみその名が記載されている、旧き神々(エルダーゴッズ)が復活しつつあると云う事実を鑑みるに、致し方のないことなのでしょうね。
多分…漆原泉美さんが成仏し切れていないのは、ハイドラに心臓を奪われてしまっているからなのでしょう。
そして精神寄生体に支配されているハイドラの肉体に、不破童士さんが過大な損傷を与えてしまった。
その瞬間にハイドラを司る、精神寄生体の制御が緩んでしまったのでしょう。
そこで漆原泉美さんの魂が遺る心臓は、救いを求めて何らかの信号を発したのかも知れない。
その魂の悲鳴を受信したのは、睡眠中で無意識の状態であった…漆原泉美さんの姉である紅緒だったと思われます。
可能性としては、漆原泉美さんの娘である漆原華乃さんが受信する可能性もあったのですが…公式には行方不明である漆原華乃さんが匿われていた場所よりも、紅緒が住まう家の方が発信された霊波とも云うべき物の源により近かったのでしょう。
灰谷さん、貴方も紅緒の昏睡とハイドラの関係性には気付いていましたよね?」

 彩藍は任部勘七の言葉を受けて、自身の考えを声に出す。

「そうですね、多吉さんから聞いた紅緒さんの倒れた日時と…童士君がハイドラと戦った時間の合致で、その予想はしとったんですが…」

 彩藍の応えに、任部勘七は満足そうに頷く。

「と云う訳で、そこから導き出される解答は一つ。
灰谷さんと不破さんで、ハイドラとその肉体に宿る精神寄生体を打ち倒すことが果たされれば…()()()()()()()()()()()され、()()()()()()()()()()()()()()のかも知れないと私は推定しています」

任部勘七の推論に、音羽多吉は縋るような目線を彩藍に送る。
そして任部勘七は、鋭い視線で彩藍を貫き…二人の顔を交互に見た彩藍は、頭をガリガリと掻き毟るのみ。
初夏の朝日が差し込む静かな応接室に、彩藍の立てるその音だけが鳴り響いていた。
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