第46話 不破は女怪と激闘する①
文字数 3,402文字
互いに名乗り合った童士とハイドラ、睨み合う両名の間には深き者どもの軍勢が横たわる。
「オラッ!
邪魔立てするなら、手前等なんざ叩き潰してやるよっ!」
敵に襲い掛かる本能故か、それとも自身が使える主人 を守護するためなのか…童士を取り囲む十重二十重の怪物の壁を、童士は文字通り叩き潰し、突き刺し、薙ぎ払う。
童士がその歩みを一歩進める毎に、深き者どもの死骸は当加速度的に増加して行く。
「ギィッ!」
「ギギィッ!」
「ギィヤァァァァァッ!!」
脳漿をぶち撒け、目玉を飛び出させ、首を胴体を四肢を飛ばされながらも…深き者どもの死の行進 は停止することなく続いて行く。
深き者どもを死地へと導く音色の指揮者 たる童士も、返り血を浴び破壊された組織片を全身に纏わり付かせ…凄惨かつ非情、まさに鬼気迫る姿で天星棍を振るい続ける。
「本丸に居るぐらいだから、今までの雑魚共よりかは幾分マシな連中だけどな…怒り狂える陽ノ本の鬼を相手にするには、些か実力が不足してんじゃねぇのかよっ!」
肉を裂き骨をへし折る鈍い音と、噴き出す血飛沫の立てる湿った音の二重奏 が…赤煉瓦倉庫の乾いた室内に響き渡る。
稀に発する軽い金属音は、童士の振るう天星棍に、自らが捧げ持つ武器を合わせてしまった深き者どもが奏でる…切断された武器と敗北が綯い交ぜとなった鎮魂歌 の調べか。
「不破童士、お主は何故に怒っておるのだ?
怒りの感情を昂らせておるのは、我の方であろう?
故なき怒りはお主のような、真の強者には似合わぬ所業であろうに」
童士の激しい胴間声 を聞き咎めたか、ハイドラが童士に向かって不審そうに問い掛ける。
ハイドラの問い掛けを聞いた童士は、一瞬だけ深き者どもを屠り続ける手を止めたが…直後に鉤爪を伸ばして来た個体の脳天を叩き割り、吠えるようにハイドラへ噛み付いた。
「手前等がっ!
卑怯な真似をして…華乃を拐かしたんだろうがよっ!
何が真の強者だっ!
手前等なんざ、薄汚え屑のカスだっ!
真剣に勝負してやる価値も、正々堂々と闘ってやる意味もねぇんだよっ!
この…クソ魚共めっ!!」
童士の激怒した一喝に、ピクリとハイドラは動きを止める。
そして童士への攻撃を継続しようとする深き者どもへ、厳しい口調で声を放った。
「イノラムドゥ イドフスッ!!」
童士を取り囲んだまま、時間ごと静止したように深き者どもの動きが止まる。
その光景を不機嫌そうに眺めた童士は、ハイドラを怒鳴り付けた。
「いきなり戦闘を止めるんじゃねえっ!
何のつもりなんだ?
この…卑怯者がっ!!」
童士の叫びに、怒りの表情を浮かべて顳顬をピクリと動かしたハイドラは…身じろぎ一つせず直立した姿勢のまま、童士へと質問をする。
「カノ?…を拐かしたとは何のことだ?
我を卑怯者呼ばわりするとは、お主…戦士の神聖なる闘争を侮辱する気かっ!!」
ハイドラの怒りの声にも、童士は床へと唾を吐き出し反論する。
「カッ!
巫山戯るのも、大概にしやがれってんだ。
俺の女を…華乃を拉致したのは手前等じゃねぇか!
戦闘とは無縁の女を人質にして、何が戦士だ…神聖なる闘争だよっ!
悪いが鬼の常識では…無辜の女をこそこそと攫って、闘いの餌にするような輩は、戦士でも強者でもねぇよ。
そんな奴はただの臆病者で、卑劣な小悪党に過ぎん。
判ったかっ!!」
血を吐くような童士の叫びに、真実の匂いを嗅ぎ取ったのか、ハイドラは黙り込んで思案しているようだ。
「あの…黒き男…月に吠える者 が約定は…此方で待てば、不破…童士と心置きなく…闘える…と。
真なる…能力 を得て…我と我が眷族に…永劫の悦びを…、我が父神 の…目覚めと…再臨を…顕現を…叶えると…」
ブツブツと不明瞭な言葉を呟くハイドラに、童士は苛立ちの表情を顔を歪ませて叫ぶ。
「おいっ!
手前は何の独り言を言ってるんだ?
グダグダ喋ってる暇があるなら、さっさとやり合うぞ!
俺は今夜…手前等を皆殺しにやって来た虐殺者 なんだからよっ!!」
ヌメリと光る妖しい本身にも似た、青白い輝きを発する童士の視線にも我関せず、ハイドラは尚も自分自身の世界に閉じこもってしまったようだ。
「我が…望みは…父神 を…あの牢獄より…解き放つ…こと………ヌゥゥゥ…×××××めがぁ……、許さぬ…我も…兄神 も…騙し討ちの末に………だった。
我が欲する…ものは…強者…との果たし合い…?
善き…戦士との…闘い…こそ…が、我…の…我の………」
直立したまま俯き加減で呟き続けるハイドラに、童士は得も言われないような面持ちで見つめるばかり。
「何なんだ…アイツは、狂ったのか?
それとも…壊れちまったのか?
ケッ!面白くねぇ!
もう良いよ、その頭を叩き潰して…全部を終わらしてやるよっ!」
彫像のように静止した深き者どもの林を抜けて、童士は遂にハイドラの許まで辿り着いた。
ハイドラは先程までと変わることなく、虚な眼で呟き続けているばかり。
童士は天星棍を両手に構え、大きく振り上げ上段の構えで時を止める。
ビリビリと空気が振動するかのように、童士が力を込める筋肉の震えが周囲にも伝播しているのだ。
「キィエェェェェェィッ!!」
怪鳥の叫び声にも似た、童士の気合いと共に天星棍は振り下ろし一閃…ハイドラの頭蓋を叩き割らんと襲い掛かる。
『キッィィィィィーンッ!!!』
童士の耳に突き刺さるような高周波の金属音、その発生源に童士が眼を配ると…そこには信じ難い光景が広がっていた。
童士の殺気に当てられて正気を取り戻したのか、ハイドラの右手が貫手の形で天星棍の打撃を払いのけていたのだ。
しかしハイドラの視線は今も下方向に固定され、眼には生気を感じさせる光も浮かんではいない。
「この…野郎っ!!」
敵を破壊するために力を込めた打撃を、いとも簡単に打ち払われた童士は、怒り心頭でハイドラを睨み付ける。
一方のハイドラは悪夢から醒めたような顔付きで、うっそりと童士の顔を見つめている。
「お主の女…?
我は斯様なことは知らんぞ、誰がそんな真似をしたと云うのだ?
言えっ!不破童士!
我を謀ると…許さぬぞ!」
激怒するハイドラの姿に真実の響きを感じた童士は、危険な光をその眼に宿したまま…自身の知る事実をハイドラへ告げる。
「手前が嘘を言っているとは思わんが、俺の女が攫われたのは本当だ。
昨夜、俺達がセント・タダイ号を急襲している間に…這い寄る混沌 と手前の眷族深き者ども が、華乃と云う名の少女を拐かしたんだ。
俺はその少女の行方を追って、今ここに来て手前と向かい合ってるんだよ」
童士の言葉にハイドラは、大きく両眼を見開き周囲の深き者どもを見渡す。
「不破童士…暫し待て」
告げるや否やハイドラは、手近に立ち尽くす深き者どもの一体へと歩み寄る。
そのままの流れで左腕を持ち上げ、深き者どもの頭を鷲掴みにした。
「ギィッ…ギギギィッ…」
突如として自分自身の頭部を掴まれ、ハイドラの五指に生える鋭い鉤爪を食い込まされた深き者どもは悲鳴じみた声を絞り出す。
己の眷族が痛みに悶え苦しむ姿を黙殺し、ハイドラは深き者どもの頭蓋深くに鉤爪を押し込む。
「ギィィィィィィ…!」
なす術もなくそのまま脳を貫かれた深き者どもは、ビクビクと断末魔の痙攣を残して生命を絶たれたようだ。
その深き者どもの死骸を、まるで道端に転がる汚物を見るかのように睨み付けたハイドラが童士の方へ向き直る。
「不破童士よ、お主の言は真実であったようだ。
我が預かり知らぬこととは云え、月に吠える者 と我が眷族の行為は…神聖なる闘争を汚す蛮行とも云える所業だ。
我等が罪を贖うではないが…お主と正々堂々と渡り合うため、お主に女を返そう。
不破童士、ついて参れ」
言うなりハイドラは、童士に背を向けて歩き出す。
そのまま赤煉瓦倉庫の北端に近い場所で、ハイドラは床板へ向けてしゃがみ込むような姿勢で鉤爪を振り下ろした。
『バキィッ…メリメリメリメリ…』
木製の床板にポッカリと開いた大穴を指し示したハイドラは、童士に下へと降りるよう身振りで伝える。
「この下に…華乃が居るって云うのかよ。
しゃらくせぇが、手前の云う通りに降りてやろうじゃねぇか。
このままだと、完全な手詰まりだからな」
言い捨てた童士は身を翻し、深く昏い穴の中へと身を投じた。
その先に待っている物が、果たして探し求めている少女なのか…それとも更なる危難なのか…それを知る者は誰も居ない。
「オラッ!
邪魔立てするなら、手前等なんざ叩き潰してやるよっ!」
敵に襲い掛かる本能故か、それとも自身が使える
童士がその歩みを一歩進める毎に、深き者どもの死骸は当加速度的に増加して行く。
「ギィッ!」
「ギギィッ!」
「ギィヤァァァァァッ!!」
脳漿をぶち撒け、目玉を飛び出させ、首を胴体を四肢を飛ばされながらも…深き者どもの
深き者どもを死地へと導く音色の
「本丸に居るぐらいだから、今までの雑魚共よりかは幾分マシな連中だけどな…怒り狂える陽ノ本の鬼を相手にするには、些か実力が不足してんじゃねぇのかよっ!」
肉を裂き骨をへし折る鈍い音と、噴き出す血飛沫の立てる湿った音の
稀に発する軽い金属音は、童士の振るう天星棍に、自らが捧げ持つ武器を合わせてしまった深き者どもが奏でる…切断された武器と敗北が綯い交ぜとなった
「不破童士、お主は何故に怒っておるのだ?
怒りの感情を昂らせておるのは、我の方であろう?
故なき怒りはお主のような、真の強者には似合わぬ所業であろうに」
童士の激しい
ハイドラの問い掛けを聞いた童士は、一瞬だけ深き者どもを屠り続ける手を止めたが…直後に鉤爪を伸ばして来た個体の脳天を叩き割り、吠えるようにハイドラへ噛み付いた。
「手前等がっ!
卑怯な真似をして…華乃を拐かしたんだろうがよっ!
何が真の強者だっ!
手前等なんざ、薄汚え屑のカスだっ!
真剣に勝負してやる価値も、正々堂々と闘ってやる意味もねぇんだよっ!
この…クソ魚共めっ!!」
童士の激怒した一喝に、ピクリとハイドラは動きを止める。
そして童士への攻撃を継続しようとする深き者どもへ、厳しい口調で声を放った。
「イノラムドゥ イドフスッ!!」
童士を取り囲んだまま、時間ごと静止したように深き者どもの動きが止まる。
その光景を不機嫌そうに眺めた童士は、ハイドラを怒鳴り付けた。
「いきなり戦闘を止めるんじゃねえっ!
何のつもりなんだ?
この…卑怯者がっ!!」
童士の叫びに、怒りの表情を浮かべて顳顬をピクリと動かしたハイドラは…身じろぎ一つせず直立した姿勢のまま、童士へと質問をする。
「カノ?…を拐かしたとは何のことだ?
我を卑怯者呼ばわりするとは、お主…戦士の神聖なる闘争を侮辱する気かっ!!」
ハイドラの怒りの声にも、童士は床へと唾を吐き出し反論する。
「カッ!
巫山戯るのも、大概にしやがれってんだ。
俺の女を…華乃を拉致したのは手前等じゃねぇか!
戦闘とは無縁の女を人質にして、何が戦士だ…神聖なる闘争だよっ!
悪いが鬼の常識では…無辜の女をこそこそと攫って、闘いの餌にするような輩は、戦士でも強者でもねぇよ。
そんな奴はただの臆病者で、卑劣な小悪党に過ぎん。
判ったかっ!!」
血を吐くような童士の叫びに、真実の匂いを嗅ぎ取ったのか、ハイドラは黙り込んで思案しているようだ。
「あの…黒き男…
真なる…
ブツブツと不明瞭な言葉を呟くハイドラに、童士は苛立ちの表情を顔を歪ませて叫ぶ。
「おいっ!
手前は何の独り言を言ってるんだ?
グダグダ喋ってる暇があるなら、さっさとやり合うぞ!
俺は今夜…手前等を皆殺しにやって来た
ヌメリと光る妖しい本身にも似た、青白い輝きを発する童士の視線にも我関せず、ハイドラは尚も自分自身の世界に閉じこもってしまったようだ。
「我が…望みは…
我が欲する…ものは…強者…との果たし合い…?
善き…戦士との…闘い…こそ…が、我…の…我の………」
直立したまま俯き加減で呟き続けるハイドラに、童士は得も言われないような面持ちで見つめるばかり。
「何なんだ…アイツは、狂ったのか?
それとも…壊れちまったのか?
ケッ!面白くねぇ!
もう良いよ、その頭を叩き潰して…全部を終わらしてやるよっ!」
彫像のように静止した深き者どもの林を抜けて、童士は遂にハイドラの許まで辿り着いた。
ハイドラは先程までと変わることなく、虚な眼で呟き続けているばかり。
童士は天星棍を両手に構え、大きく振り上げ上段の構えで時を止める。
ビリビリと空気が振動するかのように、童士が力を込める筋肉の震えが周囲にも伝播しているのだ。
「キィエェェェェェィッ!!」
怪鳥の叫び声にも似た、童士の気合いと共に天星棍は振り下ろし一閃…ハイドラの頭蓋を叩き割らんと襲い掛かる。
『キッィィィィィーンッ!!!』
童士の耳に突き刺さるような高周波の金属音、その発生源に童士が眼を配ると…そこには信じ難い光景が広がっていた。
童士の殺気に当てられて正気を取り戻したのか、ハイドラの右手が貫手の形で天星棍の打撃を払いのけていたのだ。
しかしハイドラの視線は今も下方向に固定され、眼には生気を感じさせる光も浮かんではいない。
「この…野郎っ!!」
敵を破壊するために力を込めた打撃を、いとも簡単に打ち払われた童士は、怒り心頭でハイドラを睨み付ける。
一方のハイドラは悪夢から醒めたような顔付きで、うっそりと童士の顔を見つめている。
「お主の女…?
我は斯様なことは知らんぞ、誰がそんな真似をしたと云うのだ?
言えっ!不破童士!
我を謀ると…許さぬぞ!」
激怒するハイドラの姿に真実の響きを感じた童士は、危険な光をその眼に宿したまま…自身の知る事実をハイドラへ告げる。
「手前が嘘を言っているとは思わんが、俺の女が攫われたのは本当だ。
昨夜、俺達がセント・タダイ号を急襲している間に…
俺はその少女の行方を追って、今ここに来て手前と向かい合ってるんだよ」
童士の言葉にハイドラは、大きく両眼を見開き周囲の深き者どもを見渡す。
「不破童士…暫し待て」
告げるや否やハイドラは、手近に立ち尽くす深き者どもの一体へと歩み寄る。
そのままの流れで左腕を持ち上げ、深き者どもの頭を鷲掴みにした。
「ギィッ…ギギギィッ…」
突如として自分自身の頭部を掴まれ、ハイドラの五指に生える鋭い鉤爪を食い込まされた深き者どもは悲鳴じみた声を絞り出す。
己の眷族が痛みに悶え苦しむ姿を黙殺し、ハイドラは深き者どもの頭蓋深くに鉤爪を押し込む。
「ギィィィィィィ…!」
なす術もなくそのまま脳を貫かれた深き者どもは、ビクビクと断末魔の痙攣を残して生命を絶たれたようだ。
その深き者どもの死骸を、まるで道端に転がる汚物を見るかのように睨み付けたハイドラが童士の方へ向き直る。
「不破童士よ、お主の言は真実であったようだ。
我が預かり知らぬこととは云え、
我等が罪を贖うではないが…お主と正々堂々と渡り合うため、お主に女を返そう。
不破童士、ついて参れ」
言うなりハイドラは、童士に背を向けて歩き出す。
そのまま赤煉瓦倉庫の北端に近い場所で、ハイドラは床板へ向けてしゃがみ込むような姿勢で鉤爪を振り下ろした。
『バキィッ…メリメリメリメリ…』
木製の床板にポッカリと開いた大穴を指し示したハイドラは、童士に下へと降りるよう身振りで伝える。
「この下に…華乃が居るって云うのかよ。
しゃらくせぇが、手前の云う通りに降りてやろうじゃねぇか。
このままだと、完全な手詰まりだからな」
言い捨てた童士は身を翻し、深く昏い穴の中へと身を投じた。
その先に待っている物が、果たして探し求めている少女なのか…それとも更なる危難なのか…それを知る者は誰も居ない。