終ノ壱 厳談の帝都にて
文字数 3,618文字
大正天皇嘉仁 、内閣総理大臣兼帝国陸軍大臣の若槻禮次郎 、および内閣副総理大臣兼帝国海軍大臣の幣原機重郎 、そして帝国空軍大臣の山本五郎左衛門 、更には宮内省大臣の市木機徳郎 …陽ノ本国の支配者である現人神と、現政権の中枢を担う四名の男達。
大正十六年一月二十五日より始まった第二次若槻禮次郎内閣、閣議とは別途に招集される今上天皇嘉仁を交えての御前会議とも云うべき…毎月二十五日に行われる定例の帝国三族代表者会議。
大正十七年六月二十五日、初会合より十八度目を数える定例会において…珍しく会議の口火を切ったのは、妖化院選出の帝国空軍大臣である山本五郎左衛門であった。
「嘉仁陛下、若槻さん、幣原さん、市木さん、済まねぇが…百鬼夜行の諜報員 からの急ぎの連絡が入 ったんだ。
帝国三族代表者会議の一員として、緊急動議を発議させて戴きやすが宜しいか?」
物言いは常と変わらぬ馴れ馴れしい物ではあったが、その表情と顔色からは陽ノ本の国家大事に係る内容であると推察された。
「山本空軍大臣…緊急動議とは…只事ではない発議かと…当会議の規定に照らし合わせ、発議内容に相違はございませぬな?」
総員五名の構成員 の内でも最も良識派、言い換えれば最も慎重で懦弱な方向に論議を導きがちな、市木機徳郎から再確認を求められる山本五郎左衛門。
「えぇ…規定の内『陽ノ本国及ビ其ノ属領ニ於イテ、国家ノ安寧ヲ覆シカネヌ有事ガ発生シタル際ニ緊急動議ヲ発議スルヲ認ム』この条文に基づいての発議でありますよ。
市木卿?」
無駄口を聞くなとばかりに規定条文を誦じた山本五郎左衛門に、市木はこれ以上の異議を差し挟もうとはしなかった。
片や黙して語らぬ若槻禮次郎と幣原機重郎については、山本五郎左衛門が齎そうとしている情報について…何らかの伝手で事前に知り得た物であったのだろうか。
「他に異論が入らねぇのであれば、動議を進めさせて戴きやすが?」
数瞬の沈黙を肯定と見做した山本五郎左衛門は、緊急動議についての発議を始めた。
「大正十七年五月十日頃より、兵庫県神戸市の新開地にて発生した連続街娼殺害事件、其れは彼の国…陽ノ本へ侵略の手を伸ばさんと画策する、亜米利加 国の先鋒部隊による奇襲作戦であったと報告を受けておりやす」
山本五郎左衛門の第一次報告の間合いで、若槻禮次郎がその情報に対して補完説明を入れる。
「山本空軍大臣、それについては貴殿の手の者、百鬼夜行の妖怪にて…迎撃および撃退済みとのことではなかったか?」
若槻禮次郎の発言に、頷きながら同意の意を示す幣原機重郎。
そんな人民院・機族院を表裏共に牛耳る権力の権化たる両名には、やはり神戸新開地にて発生した事案の如きはその耳へと届いていたようだ。
「左様で…実際にはアッシの手の者では無 ぇんだが、京都系の妖人が手により、亜米利加国の先鞭を付けんとした攻勢は抑えられた…のですがね」
山本五郎左衛門の含みを感じさせる台詞に、市木機徳郎は苛立たしげに詰問する。
「山本空軍大臣、思わせ振りな態度は止めて戴きたい。
人であろうが、機人であろうが、妖人であろうが…陽ノ本に暮らす三族による防衛であれば、今上陛下への忠義として褒章に値するか否かの判断となるであろうが。
貴殿はそれ以上に、何をか望まれると云うのか?」
山本五郎左衛門は、はたと気付いたような素振りをしたが…ニヤリと下卑た笑顔で、市木機徳郎の方を向いて言った。
「あぁ…違うんでさぁ、市木卿。
亜米利加国の尖兵を迎撃し、撃退したことを妖人の手柄にしちまおうなんて吝嗇 な了見の話じゃ御座んせんよ。
陽ノ本を付け狙う亜米利加国の刺客が、旧き神々 を名乗る…人 外 の 化 け 物 であると云う情報が、今回のアッシによる緊急動議の骨子となる部分なんでさぁ」
山本五郎左衛門の返答に、顔色を変えて眼を見開いたは若槻禮次郎と幣原機重郎。
そして同じ言を聞いたとは思えぬような、話の内容すらまともに伝わっていたとは思えぬ市木機徳郎は不満げな顔付きだ。
そして大正天皇嘉仁においては、会議の冒頭より開口すらせずに、無表情な人形の如き佇まいを見せたまま。
「山本空軍大臣、諸外国…それも軍事大国たる亜米利加国が、我が国に倣い妖怪や魔物の類を軍備に組み込んだとして、何か不都合でもあるのでしょうや?」
会議冒頭より山本五郎左衛門より見下されるような扱いを受け、それが数年前まで被差別棄民であった妖人の指導者であることから…市木機徳郎の内面には沸々と怒りが蓄積されていたのだろう。
今回も山本五郎左衛門に対し、詰るような口調で再び尋ねる。
「市木よ…聞くが良い。
山本の云う人外の化け物とは、亜剌比亜 の狂える詩人…アブドゥル・アルハザードの記した絶筆『キタブ・アル・アジフ』またはそのギリシャ語訳版『死霊祭祀記 』に記載されておる旧き神々 とその眷族に係る怪物のことなのだ。
この惑星 土着の妖怪や妖魔、それに妖魅とはまるで異なるモノである。
それを知る者である若槻と幣原を見よ、名状し難い恐怖に苛まれ…今にも昼食を吐き戻しそうな顔をしておるではないか?
ククッ…クックックッ…」
果たして市木の詰問に応えたのは、山本五郎左衛門ではなく大正天皇嘉仁であった。
最後には自身の取り巻きであり、一蓮托生の同胞でもある若槻禮次郎と幣原機重郎を嘲笑してしまったのだが。
「陛下………そんな………
臣は…あのような…想像の偽書を……
実在の…怪物…のように………」
狼狽する市木機徳郎の声が虚しく響く中、大正天皇嘉仁は顔色一つ変えずに告げる。
「想像上の偽書、それに其の偽書に記載されている怪物共………其れら想像力 が産み出す悪意を現 実 の 物 と し 実 在 せ し め る 技術 が開発されていたとしたら、市木よ…其方はどう見る?」
一瞬の内に市木機徳郎の顔面が青くなり、その次の瞬間には屍人の如き白色…脱色した後の紙のような色へと変じて行った。
「へ…陛下……其のような存在 は……現在の科学技術では…発生……し得な…く…
其の…ような……化け物 が…現れたと……すれば……
既存…の……科学技術や…神秘学に…基づく技術…な…ど……
勝てる…筈も…な…いかと………」
市木機徳郎の驚愕に、若槻禮次郎と幣原機重郎も同意したかのように首肯している。
「だからこそこの場での、緊急動議の発議が必要であったんでさ。
若槻さんも幣原さんも、知っていなさる事柄だが…敢えてもう一度言いやすぜ、兵庫県神戸市において想 像 力 が 産 み 出 し た 怪 物 を 退 け た 妖人の二人組が居るって話があるんでさ。
その二人組は百鬼夜行の法には従うが、実際にはアッシの手下では無ぇ…愛宕山の大天狗に連なる鬼と半妖なんですがね。
彼奴等も旧き神々 と其の眷族共が、或 る 男 の 夢 から発生したモノだと知った筈だ。
そして彼奴等は想像力が産み出した怪物共を退けたが故に、その怪物共から更に狙われる羽目に陥ってしまったって寸法さね」
夢と現実が綯い交ぜとなったかのような、幻想文学の一節の如き議題に…大元は人間界の出自である三名は眼を白黒させていたが、機甲化率が最も高い幣原機重郎が率先して立ち直った。
「山本五郎左衛門殿、それでは亜米利加国の陽ノ本侵攻はこれからも…神戸市が起点と云う捉え方で宜しいのか?」
幣原機重郎の質問に、山本五郎左衛門はふむと考えてから回答する。
「幣原さん、旧き神々 の思考を、我々の論理や倫理観と同等だと考えてちゃ駄目なのかもな。
ただ…発生の源が亜米利加国に棲む男だったってだけで、亜米利加国および亜米利加軍が旧き神々 を使役してるって証拠は在りもしねぇんだからよ。
しかし…神戸新開地の不 破 童 士 と灰 谷 彩 藍 って二人組が、旧き神々 から直載に狙われてるってのは確実だな。
だから我々の取るべき道は、一つしかねぇと思いやすぜ。
不破と灰谷…彼奴等を狙って出て来る旧き神々 とその眷族を監視し、彼奴等が先日のように撃退すりゃあ其れで良し。
もし撃ち漏らすようなことがあれば、彼奴等の始末も含めて…国軍が出張るって態勢を整えときゃあ良いんじゃねぇですか?」
山本五郎左衛門の言葉に、大正天皇嘉仁が再びその口を開く。
「山本よ…其方の同胞 である妖人を、旧き神々 への餌 とし…剰え捨て奸 として消費することは構わぬのか?」
大正天皇嘉仁の声に、山本五郎左衛門は即答する。
「若槻さん幣原さん市木さん、そしてアッシも…三族の代表者は皆、同じ思いで動いておりやすよ。
陽ノ本国に住まう総ての三族は、天皇陛下のための捨て駒に過ぎないってね。
だからこそ政治・軍事をこの三族代表者会議に集約し、一極集中の体制で掌握させたんでしょう?」
昏い顔で皮肉な嗤いを見せる山本五郎左衛門、そして若槻禮次郎、幣原機重郎、市木機徳郎の三名も大正天皇嘉仁に額ずいて拝跪している。
三族代表者の忠誠の言葉や姿勢を見せられても、大正天皇嘉仁は身じろぎ一つせず…顔色も表情も変えることなくその場に存在しているだけだった。
大正十六年一月二十五日より始まった第二次若槻禮次郎内閣、閣議とは別途に招集される今上天皇嘉仁を交えての御前会議とも云うべき…毎月二十五日に行われる定例の帝国三族代表者会議。
大正十七年六月二十五日、初会合より十八度目を数える定例会において…珍しく会議の口火を切ったのは、妖化院選出の帝国空軍大臣である山本五郎左衛門であった。
「嘉仁陛下、若槻さん、幣原さん、市木さん、済まねぇが…百鬼夜行の
帝国三族代表者会議の一員として、緊急動議を発議させて戴きやすが宜しいか?」
物言いは常と変わらぬ馴れ馴れしい物ではあったが、その表情と顔色からは陽ノ本の国家大事に係る内容であると推察された。
「山本空軍大臣…緊急動議とは…只事ではない発議かと…当会議の規定に照らし合わせ、発議内容に相違はございませぬな?」
総員五名の
「えぇ…規定の内『陽ノ本国及ビ其ノ属領ニ於イテ、国家ノ安寧ヲ覆シカネヌ有事ガ発生シタル際ニ緊急動議ヲ発議スルヲ認ム』この条文に基づいての発議でありますよ。
市木卿?」
無駄口を聞くなとばかりに規定条文を誦じた山本五郎左衛門に、市木はこれ以上の異議を差し挟もうとはしなかった。
片や黙して語らぬ若槻禮次郎と幣原機重郎については、山本五郎左衛門が齎そうとしている情報について…何らかの伝手で事前に知り得た物であったのだろうか。
「他に異論が入らねぇのであれば、動議を進めさせて戴きやすが?」
数瞬の沈黙を肯定と見做した山本五郎左衛門は、緊急動議についての発議を始めた。
「大正十七年五月十日頃より、兵庫県神戸市の新開地にて発生した連続街娼殺害事件、其れは彼の国…陽ノ本へ侵略の手を伸ばさんと画策する、
山本五郎左衛門の第一次報告の間合いで、若槻禮次郎がその情報に対して補完説明を入れる。
「山本空軍大臣、それについては貴殿の手の者、百鬼夜行の妖怪にて…迎撃および撃退済みとのことではなかったか?」
若槻禮次郎の発言に、頷きながら同意の意を示す幣原機重郎。
そんな人民院・機族院を表裏共に牛耳る権力の権化たる両名には、やはり神戸新開地にて発生した事案の如きはその耳へと届いていたようだ。
「左様で…実際にはアッシの手の者では
山本五郎左衛門の含みを感じさせる台詞に、市木機徳郎は苛立たしげに詰問する。
「山本空軍大臣、思わせ振りな態度は止めて戴きたい。
人であろうが、機人であろうが、妖人であろうが…陽ノ本に暮らす三族による防衛であれば、今上陛下への忠義として褒章に値するか否かの判断となるであろうが。
貴殿はそれ以上に、何をか望まれると云うのか?」
山本五郎左衛門は、はたと気付いたような素振りをしたが…ニヤリと下卑た笑顔で、市木機徳郎の方を向いて言った。
「あぁ…違うんでさぁ、市木卿。
亜米利加国の尖兵を迎撃し、撃退したことを妖人の手柄にしちまおうなんて
陽ノ本を付け狙う亜米利加国の刺客が、
山本五郎左衛門の返答に、顔色を変えて眼を見開いたは若槻禮次郎と幣原機重郎。
そして同じ言を聞いたとは思えぬような、話の内容すらまともに伝わっていたとは思えぬ市木機徳郎は不満げな顔付きだ。
そして大正天皇嘉仁においては、会議の冒頭より開口すらせずに、無表情な人形の如き佇まいを見せたまま。
「山本空軍大臣、諸外国…それも軍事大国たる亜米利加国が、我が国に倣い妖怪や魔物の類を軍備に組み込んだとして、何か不都合でもあるのでしょうや?」
会議冒頭より山本五郎左衛門より見下されるような扱いを受け、それが数年前まで被差別棄民であった妖人の指導者であることから…市木機徳郎の内面には沸々と怒りが蓄積されていたのだろう。
今回も山本五郎左衛門に対し、詰るような口調で再び尋ねる。
「市木よ…聞くが良い。
山本の云う人外の化け物とは、
この
それを知る者である若槻と幣原を見よ、名状し難い恐怖に苛まれ…今にも昼食を吐き戻しそうな顔をしておるではないか?
ククッ…クックックッ…」
果たして市木の詰問に応えたのは、山本五郎左衛門ではなく大正天皇嘉仁であった。
最後には自身の取り巻きであり、一蓮托生の同胞でもある若槻禮次郎と幣原機重郎を嘲笑してしまったのだが。
「陛下………そんな………
臣は…あのような…想像の偽書を……
実在の…怪物…のように………」
狼狽する市木機徳郎の声が虚しく響く中、大正天皇嘉仁は顔色一つ変えずに告げる。
「想像上の偽書、それに其の偽書に記載されている怪物共………其れら
一瞬の内に市木機徳郎の顔面が青くなり、その次の瞬間には屍人の如き白色…脱色した後の紙のような色へと変じて行った。
「へ…陛下……其のような
其の…ような……
既存…の……科学技術や…神秘学に…基づく技術…な…ど……
勝てる…筈も…な…いかと………」
市木機徳郎の驚愕に、若槻禮次郎と幣原機重郎も同意したかのように首肯している。
「だからこそこの場での、緊急動議の発議が必要であったんでさ。
若槻さんも幣原さんも、知っていなさる事柄だが…敢えてもう一度言いやすぜ、兵庫県神戸市において
その二人組は百鬼夜行の法には従うが、実際にはアッシの手下では無ぇ…愛宕山の大天狗に連なる鬼と半妖なんですがね。
彼奴等も
そして彼奴等は想像力が産み出した怪物共を退けたが故に、その怪物共から更に狙われる羽目に陥ってしまったって寸法さね」
夢と現実が綯い交ぜとなったかのような、幻想文学の一節の如き議題に…大元は人間界の出自である三名は眼を白黒させていたが、機甲化率が最も高い幣原機重郎が率先して立ち直った。
「山本五郎左衛門殿、それでは亜米利加国の陽ノ本侵攻はこれからも…神戸市が起点と云う捉え方で宜しいのか?」
幣原機重郎の質問に、山本五郎左衛門はふむと考えてから回答する。
「幣原さん、
ただ…発生の源が亜米利加国に棲む男だったってだけで、亜米利加国および亜米利加軍が
しかし…神戸新開地の
だから我々の取るべき道は、一つしかねぇと思いやすぜ。
不破と灰谷…彼奴等を狙って出て来る
もし撃ち漏らすようなことがあれば、彼奴等の始末も含めて…国軍が出張るって態勢を整えときゃあ良いんじゃねぇですか?」
山本五郎左衛門の言葉に、大正天皇嘉仁が再びその口を開く。
「山本よ…其方の
大正天皇嘉仁の声に、山本五郎左衛門は即答する。
「若槻さん幣原さん市木さん、そしてアッシも…三族の代表者は皆、同じ思いで動いておりやすよ。
陽ノ本国に住まう総ての三族は、天皇陛下のための捨て駒に過ぎないってね。
だからこそ政治・軍事をこの三族代表者会議に集約し、一極集中の体制で掌握させたんでしょう?」
昏い顔で皮肉な嗤いを見せる山本五郎左衛門、そして若槻禮次郎、幣原機重郎、市木機徳郎の三名も大正天皇嘉仁に額ずいて拝跪している。
三族代表者の忠誠の言葉や姿勢を見せられても、大正天皇嘉仁は身じろぎ一つせず…顔色も表情も変えることなくその場に存在しているだけだった。