第３３話　不破は醜悪な集合体と抗争する

　深き者ども・改の振り上げられ、そして振り下ろされた右腕の一撃を、童士は下から振り上げた天星棍で迎え撃つ。

『ガシィッ………ン！』

　硬質な物体同士がぶつかり合う衝撃音が、船橋楼の二階室内に響き渡る。

「手前(テメエ)ッ！硬(かて)えじゃねえかよっ！
ビリビリ来てるぞ…オイッ！」

　激しい言葉とは裏腹に、喜色満面の笑顔を弾けさせる童士。
　片や深き者ども・改は、自身の渾身の振り下ろした打撃を弾き返され…驚愕の表情と思しきものを浮かべて右の掌を見つめている。

「グルロロロロオォォォッ！」

　痺れにも似た右腕の痛みを感じた直後に、深き者ども・改は激怒の咆哮を上げた。

「ハッ！
一発で俺を潰せるとでも思ってたのかよっ！
デカい図体の割に…脳味噌は小せぇんだろうな！？」

　童士の罵声に応えるように、再び吠えた深き者ども・改は左腕に力を込めて横薙ぎに鉤爪を振り立てる。

「おぉっ！
コイツは疾いな…掠っただけでも骨ごとイカれてしまいそうだ…。
ンッ！？」

　童士が初撃を見切った直後…振り切られた左腕が急制動で逆回しの映像にも似た動作を行い、童士を見ないまま(ノールック)で裏拳での打撃(バックハンドブロー)を無造作に放った。
　人間の上半身ほどもある巨大な握り拳の手の甲が、予期すらし得ぬ方向から童士に襲い掛かる。
　童士が裏拳の存在に気付いた時には、深き者ども・改の攻撃は既に回避不可能な位置にまで迫っていたのだ。

「あ…」

『ゴッ！…………ズッガゴォォォォォン！！』

　童士が間抜けな声を発してしまった瞬間、深き者ども・改による揺り戻しの裏拳が童士の身体を直撃した。
　拳が肉体に打ち付けられる鈍く大きい打撃音の直後、童士の身体は撥ね飛ばされ超高速で吹っ飛ぶ。
　その運動力量は打撃の衝撃に童士の重量が上乗せされ、膨大な数値を叩き出す。
　その直後に船橋楼の操作盤に童士が直撃することで、運動力量の全ては急速に失われ…その影響は童士と船体で折半する羽目に陥った。
　耳をつんざく大音響とビリビリと空気を震わす衝撃波を残して、童士は船体に大きく開いた穴の中に吸い込まれて行った。

「イフゥ！！　フォドゥルタ！！」

　己の攻撃が憎っくき敵を捉えた瞬間、深き者ども・改は歓喜の叫びとも勝利の雄叫びともつかない声を発した。
　そのまま童士が突き刺さった船体の大穴に、相変わらず安定感を欠く歩みで移動する深き者ども・改。
　童士の死体を確認するためか、または童士の息の根を止めるためか…それとも童士の新鮮な血肉を喰らうためなのか、無表情な魚顔では目的を読み取ることも出来ぬまま、深き者ども・改は重量感のある足音を立てて進んで行く。

「ゴアァァァァァッ！」

　船体の穴に向かって吠える深き者ども・改、その声は童士を威嚇するようでありながらも…童士の死体が見つからないことへの苛立ちのようにも聞こえる。
　業を煮やした深き者ども・改が、船体の穴の中に右手を突っ込みガサガサと探り始めた。

「ギィッ！！…グギィィエェェェッ！！」

　深き者ども・改が突然、甲高い絶叫を発して船体の穴から右手を引き抜いた。
　右掌の第三指間腔(中指と薬指の間)が大きく裂け、ドス黒い体液が糸を引くように右手の軌道に沿って迸り出ている。
　突然の激痛にのたうち回り叫び声を上げ続ける深き者ども・改の狂態、その動きに追随するように穴の中から這い出る影があった。

「こ…この野郎っ！
痛(いて)ぇじゃねぇかっ！
デカい図体で、姑息な手を使いやがるんだな。
今度はこっちから、行かせて貰うぜっ！」

　額から鮮血を滴らせながら、天星棍を右脇に抱えた童士がのっそりと姿を現す。
　その姿は顔面が血に染まり、怒りに眉を引き攣らせる表情も相まって…赤鬼の如き形相となっていた。
　天星棍を両手に構え、脇構えの姿勢で棍先を右下に納めて静止する童士…引き絞られた力は今にも解き放たれ渾身の打撃を敵に見舞うかのようだ。

「オォッ！！」

　気合いと共に一瞬、両膝を折り曲げ力を溜める童士。
　その膝が伸ばされたと同時に童士は、深き者ども・改に向けて瞬く間に飛び出した。
　ようやく負傷による狂態から立ち直った、深き者ども・改の懐へ童士が急襲を仕掛ける。
　空気を切り裂くような轟音を響かせ、天星棍の間合いまで詰めた瞬間…足元から煙を上げる勢いで急旋回し、深き者ども・改の左側面に回り込む童士。
　あまりの速度に深き者ども・改は、肉体的な反応すら出来ず視線すら追い付いていない。
　童士は深き者ども・改の左側面を駆け抜け様に、天星棍を未だ無傷の左腕に向けて薙ぎ払う。

「！？
ギィッヨッ！！
ゲッビィィィッ！！」

　勢い余った童士の足捌きが、深き者ども・改の背後で停止したと時を同じくして…互いに背中合わせとなった童士の背後で『ゴトリ…』と硬質な重量物が落下する音が聞こえた。
　童士が振り切られた天星棍を、軽く振りながら右脇の定位置へ戻しつつ…深き者ども・改の方へ顔を向けると、そこには肩口の辺りで切断された巨大な左腕が転がっている。
　ピクピクと断末魔の痙攣を起こしている左腕が、童士の眼前で突如として変化した。
　左腕であった部位は震え歪みながら、魚類じみた顔を持つ元の存在へと転じながら…その途中で狂おしい様子で全身を大きく震わせ絶命したようだ。
　後に残ったモノは『上半身が深き者ども下半身が左指の五本組』と云う、悍ましくも醜い悪臭を放つ合体生命体(キメラ)となってしまった。

「成程な…合体し変形した部分を切り離すと、そこは元の姿に戻ってしまうのか。
それでは天星棍を全力で振るって、全身の部位を破壊してやろうじゃないか。
覚悟しろよ、魚頭！！」

　続いて童士が始めたのは、一方的な虐待と破壊の事務作業であった。

「そらっ！
次は右腕をぶった斬ってやるよっ！」

　叫びながら童士は、深き者ども・改の右後方から飛び上がり…肩口から最上段に打ち付ける。

「ギィヤァァァァァーッ！」

　左腕に続いて右腕までを刈り取られた深き者ども・改は、両腕のあった位置からブシュブシュと体液を振り撒きながら…狂ったように回転し続けている。

「止まれよ、汚いモノをこっちに飛ばすんじゃねぇっ！」

　そう言い放つなり童士が、深き者ども・改の右脚の太腿周辺を幹竹割りの如く打ち払う。

「グゥエェェェ…」

　縦に切り裂かれた大腿骨が自重を支えられる筈もなく、やがて弾け飛ぶように右脚部は圧壊した。
　深き者ども・改の回転運動は停止したが、その肉体は横倒しに転倒し…残る左脚で這いずるように逃走を図ろうとしているようだった。

「あぁ？
今更…逃げられるって考えは、どう考えても虫が良過ぎるんじゃないのか？」

　天星棍を大きく振りかぶった童士は、鍬を大地に打ち込む農民にも似た動作で…深き者ども・改の残存する左脚に叩き入れた。

「ゴ…ゴォォォォォ…」

　左脚の付け根に打ち込まれた天星棍は、皮膚を裂き、肉を割り、そして骨すらも同時にへし折った。
　四肢を失った深き者ども・改は、もう諦観し尽くしたような態度でその場に仰向けに横たわる。

「フン…両手両脚を失ったから諦めたのか？
下らん…。
最終最後まで、口でも牙でも何でも使って…足掻いたらどうなんだ？」

　童士の言葉にも、深き者ども・改が反応することはあり得なかった。
　既に意識は混濁し、自分自身が何処に居るかすら認識不明の状態で…身体はピクリとも動かない。
　やれやれと首を振りながら童士は、深き者ども・改の正面へと場所を移動し、天星棍を眼の高さに構え…肩幅の線と平行になるように移動させ…間髪を容れず深き者ども・改の眉間に突き刺した」

「ッ！！……………」

　眉間を天星棍で貫かれた深き者ども・改は、一撃の下に脳髄を破壊され…声一つ上げることすらなく絶命する。

　童士は少しだけ寂しそうな表情を見せると、天星棍を軽く一振りし…船橋楼の三階へ続く階段を登り始めた。