第41話

文字数 3,690文字


      その四十一

 いずみクンといっしょに〈時の間〉をたずねると、珈琲牛乳伯爵はこのたびもまんまるおでこさんを執拗に吟味しているようだったので、それが一段落するまで、ぼくたちはとりあえず掘ゴタツがあるほうの和室で待たせてもらうことにしたのだけれど、
「あのおじいちゃん、さっきの舟倉さんとおなじくらい貪欲に吟味してますね」
 と襖をすこしあけてのぞいていたいずみクンのそのうしろ姿をここぞとばかりに凝視したり卓上ポットでお茶を淹れたりしていると、
「おまたぁ」
 とそのうち珈琲牛乳伯爵がこちらの部屋に顔を出してきて、伯爵はぼくが差し出したノートをちびっちゃいビンのコーラをラッパ飲みしながら、
「いい作戦だ」
 と拾い読みすると、また吟味するほうの部屋にトボトボさがって、今度はなにやら古めかしい黒電話のようなものを持ってきた。
「ピロシキ空間でも携帯電話は使えるが、場所によっては電波のとどかない場合もあるのだ」
「ピロシキ空間というのは、あっちの世界のことですか?」
「そうだ。この黒電話だったら、どこにいても、わたしにぜったいつながる」
「そうなんですね」
「で、段取りなのだが、お嬢さんがまず客を装って竹谷真紀さんに助けに来たことをそっと告げるだろ。クリーチたち。クリーチというのは、みんなおなじデストロイヤーみたいな覆面をしているこんな全身タイツの野郎どものことなんだが、そのクリーチたちが、たまに見回りに来るだろうから、そのときはそうだな……まあ竹谷さんと雑談でもしてればまず怪しまれないね。クリーチたちはみんないい加減だから、竹谷さんが部屋にいることを確認したら、すぐ休憩室にもどっちゃうはずだよ」
「でも舟倉さんがお客さんの役をやるんじゃないんですか?」
「だって環はそれこそピーチパイダーじゃないか」
「いやいやいやいやねえほら、わたしはなんだかんだいっても責任あるからね、浩介のほうを捜さなくちゃ。その、おれがピーチパイダーとかそういうことじゃなくてね、つまりね伯爵がいってることはね、人類みな兄弟とかね、あるいは私もサザエさんあなたもサザエさんとか、まあそういうことなんですよ。だから当初はぼくが客の役だったんだけどね、いずみクンにそちらは任せるから。あはははは」
 段取りをきいていると、どうやらぼくのほうは、ビーフストロガノフ教授をピーチパイダーダブルキックでやっつけたのちに竹谷真紀の部屋に寄って真紀ちゃんといずみクンを連れてもどってこなければならないらしく、それにしても珈琲牛乳の野郎は、ぼくのプランを感心して読んでいたくせに、なにげに自分が組んだ作戦ばかりをこちらにつぎつぎに押しつけてきていたが、このあと、
「ワオワーオ!」
「キャー」
 といよいよ堀ゴタツのなかの傾斜をすべっていくと、今回もケガすることなく、ゴム製のいかだ然とした例のマットにおかげさまで落ちることにあいなって、
「はじめまして。舟倉さんの助手をしています、麦川いずみです」
「はじめまして。ミス泡姫の竹谷真紀です」
 といずみクンと真紀ちゃんが初対面のあいさつを交わしているうちにクリーチの一人にビーフストロガノフ教授の居所をうかがってみると、クリーチはあんがいいい人で親切にその場所をおしえてくれることになっていたので、ぼくはさっそくそちらの場所へおもむくこととなったのである。
 クリーチがおしえてくれた料亭〈西尋〉は、すぐにみつかったのだが、五葉松の陰には覆面こそかぶっていなかったけれども、全身タイツのどうみてもビーフストロガノフ教授の手下らしき人物が、来た客や出て行く客の、お顔や服装のチェックをしていた。
 ぼくが押し出しのいい旦那を装ってこの料亭に入っていこうとすると、この人物は、
「ちょっと待ちな」
 と立派な大旦那を呼び止めてきて、なるほどこの人物はぼくの服装をみて押し出しのいい旦那がこんなサンタモニカトレーナーなんかを着て料亭に来るはずはないと判断したみたいだったが、身分証明書の提示をもとめてきたこの人物に苦し紛れにマコンドーレの社長からもらった名刺をみせると、人物はいきなりはいつくばるように土下座をしたのちに、
「失礼いたしました。わたくしは火野きよしというものです」
 と名刺の持ち合わせがないことを詫びながら自己紹介してきて、なんでも火野きよしは何年か前にビーフストロガノフ教授に女性をひっかけるその手腕を買われて、こちらのピロシキ空間に移ってきたらしい。
「おれ、こんなところ、もう嫌なんです。(イクサ)みたいなことも、しょっちゅうやってて物騒だし」
「帰りたいのかい?」
「はい。もどったら社長に付いていきますんで、どうかお願いします」
「あなたは以前、さおりさんという女性を騙しましたね?」
「はい。いくらかお借りしました」
「そして長寿マシーンをプレゼントしたね」
「しました」
「あれはプレゼントと称して、じっさいはおっつけたのだね?」
「それは……」
「正直にいいたまえ。わたしは責めているわけではない」
「はい。おっつけました。あれは場所を取って、かなり邪魔だったものですから」
「それをさおりさんにいえるね?」
「おっつけたことをですか?」
「そう。プレゼントにみせかけて、じつはおっつけたんだと」
「もしかして、おっつけ返されるんですか?」
「そんなことはわたしがさせないよ。安心してくれたまえ。よし、正直にいうことを条件にあなたをここから助けてあげよう」
「社長! 正直にいいます! ありがとうございます」
「ふむふむ。まあ真面目にがんばってくれたまえ。とりあえずビーフストロガノフ教授に会ってくるから。奴さん、あがってるんだろ?」
「きっと芸者を呼んで大騒ぎしてますよ」
〈西尋〉の女将は料亭の女将のくせにバニーガール然とした格好をしていて、大旦那ぶってそのことに堂々とふれてみると、
「でもわたしはアミタイツは、はいてませんのよ」
「たしかに生足だね」
「それに耳もつけてないし。マントも羽織ってるし」
 と女将はあんがい細かいところにこだわりがあるみたいであったが、その生足の女将に案内されてビーフストロガノフ教授がドンチャン騒ぎをしている座敷の襖をおそるおそる開けてみると、ビーフストロガノフ教授らしき方はけっきょくどこにも見受けられなくて、そのかわり上座の位置には、ひよこちゃんの着ぐるみを着た浩介こと元気くんが、芸者さんにお酌してもらったりしながら沼口探険隊の人たちと、かなり打ち解けている感じでお話していた。
「マエストロ! 遅かったじゃないですか」
「ごめんごめん」
 こちらに若干千鳥足の体で寄ってきた浩介に手を引かれていままで浩介がすわっていた上座の位置にどっかとすわると(浩介はぼくからみて左斜めの席に移っていた)、浩介はさっそくぼくに、
「いやぁ、すごい演出なんで、度肝を抜かれましたぁ」
 とお酌をしてくれたが、ぼくのとなりにくっついてカニの身を取ったりしてくれていた生足の女将のその生足を大旦那ぶって撫でたりしながら、さりげなくビーフストロガノフ教授のことをきいてみると、浩介はもよりの芸者にちょっかいを出したりしつつ、
「あはははは。ちゃんと脚本どおり縄で縛って押し入れにぶちこんでありますよ」
 とお猪口をグイッとやっていて、どうも浩介は役柄どおりのピーチパイダーとして、ビーフストロガノフ教授をもうやっつけてくれたみたいだった。
「どどどどうやって、あんなトンデモネー教授をやっつけたの?」
「またぁ、ご自身で脚本書いといて。あっ、記憶力のテストですね」
「うん、そうそう」
「まずほら、ビーフストロガノフ教授に、ええと、ピロシキ空間でしたっけ?」
「そそそ、そうだね」
「脚本とちがってたから一瞬あれって思ったんですけど。やっぱり変更したんですね」
「そういうことさ。そんな感じの変更はジャンジャンしていくから。そのつど対応してくれ」
「はい。で、最初は攻撃喰らってダメージ受けますよね」
「そうだな」
「で、つぎのシーンは岩陰に隠れながらこのGショックみたいな時計のポッチを押してピーチパイダーロボを呼ぶ。ほら、撮影し終わったシーンもしっかりおぼえてますよ」
「なかなかよくおぼえてるじゃないか。じゃあ今度はそのピーチパイダーロボのことを細かく説明してみようか」
 珈琲牛乳の野郎も吟味ばかりしていないで、ロボの存在くらい事前に開示してくれればいいのに。
 このあとのぼくは女将の生足を枕にしながら浩介の記憶力のテストをしばらくつづけていたのだが、いったん席をはずして珈琲牛乳伯爵に黒電話経由で連絡を取ってみると、伯爵はキャツを押し入れにぶちこんだのならば電気アンマ返しなどの復讐は端折ってもかまわないとしぶしぶ了承してくれたので、元気くんや沼口隊長たちに、
「お先に」
 とお暇を告げると、段取りどおり竹谷真紀といずみクンを迎えに行くことにした。ピーチパイダーは全部で五十二話もあるので、浩介にはまだこちらのピロシキ空間に滞在していただくことにする。そして願わくは、クランクアップしたのちも、こちらに滞在していただくことにする。
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