第27話

文字数 3,337文字


      その二十七

 洋子ちゃんの問題が先のように収まってからのぼくと会長は、おもにキャンディー隊についての話をしていたのだが、
「会長さん、お若い方がみえましたよ」
 と女将がまた襖を開けると、会長は「この話はもう終わり」というゼスチャーをこちらに素早くしてきて……やはり洋子ちゃんがいっていたとおり、キャンディー関連は一種の企業秘密(?)なのかもしれない。
「会長さぁん」
「おお、真紀ちゃん」
 OLふうのスーツがいまにもはち切れそうだった竹谷真紀はどうみてもかなり酒が入っていて、そして会長もとくべつ彼女を呼んだわけでもないみたいだったので、おそらく真紀ちゃんは会長へのツケがきくということで独断でこの料亭にあがったのだろうけれど、このあと愚痴りだすというか、会長とぼくになにげにからみだしていた竹谷真紀がいったんトイレに立つと、会長は、
「おれ、もう疲れたから失敬するよ。若いもん同士のほうがいいだろ」
「じゃあぼくひとりで、からまれるんですか?」
「たまにはいいじゃないか、あはは、あはは! あっ、全部おれにツケといていいぞ」
 とお帰りになってしまって、トイレからもどってきた竹谷真紀は、しかし会長がいなくなったことにはまったく気づかずに、ひきつづき愚痴をこぼしているのだった。
「あーどうしよう。あれがないと、仕事できない~」
「正直にいってみたらどうですか? 無くしましたって」
「そんなこといったら、もうそこからは仕事もらえなくなっちゃう~」
 竹谷真紀は明日大型ショッピングモールでおもちゃの発表会の司会をするようで、ちなみにそのおもちゃとやらは秋口の放送からパワーアップしているらしい特撮ヒーローの必殺の武器だか巨大ロボットだかみたいなのだが、おもちゃにお金を払う親御さんたちを考慮してなのか、真紀ちゃんももうひとりの男の司会者も歴代の戦隊ヒーローのなかから厳選されたコスチュームを身につけることに明日はなっているのだそうで、しかし真紀ちゃんは事前にわたされたそのダイナピンクの衣装を、どうやら電車内かバスの中に置き忘れてしまったらしいのだ。
「電車のほうにもバスのほうにも問い合わせてみたんだけど、どっちもそういう忘れ物は届けられていないっていうのよ……たぶん乗り合わせていた誰かが持ち帰っちゃったんだわ」
「予備はないんですか?」
「ないの」
「モモレンジャーの衣装じゃ、やっぱりだめかな……」
「モモレンジャーって、あの、初代の、最初の」
「そうそう」
 自発的に行ったことはほとんどないが、山城さんのお付き合いでは何度か寄っている秘密クラブの店長の奥さんは、モモレンジャー役を当時やっていた「小牧りさ」という人にちょっと似ていることから、みんなにその役名で呼ばれている。ペギーとかペギーちゃんとかという感じで。
 秘密クラブのママは普段からそのペギーとおなじような服装をしていて、客になにかしらの注文を受ければ、
「いいわね。いくわよ!」
 という当時ペギーちゃんが毎回いっていたセリフを発するのが恒例になっているのだけれど、さらにクリスマスとかお正月とかそういう書き入れ時になると、いよいよモモレンジャーのコスチュームを本式に身にまとって先のセリフをお客たちに連続で決めてもいるわけで、ただし、そのコスチュームはけっこうムレやすいらしく、夏場はたとえ書き入れ時であっても、ヘルメットのほうはほとんどかぶっていない。
「わたしのもヘルメットは、なしなのよ。服のほうだけ」
「だったら、ごまかしはきくかもね。主催者だって、おもちゃメーカーサイドだって、ヘルメットなしだったら、モモレンジャーとダイナピンクの区別、きっとつかないよ」
 竹谷真紀は、タクシー代はわたしが出すから、いますぐその秘密クラブに行きましょう、とこちらの肩を激しくゆすってきて、かなり飲んでいたこともあって、よりグラングランになっていたぼくは、
「行く行く。行くから、行きますから~~~」
 とその激しくゆすられている状態から解放されるにはこうするよりほかに手はないと観念してついそうこたえてしまったのだけれど、このあとすぐ女将にタクシーを呼んでもらって秘密クラブに無事移動すると、その夜はサンバルカンデーで、サンバルカンにちなんだ格好をしていれば酒類が半額になるにもかかわらず元気くんは仮面ライダーV3のバスタオルを羽織ってカウンターでひとり静かに飲んでいて、ぼくは店内に入るなり、いきなりそんな元気くんと目が合ってしまったのだが(振り向いたときの元気くんは両手を斜にひろげたのちにカクンと肩を微妙に落としてポーズを取っていた)、とっさの判断でもよりの観葉植物の陰、というか観葉植物そのものに成りきることによって、どうにか難をのがれたのだった。
「難をのがれたって、あの人、椅子から立ち上がったわよ」
「やっぱりバレたか」
 ぼくに気づいてしまった元気くんは、
「やっぱりマエストロだぁ! どうもぉ」
 と慇懃に握手をもとめてきて、もしかしたら監督の立場を降りたことにより、さらにこちらは買いかぶられることになってしまったのかもしれないが、どちらにしても今夜は真紀ちゃんのダイナピンクの衣装の間に合わせを入手するという急ぎの用事があったので、かれの、
「それで脚本のほうは、できあがったんですか? マエストロ」
 という、いつもの問い合わせにもぼくは、
「というか出来てるじゃん。いわなかったっけ?」
 と開き直って、こたえていて、
「今夜はちょっと大事な用があるんでね。また日を改めて読ませるよ」
 とさらに大風呂敷を広げると、元気くんは、
「そうですか。それじゃあ今度うかがいます。いつごろが、よろしいですか?」
「いつでもいいよ。ででで、出来てるから。ホホホ、ホントにもう書いてあるから。英気を養うためにエビフライむしゃむしゃ食べて、かかか、書きまくったから」
 というマエストロの明言で完全に納得したのか、またもとの席にすみやかにもどってくれたのだった。しめしめ。いや、しめしめなんていってる場合じゃないな。とうとう最後の手段を投じてしまったのだから……。
 ペギーちゃんに案内された席に山城さんがキープしているウイスキーのボトルをあとから持ってきてくれた店長は、そのまま空いている椅子にすわると、
「きょうはうたいすぎて、なんか疲れちゃったよ」
 というようなことをぼそぼそいっていたのだけれど、
「店長も飲めば」
「それはまずいよ」
「大丈夫ですよ。おれ、山城さんにいっとくから」
「そう? たまにはいいか!」
 と山城さんのウイスキーをチビチビ飲みはじめると、店長は山城さんから電話できいたという幻の特撮ヒーローの話をいよいよやりだしていて、しかし店長は、この吉報を受ける一週間ほど前に、今度この店で働くことになった新入りの女の子から、すでにキャンディーがらみの脚本の話はきいていたのだという。
「あのデカいショッピングモールの通りにあるイタリアンレストラン知らない? まえは喫茶店だったところ。うん、あそこで働いていた子なんだ。舟倉さん、行ったことあるかな?」
「いや、ないですけど、あそこ、つぶれちゃったんですか?」
「そうみたい」
「わたし明日、そのショッピングモールで仕事があるんですぅ。だからモモレンジャー貸してくださーい」
「ん?」
 竹谷真紀の代わりにぼくが店長に事情を説明すると、店長は大げさに驚いたのちに、じゃあモモレンジャーのよりダイナピンクのやつのほうがまちがいないじゃん、その子が持ってるよと得意の「バーディー!」を太い声で決めた(店長はこのセリフを発するさい、両手を上にあげて、空に飛んで行く仕種をする)。
 店長が発した“バーディー”とは、ゴレンジャーが空を飛ぶさいにいうセリフであり、かつ、たしか腰のあたりにつけてある、火を噴くエンジンみたいなやつの名称である。あるいは「飛ぶ」という行為のおそらく隠語である。
「いまその子呼んでくるよ。厨房代わってあげようかな。なぁペギー」
「なーに、パパ」
「レイちゃん呼んできてくれる? 我が店のあたらしい看板娘の萩原レイちゃん。舟倉さんもあの子を見たら、興奮して『バーディー!』を決めちゃうよ、ぜったい」
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