第14話

文字数 3,078文字


      その十四

 そらくんちの晩御飯はカレーライスで、パパは早い段階からポテトチップスをパリパリやりつつビールを飲んでいたけれど、ツータックパンツが、
「ちょっと、このカレー甘いな」
 と寝室にソースかしょう油を探しに行ったときに、まだ離乳食を食べているそらくんの妹が、まあツータックパンツを追いかけてママが寝室に行ったからだろう、ワンワン泣きだしてしまって、だからカメラは妹をあやしつづける隊長ばかりを映していて、この家の寝室チェックならびに奥さんのおパジャマチェックのほうは、結果的に省略されてしまったのだった。
「あのチェックは、子どものいるお宅では、やらないほうがいいんですよ」
「ツータックパンツは好評だからって、あればっかり狙ってますね」
 沼口探検隊がつぎに向かったのは、二階建てのワンルームタイプの集合住宅だった。もし女性の独り暮らしの部屋に当たったら、ここがツータックパンツの真の見せ場になる。
 最初にインターホンを押した部屋の住民は、ちょっと暗そうな声の男の方で、この方はけっきょくケータイストラップだけもらって、部屋のなかには入れてくれなかったのだが、つぎにたずねた二階の女性は、戸惑いながらも撮影をゆるしてくれて、われわれはこちらが三十九歳であちらさんは四十歳になるのだけれど、女性がインターホン越しに突撃の許可を出してくれたさいは、おもわず探検隊らにつづいて慇懃に感謝の意を述べていたのだった。
 間取りをたずねられると、女性は1DKだとこたえていた。そのいわゆる“D”のほうには、白いテーブルが真ん中にあって、女性はいつもそこで食事を取っているという。
「お嬢さんお名前は?」
「まみです」
「まみちゃんの今晩の自慢料理は?」
「きょうは、あり合わせのものばかりだから……でも、このサラダかな」
「ドレッシングは、手作りかな?」
「いえ、ソースとケチャップと味ぽんを、てきとうにかけただけです」
 隊長とまみがこんなやりとりをしているあいだにツータックパンツはやはり寝室を物色していて、すると実年齢は非公表だったが、それでもまみはまだじゅうぶん若いはずなのに意外にも布団で寝ていることが判明したのだけれど、そのお布団を勝手に吟味しだしたツータックパンツは、
「なんか、イボイボしてて痛いなぁ、この布団」
 と寝心地の感想をめずらしくエロネタ抜きで述べていて、丸めたエプロンでツータックパンツを叩いていたまみがいうには、なんでも敷布団のカバーの下に疲れをとるための特殊なパッドが敷かれてあるとのことだった。
「わたし事務の仕事をしてるんで、慢性的な腰痛なんです。腰だけじゃなく、背中も肩もいつもカチコチ」
「それにしても痛いよぉ。インチキくさいなぁ、この敷パッド」
 まみは敷パッドのメーカーをおぼえていなくて、カバーをめくってパッドの製造元を調べようとしていたけれど、
「あっ、えーと“スリーパーホールド”ですね」
 とまみが音読したそのメーカーはほかでもないこの「突撃みんなの食生活」のスポンサーになっているところで、さすがにこの放送事故には、沼口隊長もツータックパンツも真っ青になって凍りついていた。
 このミスを挽回するには荒技しかないと判断したツータックパンツは、すぐさま、まみのクローゼットやコロ付き収納ケースを、激しく捜索しだした。そしてそれは三十九のぼくや四十歳の山城さんであっても赤面してしまいそうなアイテムを探し出そうとしているギラギラした雰囲気があったのだが、現にそれを、
「あったぞ! ファイヤー!」
 とコロ収に入っていたお手製の巾着からみつけると、画面は突如松坂慶子の『愛の水中花』のジャケットに固定されてしまって、で、しばらくして画面がもどると、紋付きを着た隊長がまたちがう農家ふうの家で伊達巻きを食べていた。
「あれ? これ正月の、スペシャルのときの映像じゃないですかね」
「そうですね。これ観ましたよ」
 山城さんのテレビにたいする集中力はかなり落ちているみたいだったので、ぼくは元気くんのことをここでざっと話してしまうことにしたのだけれど、政財界の拠り所のその秘書さんがいうには、れい子先生のほうにも議員からのお問い合わせがまたあったらしくて、ちなみにそのときは、赤と青と黄色のものをなるべく身につけるようにという助言をして、どうにかお茶を濁したらしい。
「参議院選挙も、あしただかあさってだかに公示されますからね」
「のんびりかまえすぎたか、まずいな……ねえ山城さん、いまから元気くんを呼び出しましょうか」
「電話番号、知ってるんですか?」
「知ってます」
 さっそく携帯で電話してみると、元気くんは、
「もしもし」
 とすぐ電話に出てくれた。
「あっ、舟倉の貸元。先ほどは、ありがとうございました」
「元気くん、いまなにやってるの?」
「いまは役作りのために『丹下左膳』を観てます」
「あんな刀振りまわしてるやつ、観ちゃってるの」
「はい。これも一種の殺し屋ですから」
 ぼくはしばし言葉をうしなったけれども、とにかくこれから会えないかときいてみた。
「どこかで飲もうよ。大事な話があるんだ」
「その大事な話って、なんスか?」
「役のことだよ」
「はあ」
「ほら、映画のクランクインがずっと延期になってるだろ。それに関することさ。まあ会ってから話すよ」
 落ち合う場所は、元気くんがなんとなく料亭で飲みたがっている感じだったので〈賀がわ〉にした。
 タクシーで元気くんをひろって、常連の山城さんより事前に連絡を受けていた〈賀がわ〉の女将に、
「いらっしゃいましィ」
 と出迎えられて三人で槇の間に入ると、ぼくは例の「百年のまばたき」をロックでグイグイやったのちに元気くんにもうほとんどつぎの映画の監督は自分だ、ぐらいのはったりをいきなり決めた。なんで決めちゃったんだろう。ロックでグイグイやりすぎたかな。ハマグリの刺身を肴にしていたから万能感が全開になっちゃったのかな。元気くんは案の定、
「ほ、本当ですかぁ!」
 と喰いついてくる。
「それでね、きみには主役をやってもらおうと、かんがえているんだ」
「ありがとうございます! じゃあもっと、チャンバラの練習もしなくちゃ。ドスなんかも使いますか? 監督」
「ドドドドスなんてとんでもない。殺し屋じゃないの。今度の役は」
「どんな役柄なんでしょうか?」
「うーんと、あのね、うーん、主役」
「ですから、どんな」
「つまり、そうだな……主役じゃん。だからね、その……正義! うん正義だ! 正義の人、正義の味方、正義のヒーロー。あのう……こう、なんていうのかな、日本を守るとかさ、世界を救うとか、まあ宇宙もふくめてね、うん、そういう役」
「正義のヒーローですか」
「まあそんな感じ。いい人のやつな。格好もだから、かんがえてくれよ。イイモンなのにワルモンの格好してると、わかりにくいじゃん。じゃん」
「はい」
「じゃん。だからさ、その、ショットガンとか、ね、そういうのは御法度で、じゃん」
「正義のヒーローでもショットガンは使うんじゃないでしょうか? 監督」
「ちがうのちがうの。今回のヒーローはちがうの。技! 技を使うの」
「なるほど。勉強不足でした……だけど技といっても、自分、不器用ですから」
「不器用もなーし! 高倉健もなーし!」
 横でタケノコを食べていた山城さんが、
「不器用くらいは残しても大丈夫なんじゃないですか」
 という見解をしめしてきた。
「山城さん、そうですね。あっ、元気くん、不器用なんだから、そんなに上手にカニ食べちゃダメだよ」
「あっ、はい」
「しめしめ」
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