第25話

文字数 2,936文字


      その二十五

 赤蝮のおっかさんへのマッサージは、その後の雑談を加えても一時間もあればたぶん終わるとのことだったので、ぼくは待ち合わせ場所を決めると、とりあえず、おふくろのところへ顔を出しに行くことにした。
「あっ、ちょっと……待ってください」
「ん?」
「やっぱり、おっかさんの部屋まで、舟倉さんに来てもらいたいな。オレ、話、切り上げるの、苦手なんですよ。もしかしたら、おっかさんの話、長くなるかもしれないんで。帰るタイミングつくって、ほしいんです」
「いいですよ。じゃあ一時間後くらいに、おっかさんの部屋、ノックしますね」
「お願いします」
 部屋をたずねると、おふくろはテレビを観ていて、
「沼口探険隊のやつ、最近やらないね」
 とリモコンでチャンネルをランダムに代えつづけていたが、
「そういえばこのまえ、いずみちゃんていう子が、来てくれたよ」
 と話し出してからはパチパチ代えまくるのはさすがにやめていて、なんでもいずみクンは、ぼく経由でもらったウルスラタウン産の野菜のお礼にわざわざこちらまで来てくれたらしい。
「おまえ、いずみちゃんにいろいろ教えてるんだって」
「まあね」
 ぼくはいずみクンのことを今回はブロマイド占いの助手というふうに紹介していて、ちなみにおふくろはぼくがどんな仕事をはじめても、そのたびに大喜びすることになっているので、資金を用立ててもらうときには、おもいきって話を大きくしてしまったほうが、一時の夢ではあるが、おふくろもしあわせになれるのだけれど、
「ほら、旅に出ると気持ちが開放的になるじゃん。だからそういうときにみんな勢いでちょっと占ってもらったりとかって、けっこうあるんだよ。卓球とかも普段やらないのに旅先だと誰でもやるじゃん。あと射的とかも」
 などとてきとうなことをまたぞろ説明していると、おふくろは、
「まあ経験になるかもねぇ」
 とこのたびもどら息子の飛躍に夢をみてしまって、
「でもその温泉旅館にそんなにお願いされてるのに、なんで旅費の半分も出してくれないんだろうねぇ」
 という指摘に、
「あのへんはなんか野生のタヌキとかダースベイダーとかいろいろ出るから、そういう関係で実情は火の車なんだよ。だからおれも、あちらさんもどうにかしてくれるようなこともいってくれてたんだけど辞退してね。持ちつ持たれつじゃん。あとでそういうおれの気っ風のよさって生きてくると思うんだよ」
 と対応したのはあきらかにこちらの力不足、というか今後の課題ということができるわけだが、どちらにしても旅費はお借りできることにおかげさまでなっていたので、おふくろには滞在中にこれくらいの利益は出るだろうと大見得を切って、あとはボロが出ないうちにすみやかに退散することにした。
「ねえちゃんのところにも、ちょっと寄っときな」
「わかった」
 伯母さんのところで残りの時間をつぶしたぼくは、
「そろそろ一時間経つな」
 と風見さんが出張指圧をしている“おっかさん”の部屋に向かったのだが、コンコンとノックして、
「どうぞ」
「失礼します」
 と部屋に入ると会長がくつろいでいて、
「あれ?」
 つまりマコンドーレの会長であり洋子ちゃんの後援会の会長でありそしてサウナにめっぽう強いあの大旦那が、畳に大胡座でどっかとすわっていたのである。
「おお、舟倉くん」
「会長!」
 いきなり会長をみたときは、
「ここはどこ? わたしは誰?」
 という感じになってしまったのだが、話をきいてみると、とくにどうということはなくて――要するに赤蝮のおっかさんは会長の実の母親だったのである。
 田舎から息子の会長をたよって出てきたおっかさんは、ずっとマンションで独り暮らしをしていたらしいのだが、一昨年あたりから買い物などひとりだといろいろむずかしいことが多くなってきたようで、それで一念発起してホームに入ることにしたのだという。
「最初はばあちゃんも、しぶってたけど、やっぱり快適らしいよ」
「それはよかったですねえ、ふむふむ」
 おっかさんは九十ちかいということだったが、話し方などはしっかりしていて、おそらくここの費用を全面的に出しているであろう孝行息子にも、
「こちらの若い方に座布団出してあげなさい」
 と指示を出したりしていた。もちろんぼくは恐縮して、
「いいですよ会長。すわっててください」
 と自分で座布団を取ってきてすわったけれどね。
 会長は風見さんのこともよく知っているようで、
「もう三十過ぎたんだろ。まだバイク一筋かよ?」
 と身を固めることを薦めたりしていたが、ぼくが今夜の予定をたずねると、こちらの表情で察したのか、
「四郎くんはまだ飲めないのか?」
「はい」
 と風見さんにいちおうきいたのちに、
「じゃあ〈賀がわ〉っていう料亭で落ち合おう。知ってるか、場所?」
 と〈賀がわ〉までの道順をメモ用紙に書こうとしていて、もちろんぼくは〈賀がわ〉には何度も行っているわけだから会長に、
「知ってます。会長」
 とこたえて、それからぼちぼちお暇するよう風見さんを促した。
 帰りの車内で風見さんは、
「結婚かぁ……」
 とめずらしくその手の話題をもちだしていて、もしかしたら、かずみちゃんについてなにかしらききたいことがあったのかもしれないけれど、しかしあまり直接的だと、こういう奥手の人はみょうに警戒するので、とりあえず、
「どんな感じの人が好きなの?」
 と無難な質問をぼくはしていて、といっても風見さんは、
「ぼくは、女優とか、知らないんですよ。バイクのほかに、大型の二種免も、もって、いるんです、けど」
 と硬派の姿勢を崩すことはなかったので、けっきょくこちらのほうが、
「まあ一番はじつをいうとね、もう引退しちゃってるけど女優の高松和貴子なんだ。二番がマイボトル隊のピンクの子だな。そして三番がね、あっ、やっぱり一番は芦川いづみかな。うーん、でもやっぱり松尾嘉代が一番」
 といまどき中学生でもやらないような“好きな女性ベスト百”という壮大な選考を延々おこなっていたのである。
「七十一位は今度までに決めておきますね」
「ありがとうございました」
「松尾嘉代はあくまでも暫定ね。というかセクシー部門の暫定一位ね」
「わかってます。これからお酒飲むんでしょ?」
「飲みますよ」
「あまり、飲みすぎないように、してください。来年、四十に、なるんですから」
「そうだね。ありがとう」
 料亭までは例によって自転車で行くことにして、もちろんおまわりさんの世話にはなるべくなりたくないので、帰りは自転車を置いていくなどの対策を取る所存なのだが、ところで、いままで兄貴や山城さんと〈賀がわ〉で飲んだことはあっても、会長とご一緒したことは、思えばまだ一度もないわけで……そういえば、山城さんはいつだったか〈賀がわ〉の常連には、ものすごい大物がいるというようなことをいっていた気がする。
「わたしは会ったことないですけどね。あとね、Mの森ラジオの、電リクのアシスタントのお姉さん、名前わすれちゃったな、知ってますか、舟倉さん」
「あの子は竹谷真紀(タケヤマキ)ちゃんって、いうんですよ、山城さん」
「そうそう竹谷真紀。その竹谷真紀も〈賀がわ〉で最近飲んでるらしいんですよ。大酒飲みなんだってね、あの子」
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