第26話

文字数 3,858文字


      その二十六

 竹谷真紀ちゃんが、かなり飲むらしいことは、ある程度ラジオを聴いている人なら知っていて、というのは、電リクを放送している最中でも、酒にまつわる曲がランクインされていると、男の司会者に、
「真紀ちゃんが書いた曲みたいだねぇ」
 とからかわれたりしているからなのだけれど、鯨の間へ入る前に女将に会長も常連だということを事前にきいていたぼくは、会長に注いでもらったビールをグイッと景気よくやったのちに、これこれこういう酒豪の娘さんを知ってますか、とまずはたずねていて、すると会長は、
「知ってるもなにも、おれが連れてきたんだよ。まだ数えるくらいだけどな。何回くらいここに来たかな? あの子と」
 と顔を出した女将にきいていた。
「会長さんといっしょにお越しいただいたのが二度。そのあとお一人でも一度お見えになりました」
「おれにツケてあるのか?」
「はい。いけなかったかしら?」
「いや、かまわないよ。あはは、あはは!」
 竹谷真紀ちゃんは九月いっぱいであのラジオ番組を降板しているらしく、そういえばこのあいだの放送は、ちょっと舌たらずのほかの女の子がはがきやFAXを読んでいたかもしれないが、仕事にあぶれた竹谷真紀ちゃんは、知り合いを通じて会長を紹介してもらったりなどして、なんとかマコンドーレがらみの仕事をつかみ取ったみたいで、
「あの子、電リクやってた子かぁ。いまのいままで気づかなかったよ」
 と豪快にわらっていた会長は、ドキュメンタリー調の宣伝番組をつくる計画があるようなこともなにげにいっているのだった。
「まえに舟倉くんが褒めてた沼口探険隊。あれを使う予定なんだ」
「ホホホ、ホントですか!」
「そして沼口くんたちに“ライライマツタケ”を採ってきてもらうんだよ。あはは、あはは!」
「なんですか? そのライライマツタケというのは」
「新しい商品の『スーパーゼツリン青汁』には、このライライマツタケにきわめてちかい成分が含まれている、といううわさがある。いっとくけど、マコンドーレはいっさい謳ってないからな」
「ライライマツタケというのは、じっさいにあるんですか?」
「それも謎という設定にする予定なんだ。謎だからこそ、沼口くんたちが探険して、探し出すんだよ」
「なるほど! すばらしいですね、会長」
 会長がおっしゃるにはその探険のロケ地は卯祖山でおこなわれるらしく、なんでもこれは、
「あの卯祖山のちかくに自給自足で暮らしている、なんとかっていう……村っていうのか、共同体っていうのか、そういうのが、あるだろ?」
「はい。ぼくも夏にあの山のちかくの温泉旅館に行ったんで、話だけはきいてます」
「あそこの連中は、けっこうあの山で、キノコだとか山菜だとか、いろいろ採ってるらしいんだよ。沼口くんも、そういう山のほうが道もあるし、危険なところの情報も収集しやすいって、いってるしな。ホントに遭難されちゃったら、こっちがたいへんだろ? あはは、あはは!」
 という理由で決まったことらしいのだが、自給自足で暮らしている連中は、いったいにこういううさん臭い作業には加担しないとも沼口隊長はいっているらしいし、マコンドーレの社長という人も、事前に調査したほうが無難なのではと会長に助言しているみたいで、だから会長もそのあたりの意見は受け入れることにしたのだという。
「いまからその社長っていうやつも来るから。まったく昔から気が小さくて、どうしようもないんだよコイツは」
 会長とぼくがビールから「百年のまばたき」に移行したころにこの鯨の間に入ってきた社長は、廊下で女将と話して「クス、クスクスクスクス」とわらっていたから、だいたい見当はついていたけれどもやはり長寿マシーン回収うんぬんの例の社長で、社長はぼくに気がつくと一瞬キョトンとしていたが、会長に事情を説明されると、
「じゃあわたしと会長は、おなじ人物を推してたんですね」
 とエロエロの女性を眼前にしたときのように上機嫌になっていたのだが、さらにお話を詳しくうかがってみると、なんでも社長は卯祖山周辺を下見させる人物は信頼できてなおかつある種の嗅覚を持っている人が最適だろうということでわたくし舟倉環を抜擢しようと奔走されていたのだそうで、ちなみに会長も、そう主張してきた社長を、
「ダメだ! おれはもう決めてるんだ。こっちの青年は予知能力みたいなものがあるんだよ。キャンディー隊のことも詳しいし。女の好みもかなりおれと似てる。信用できる」
 と突っぱねて、ぼくを擁立しようとかんがえていたらしい。
「会長の切り札も舟倉さんだったとは。いやぁどんなことでも、ふつうわたしと会長は対立してしまうんですけどねぇ」
「それでぼくは、なにをすればいいんですか?」
「またあの温泉旅館にでも泊まって、さりげなく自給自足村の人びとと接触してほしいんですよ。だいじょうぶ。舟倉さんならすぐ仲良くなっちゃいますよ。人当たりいいもの」
「あの、ちなみに旅費のほうは?」
「もちろんマコンドーレが出す。ひとりじゃ何だろうから、誰か連れてってもいいよ」
 一歩引いている感じの社長は、だがしかしこのあと酒が入ってくると、
「なんでユウちゃん、あんな丸ッチイ竹谷真紀なんか使うことにしたの? ああいう古風な感じより、ボクが推してたみなみちゃんのほうが、ぜったいよかったよ。ああいう女をインタビュアーに据えることによって、観ている中年たちはギラギラむらむら燃えてくるんだよ!」
 というような意見も会長にぶつけていて、そういわれた会長は、
「そんなんで興奮してんのはマー坊くらいなもんだよ。おれとか舟倉くんとかは真紀ちゃんのほうがグッとくるんだよ。なぁ?」
「竹谷真紀ちゃんは声しか知らないんですけど、ぽっちゃりしてるんですか?」
 ととくに機嫌を損ねることもなかったので、やっぱりふたりはあんがい、いまでもユウちゃんとマー坊の仲なのだろうけれど、ところで「百年のまばたき」を三人で一本空けたころにまたこちらの間にあがってきた女将は、
「あのう、女の方がお待ちですけど」
 と社長の肩をたたいていて、
「誰?」
「さあ。なんだか大きいマスクをして、濃いサングラスもかけてるんですけど」
 と女将からきいた社長は、
「あっ、そうだ」
 とつぶやくと、水割り用のコップで自社の青汁を立て続けに二杯ほど飲んで、
「じゃあ、わたしはこれで」
 と先に帰って行ってしまった。
 社長に左手だけあげてこたえていた会長は、
「ゆきえちゃん、これ、もう一本ね」
 と女将に「百年のまばたき」をたのんでいて、ちなみにこの焼酎は4リットルのペットボトルとかそういうのではなく、やや小さめのビンのやつなので、一本空けたといってもそれほど飲んでいるわけではないのだけれど、
「料亭で4リットルのペットボトルが出てきたらすごいよな、あはは、あはは!」
 とわらいつつ女将につくってもらった焼酎をグビリとやった会長は、上客はみんな知っているのだろうか、例によって女将にあっち関連の冗談をいっていて、それを受けた女将も、フムフムさすが女将だな、まあ4リットルのなんか飲んでませんよ。大きいのは好きだけど、とうまく冗談を返していた(このとき女将はぼくのほうをチラッと見たのだが、その流し目はなんていうか、けっこうスケベ中枢にはたらきかけてくるものがあった。というか、松尾嘉代なみにはたらきかけてくるものがあった)。
「会長、いま見ましたか? 女将の表情」
「見たよ」
「ちょっと色っぽかったですね」
「あの女将はあっち関連がからんでくると、グッと色気が増すんだよ」
「色気はやっぱり大事ですよね?」
「そりゃあ大事だよ。とくにこういう料理屋みたいなところの女将はな」
「太田裕美ちゃんにもっと色気があったら、裕美ちゃんは毎年紅白のトリですよ」
「なるほど」
「歌手に色気は必要だと思うんです」
「うん」
「五月みどりは色気ありすぎですけどね」
「小松みどりもな」
「洋子ちゃん、いま清純派路線でしょ。もうちょっと色っぽい感じを出してもいいような気がするんです」
「だけどまだ二十歳だぜ」
「ピンクレディーが『ペッパー警部』でデビューしたとき、まだ二十歳前ですよ」
「あれは衝撃的だった……新キャン連のなかにも鞍替えした奴がいたくらいだからな」
「今度の曲で、そういう色気みたいなのを取り入れてもいいですか?」
「しかしな、ああいうのは半端に許すと、とくにあの古株の作詞家は、かなりのことを洋子にやらせようとするんだよ。デビューするときも、もうすこしでバニーガールの格好をさせられるところだったんだ。松坂慶子みたいに。“オーヒラヨーコ”っていう芸名も、あの作詞家がつけたんだぜ。太平洋のような大きな歌手になるようにとか、なんだとかいって」
「やっぱりバニーガールはダメですかね」
「もちろん。しかし舟倉くんのいうとおり、すこしはお色気を入れないと注目されないかもしれないな」
「そそそそうですよ!」
「よし! じゃあそのへんは舟倉くんに任せるよ。舟倉くんなら絶妙なさじ加減で色気を出すだろう。なんといっても女の好みがいいからな、あはは、あはは!」
 洋子ちゃんからたのまれていたことがこのように成就したのはまあよかったが、そのかわり、またたいへんなことを任せられてしまったなぁと思いつつぼくは、
「三分で、もどってきます」
 とトイレに立ったのだった。さっきの流し目をまたぞろ思いだしてしまったために序盤はなにげに苦戦して、三分では、もどれなかったけれどね。
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