第28話

文字数 4,151文字


      その二十八

 店長と入れ替わるかたちでわれわれの席に腰掛けたニュー看板娘の萩原レイちゃんは、髪をうしろで結んでいたり白いゴワゴワした長ズボンをはいていたりしていたので、すぐには判断できなかったけれど、やはりぼくが一時期いれあげていた元マイボトル隊のあの萩原さんだった。
「ババババーディーバーディー!」
 萩原さんはこちらが勝手にいれあげていた当時にくらべると、だいぶ痩せてしまっていて、しかも髪も当時よりも長くしていてぜんぜんまるっちくなかったので、そのあたりについて、まずは遠回しにこちらのお気持ちを述べさせていただいたのだけれど、一息ついてから、
「ぼくも『キャンディー隊を再結成させる会』の会員だったんですよ」
 と告げると、萩原さんは、
「そうだったんですかぁ。あれ、どうなっちゃったんでしょうねぇ」
 とわりと他人事みたいにわらっていて、ちなみに白いゴワゴワした長ズボンをおはきになっているのは、油などがはねたときにあぶないからなのだそうで、普段はいまでも一年中、例の半ズボンをはいているとのことだった。
「冬も?」
「はい。ホントに寒いときは、タイツはいちゃうけど」
「わたし、冷え症だから、無理だなぁ」
「真紀さんの場合は夏でも……」
「なに舟倉さん、さっきタクシーのなかで、わたしの太もも、チラチラ見てたくせに」
「いちおうホットパンツにはこだわりがあるんです。わたしのイメージでは、戦隊ヒロインはホットパンツをはいてるんです」
「戦隊ヒロイン?」
「はい」
 きき手のぼくが一時期たいへんいれあげていたからだろうか、このあと萩原さんはホットパンツを愛用するようになった経緯をくわしく話してくれて、それによると、なんでも萩原さんは幼少のころより戦隊ヒロインになるのが夢で、例のマイボトル隊のオーディションに応募したのも、そもそもは戦隊ヒロインとおなじようなものではないかと早合点して履歴書等を送ってしまったらしいのだけれど、しかしマイボトル隊としての活動が戦隊ものというよりはご当地アイドル的、というか活動そのものがほぼない、とだんだんわかってくると、萩原さんは親御さんとも話し合ったすえに個人的にも節約のためにおこなっていたマイボトル活動に見切りをつけて今度は「キャンディー隊を再結成させる会」での活動のほうに活路を見出すことにしたのだそうで、
「えっ、よけい遠ざかっちゃうのに?」
 と真紀ちゃんはとうぜんの疑問をいだいていたり、これからお借りするだろう、ダイナピンクのコスチュームにかんして「わたしに着れるかしら」とあらためて不安を感じたりしていたけれど、ぼくはここまでうかがった時点でじつはもうかなり“ビビビ”ときていて、つまり萩原さんは、キャンディー隊の熱烈なファンがキャンディー隊のスーちゃんを女優として復帰させるために戦隊ヒーローだか特撮ヒーローだかの脚本を書いて準備万端にしている、という情報をどこかで仕入れていたのである。
「ちなみにその情報はどこで仕入れたのですか?」
「スーパーの試食コーナーに出没する伝説の試食おじさんからです。そのおじさんはスーちゃんの恋人はスタントマンだから、いずれスーちゃんは出ざるをえなくなるよということもいってました。あとスーちゃんの好きな食べ物はピーチパイだから、このヒーローは『ピーチパイダー』なんだって……」
 萩原さんは『宇宙の戦士ピーチパイダー』の著者に会うために、そしてその作品に出演するために「キャンディー隊を再結成させる会」に入ったのである。
 南北ヨーロッパのカカーニエンに強制里帰りしたあの太った金髪女性がいうには『宇宙の戦士ピーチパイダー』の著者は「新日本キャンディー隊連合」にかつて属していたとのことだったが、基本的に新キャン連は、
「平凡パンチに水着姿を載せない平凡な女の子にもどりたい」
 というお三方の希望を尊重する立場を取っていた組織なので、復活を表面上は切に望んでいる「キャンディー隊を再結成させる会」の集会にはおそらく来ていなかったはずだし、また仮にこっそり豚汁大会等にまぎれ込んでいたとしても元新キャン連という経歴はひた隠しにしていただろうから、けっきょく萩原さんはピーチパイダーの著者に会うことも関係筋と接触することも叶わなかったようだ。
「あの会も二〇〇八年の四月くらいまでは、それなりにがんばっていたのかもしれないけどね」
「でも、やっぱり新キャン連の人たちとくらべると、熱意は弱かったかもしれません。だって、ミキちゃんと木之内みどりの見分けがつかない人もいましたもん」
「ウチの二番目の兄貴の野郎も、いまだにマイケル・ジャクソンとエマニエル坊やの区別がつかないんですよ」
 それでも萩原さんは、甲斐甲斐しく焼きそばをつくったりしながら地道に情報収集はされていたみたいで、
「新キャン連の内紛騒動って、ご存じですか?」
「なんかきいたことありますね、ぼくも」
 等の有名なエピソードの後日談などにもおもいのほか精通していたのだが、ぼくがあの会での雑談のなかで知った内紛騒動はお三方の先の希望を尊重するグループと反対するグループとで激しく争われたという感じだったのだけれど、萩原さんがおっしゃるには反対派のなかには反対運動の一環としていわゆる“お遍路キャンディー巡礼”をして、そのまま行方をくらましてしまった方もいらっしゃるのだそうで、
「わたしがきいた話では、その人いまでも山ごもりみたいな生活をしているらしいんです」
 というところから、萩原さんはその反対派が一種の地下組織と化して現在でもピーチパイダーを軸としたキャンディー隊復活へのシナリオを準備しているのではないか、とまだ希望を持っているのだった。
「でもさ、戦隊ヒロインになりたいんだったら、なにもその“ピーチパイダー”っていうのに執着する必要はないんじゃないかしら。本末転倒かもしれないわよ。健康になるためにダイエットしてたのに、いつのまにか体重の数値ばかりにこだわるようになって、気がついたら体調をわるくしちゃってる、とかそんな感じ。わたし酔っぱらってるから、ちょっといっちゃうけど。ごめんね」
「そうですね。ですからわたしもこのごろは、たとえばこちらの〈秘密クラブ〉でダイナピンクの格好をしたりして、視野をひろげて戦隊ヒロインへの道を模索してるんです。きょうはサンバルカンの日だからダイナピンクのコスチュームは着てないけど――」
 竹谷真紀は自身のリバウンド体型を肯定したいがためなのか、このようにやや厳しい意見を述べていたが、ぼくは萩原さんの気持ちがわからなくもなかった。
「狙ってるんでしょ? スケベ根性丸出しよ」
 と真紀ちゃんが耳打ちしてきたので、ぼくは、
「ちがうちがう。こんなに痩せちゃってちゃ、スケベ中枢も刺激されないよ。はっきりいって、真紀さんのこのむちむちのほうがグッときます」
 と耳打ちを返した。これは真実である。太もものチラ観も真実である。まあそれはともかく、ぼくが萩原さんを弁護したのは、つぎのような経験をしているからなのだ。
 以前にも述べさせてもらったかもしれないが、かつてぼくは〈お食事処清水〉の直美ちゃんとお近づきになりたいがために、一日に三度も、このたいしてうまくも安くもない店に出向いたことがあった。
 一日に三度ものれんをくぐったのは、お昼のときも夕飯のときも直美ちゃんがいなかったからで、ちなみにその日三度目の夜食のときも、直美ちゃんはどこにも見受けられなかったわけだが、翌日の夕飯時にふたたびタキシードという身なりでお食事に行くと、今度はすぐ直美ちゃんがこちらに注文を取りに来てくれて、
「きのう三度も来てくれたんですってね」
「そうです」
「きょうはなににしますか?」
「カキフライ定食とラガーの大ビンを」
「きのうなに食べたの?」
「三度ともカキフライがらみでした」
「ずいぶんお好きなんですね。カキフライ」
 とおもいがけず長くおしゃべりすることができたぼくは、この日以降、毎回カキフライ定食をたのんで、そのつど直美ちゃんに衝撃をあたえて、彼女のハートをわしづかみにしたも同然、というか、夜、家に帰ると、割烹着を着た直美ちゃんが晩飯をつくって待っていて、
「今晩のおかずはなんだい?」
「あなた、今晩はカキフライよ」
「またカキフライ! ということは、きょうもむらむらしてるのか。直美も好きだな」
「だって、ゆうべは三回しかできなかったんですもの 今晩はカキフライ固めの体勢でしてください」
「あの体勢だったら、スケベ中枢がたいへん刺激されて、大爆発するはずだ。四度は約束するよ」
 という生活を手に入れたも同然の気持ちになっていったのだった。
 そしていつしかぼくは、カキフライを食べれば直美ちゃんのハートをさらにわしづかみにできる、あるいはカキフライをもっともっと食べれば、カキフライ固めだけでなく、スーパーカキフライホールドの体勢をも堪能できるとまで錯覚するようになっていって、これを本末転倒というのかはよくわからないのであるが、とにかくぼくは〈お食事処清水〉だけでなく、ときどき利用していた〈ほっかほか、ほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほか亭〉というテイクアウトのお弁当屋さんにおいてもカキフライ弁当を直美ちゃんが見てくれているわけでもないのに積極的に注文していて、これらの行為はいま振り返ると、
「あのとき、カレーコロッケ弁当食べればよかったな……」
 と世界的な視野でもって分析できるのだけれども、当時は弁当屋にまで正装して出向いちゃうくらい信仰していたからカレーコロッケとかそういう変化球を交ぜる余裕もぜんぜん持てずに萩原さんがピーチパイダーにすがりついているようにただひたすら“カキフライ”という守神にすがりついてしまって……ちなみに〈お食事処清水〉にはほとんど行かなくなってしまったが、〈ほっかほか、ほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほかほか亭〉のほうでは、いまでもときどき、カキフライ弁当のご飯なしのやつを注文している。この節約方法も、ノン子はあいかわらず軽視しているけれどね。
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