第29話

文字数 3,399文字


      その二十九

 いまでもときどきカキフライ弁当のおかずだけのやつを注文していると申告すると、
「自分でつくったほうが、おいしいわよ」
「でも揚げ物つくるの苦手でしてね。そうめんとかスパゲティーとかを茹でるのは、まあまあ得意なんだけど」
「わたし揚げ物得意よ。今度つくってあげるわ」
 と竹谷真紀は大見得を切っていたのだけれど、
「わたしウエストは、じつは細いの」
 という、もうひとつの大見得のほうは、萩原さんと、
「もう一回あげるよ。せーの!」
 と二人がかりで衣装を引っ張り上げてみても、どうしても太もものあたりでひっかかってしまって、だから真紀ちゃんはけっきょく〈秘密クラブ〉の常連の方が店に寄贈したらしいウルトラマンタロウの「ザット」という防衛チームの、あばれはっちゃくのお父さんモデルの隊員スーツで、おもちゃ発表会の仕事に臨むことになったのだった。
 夜中の三時過ぎにマンションにもどったぼくは、
「竹谷さんから連絡ありましたか?」
 という萩原さんからの問い合わせの電話がかかってくるまで、どうやら畳に横になって寝てしまっていたらしいのだが、
「二時? ああ午後の二時か。相当寝たことになるな……イタタタタ」
 という時間になっても、まだ二日酔いのボーッとした感じは抜けていなくて、それでも風呂に長く入ったり、おもいきって、
「親子丼ひとつ! もりそばひとつ!」
 と出前を取ったりしていると、
「やっぱり親子丼にしてよかった。おいしい」
 とだんだんからだが本調子になってきた。
 長風呂のあいだにぼくの携帯にメールが二件ほど入ってきていたが、これはおふくろからの、
「振り込んでおいたよ」
 という吉報と、チイアニからの、
「髪の毛切りました」
 という報告だった。竹谷真紀はザットの隊員スーツでの結果を連絡するとぼくと萩原さんに何度もいっていたが、真紀ちゃんからのメールは入ってはいなかった。あんがいそういうところは大雑把な人なのかもしれない。
 会長と社長に委託された自給自足村への調査に同行してもらうのは、おふくろからも旅費を借りているので、とうぜんいずみクンを予定しているのだが、ゆうべ萩原さんとダイナピンクのコスチュームをひっぱりあげたさいにぼくは真紀ちゃんの太ももに結果的にかなり触れてしまって、
「生娘のからだに触れたんだから、責任取ってよね、舟倉さん」
 と竹谷真紀に冗談をいわれていたので、その冗談をあたかも真摯に受け止めたように見せかけて、真紀ちゃんをあの温泉旅館に同行させてもいいなぁとも、じつはしたたかにかんがえていた。でもメールもわすれてしまうくらいだと助手にはちょっと向いていないだろうな……。
「チエもがさつだったからなぁ……やっぱりいずみクンにしよう!」
 いずみクンに電話すると、いずみクンは何の躊躇もなく調査に同行する旨を表明してきて、ちなみにいずみクンは現在れい子先生の鶴のひと声でつねに急遽おこなわれる恐怖のドンジャラ大会に参戦しているとのことだったけれど、
「山城さんもいるんだね」
「代わりますか?」
「いいよ。ドンジャラ交代してくださいよぉって、たのまれるかもしれないから」
 と電話を切ると今度は部屋のチャイムがピンポーンと心持ち控えめに鳴って、これはおそらく、さっきのそば屋さんが親子丼のさじに気を取られたのか、そば用の割り箸をわすれていたので、もう一度それを届けに来てくれたのだろう。
「はーい」
 ぼくが玄関のドアを開けるとそこには元気くんが立っていて、元気くんは白いスーツに赤いシャツという、アルパチーノふうというかトニーモンタナふうというか、とにかく以前の殺し屋ふうの身なりをしていたので最初はそば屋にきこうと思って手にしていたおしながきの「イトコ丼」を元気くんに着目させて、
「どういうんだろうね。おいしいのかな?」
 というディフェンスを敷いてかれの出方をうかがったのだけれど、この格好はジャッカー電撃隊のスペードエースに変身する人もちょっと似ている服装だったことから、使い回しても問題ないだろうとアクター自身が判断して、またぞろお召しになっているのだそうで、ちなみにそのスペードエースに変身できる人も、赤いシャツの襟をジャケットの上に出して着ていらっしゃるらしい。
「脚本をみせてもらいに来たんです。マエストロ」
「そそそ、そうだったな。ととと、とにかく、あがあがあがれよ」
「おじゃまします」
 初代の沼口はじめ隊長は、ある探険のさいに宇宙人に捕らえられUFOに監禁されたことがあった。
 そのときの宇宙人はぜんたい的にのっぺりとしたイカのようなクラゲのようなタイプの例のあれで、そいつらは沼口隊長が、
「おれは敵じゃない。トモダチ。トモダチ。ナカマ。ナカマ。あなたも宇宙人。わたしも宇宙人。みんな宇宙人」
 と主張しているのを信じるべきかどうか、いったん控え室に入って検討することになったのだけれど、その隙に縛られていた縄を卓越した技術であっという間に解いた沼口隊長は、すぐさまUFO内のお台所を物色したのちに、とっさの判断で電子レンジの上にあったラップみたいなやつを、あたまや肩口やお腹まわりなどにてきとうに巻いて、ふたたび縄で縛られていた位置にもどっていて、CM後、控え室から車椅子に乗ってあらわれた長老然とした宇宙人はそんな隊長のあたまやからだを手でよく確かめると、
「われわれとおなじようにつるつるしている。コイツは仲間だ」
 と若手の宇宙人たちに断言し、隊長は無事、解放されたのである。
 イトコ丼作戦はともかく、部屋にあげたのちに下したぼくのとっさの判断は、あのときの沼口隊長と並び称されるくらい偉大なことなのかもしれなくて、というのは、ダンボールごと部屋の隅に放り出してある状態だった『宇宙の戦士ピーチパイダー』全五十二話の脚本を目の動きだけで元気くんに示して、
「スゲェー!」
 と元気くんを納得させることができたからなのだけれど、
「ちょっとプリントゴッコとかそっち方面で手違いがあったみたいで、まだ一部しかないんだけどね」
「お借りすることはできないんですか?」
「じゃあ、何冊か持ってけばいいじゃん。特別だぞ」
「ありがとうございます。書き抜きしましたら、すぐお返しします」
「まあ、すぐにじゃなくてもいいけどね。なんか監督のほうとプリントゴッコ側のほうとで、いろいろ揉めてるみたいだから、まだ時間かかるかもしれないし」
 と今後の布石を打ったときにはもう元気くんはこんな偉大なマエストロがお茶でも淹れようかといっているにもかかわらず返事もしないまま脚本に没頭していて、
「ねえねえ」
 と肩をたたかれて、ようやく気がつくと、
「すみません。これから部屋にもどって稽古します」
 と元気くんはけっきょくお茶も飲まずに帰って行ったのだった。
 元気くんは一話から五話までの脚本を持ち帰っていて、だからぼくはとりあえず六話目の脚本を手に取って、しばらく拾い読みをしていたのだが、その六話目でピーチパイダーは富永一朗先生と鈴木義司先生とのあいだでふたたび勃発していた抗争にまきこまれて例の土管にたたき込まれていたから、ぼくはまたぞろうとうとしてしまっていたようで、しかしいったん夢からさめて今度は布団で正式に寝ると、そのあとはもうお笑いマンガ道場関連もタイムショック関連も夢に出てこなくて代わりにザットの隊員スーツを着た竹谷真紀が、
「責任取ってよね」
 とこちらに迫ってきた。
 竹谷真紀は店長にも常連にもはっちゃくの親父にもおそらく無断でザットのスーツの宇宙的な部分をまるくくり抜いていて、そしてその宇宙的な部分をぼくに着目させて、
「これはなに?」
 とやや厳しい口調で質問してきた。
 ぼくが「アンドロメダ星雲」とか「時間」とか「ハマグリ」などと、とぼけた回答をしても竹谷真紀は首を横に振っていて、だからもちろん医学的な言い回しもまだあったわけだが中途半端だろうと思って、ここには記せない三文字ないし四文字のあの俗語をおもいきって発してみたのだけれど、しかし竹谷真紀はそれだけでは正解と認めずに、
「誰の?」
 とさらに強い口調で質問をぶつけてきていて、どうやら竹谷真紀は、自身のその俗語部分の感触を、じっさいに味わっているその最中に、誰のものかをそのつど明らかにしながら、耳もとで執拗に述べてほしいみたいだった。
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