第23話

文字数 3,460文字


      その二十三

 洋子ちゃんがこの三月まで勤めていた会社は、社長よりも会長のほうがはるかに権限が強いらしく、それでもこの会長と社長は、故郷を飛び出してふたりで豆腐の引き売りをやっていた十代のころからずっとコンビなのだそうだが、最初にヒットしたインチキくさい健康器具は社長の主導だったようだけれども青汁関連や大小の乗っ取り(?)関連はすべてあの会長の手腕によってもたらされたとのことで、ちなみに洋子ちゃんの元同僚の早川さんという子がおっしゃるには、マコンドーレは会長がワンマンというのは、スーパーの各試食コーナーでうろうろしているようなおじさんでも我が物顔で開陳しているくらい、この界隈では知れ渡っているらしい。
「マママ、マコマコ、マコンドーレ!」
「はい」
「マコマコマコマコ、マコンドーレ!」
「ですから、はい」
「マコンドーレって、テレビでも宣伝してるやつのあれ?」
「はい。青汁とか、テレビショッピングもやってますね」
「かかか、会長って、あのマコンドーレの会長だったの?」
「知らなかったんですか?」
 洋子ちゃんにさらに内部事情をおききしてみると、なんでも会長と社長というのは不思議なくらいなにもかも対照的らしく、たとえば会長が楽観的だったら社長は悲観的、会長が大きい声で、
「あはは、あはは!」
 とわらえば、社長はいつも、
「クス、クスクスクスクス」
 とお笑いになるそうなのだが、しかしこれは一部の関係者しか知らないみたいなのだけれども、女性の好みのほうは、おとなしい社長がケバケバでエロエロな女性が好きなのにたいし、一見そういう派手派手なのが好きそうな会長は逆に清純というか素朴というか、そういう可愛らしい女性が好きなのだそうで、洋子ちゃんは、もしかしたらだからわたしは会長に目をかけてもらってるのかもしれないですね、と軽トラのバックミラーに引っかけてあったキーホルダーに興味を示しつつ、つぶやいていた。
「こっちのキーホルダーはなんですか?」
「確かアマゾネス」
「なんかすごーい」
「でもさ、清純派っていうのはやっぱりいいと思うな。香川京子、芦川いづみ、それからキャンディー隊ね。キャンディー隊はみんな清純派だもんね」
「会長、キャンディー隊のことがいまでも大好きなんです。これは企業秘密なんですけど」
 洋子ちゃんはだがしかし、ご自身が清純派であることに、たしょう不満をいだいているようだった。ぼくが芦川いづみを絶賛しても、
「このあいだ酔っぱらってたときは、松尾嘉代が最強だって、いってたくせに」
 とそれに乗ってこないし、じっさいぼくもエロスの必要性を酔っ払った勢いでつい説いてしまったなという記憶がかすかにあったので、
「松坂慶子もバニーガールの格好でうたったでしょ。普通の服装だったら、あれほどまでにはヒットしなかったと思うんです」
 という洋子ちゃんの見解に、
「あれは例外だろうけどね。あのバニーガールとジュディーオングのバタバタのやつは」
 といいつつもけっきょく賛成してしまっていた。
「今度の『花嫁はリヤカーに乗って』も、衣装は地味な着物か白いブラウスに紺のスカートかなんです。父にも、小津安二郎の映画に出てきそうだなって、いわれました」
「変更することはできないの? クリーニングからもどってきてないっていう理由でワンピース着ちゃうとか」
「舟倉さんはワンピースとエロスがいつもセットになってますね。でも派手にすると、会長がよろこばないと思うんです。いちおうわたしの後援会の会長さんでもあるんで」
「どこでも会長なんだね、会長は」
「舟倉さんから会長にいってくれませんか?」
「エロスを取り入れたほうがいいってかい?」
「はい。このまえわたしに力説したみたいに。説得力あったもん」
 廃校になった小学校の敷地で開催されていた青空古書市は青空を謳っているにもかかわらず校舎のなかでおこなわれていて、なんでもこれは事前に決まっていたことではなく、出店者が早いもの勝ちで場所を取っていくうちに、いつのまにかこうなってしまったらしいのだが、しかし主催者側は、
「青空の伝統が……」
 とぶつぶつこぼしつつも廃校になっていた校舎がきれいになったとあんがいよろこんでいて、じっさい見るほうも、こちらのほうが天候にも左右されずに落ち着いて本を探せるので、青空の下でなくてもとくに不満はなかった。
 ぼくは会長に直訴することを、いちおう引き受けてしまっていたが、
「リヤカーというのもホントはなんとかしたいんです」
 とさらに項目を追加されるとさすがにかなわなかったので、校舎のなかに入ってまずクジを引くと(ぼくも洋子ちゃんもハズレだった)、まるでスマイリイ博士のマニアのような意気込みで博士の著書を真剣に探しはじめていた。ぼくは最上階の四階から、洋子ちゃんは一階から、順々に見ていくことにする。
 それで四階まで元気よく二段抜かしでどんどんあがっていって、
「よーし!」
 と気合を入れるかのようにサンタモニカトレーナーの腕をまくると、四階は全室いわゆる“18禁”になっていたので、さっき勢いよく抜かしたご婦人に、
「あっ、やっぱり知らないであがってきちゃったんですか。あはははは」
 などと自分の潔白を主張しながらすみやかに腕まくりしたトレーナーをおろしていたのだけれど、三階のいちばんはじめにのぞいてみた5年3組の教室にこそ、これといったものはなかったが、しかしつぎに入ってみた5年2組の教室には、いきなりスマイリイ博士の著書が十冊も山積みになっていて、ちなみに山積みの本はすべておなじタイトルだったので、そのあたりはかなり残念ではあったのだけれど、それでも値段はなんとどれもたったの五十円だったのだ。しかも本の状態はかなり良い。
「あの、これ、ぜんぶください」
「はい。ありがとうございまぁす」
 おなじタイトルの本を十冊も買ったのは、近しい人や下心のある方々などにプレゼントすれば、なにかしら道が開けることもあるだろうとかんがえたからである。
 三階の残りの教室は古書市なのになぜかアクセサリーみたいなものを売っていて、だからぼくはある程度もう収穫はあったわけだから、そのあたりは素通りしてたぶん洋子ちゃんと合流するであろう二階に降りていったのだけれど、二階の3年1組の教室で古い料理本をパラパラやっていた洋子ちゃんは、ぼくに気づくと、
「なにかありましたか?」
 とすぐ近寄ってきて、ぼくが五冊ずつに分けて入れてもらったユニクロの袋のほうをみせると、洋子ちゃんは、
「わぁすごーい」
 とさっそくその一冊を取り出して、その場で拾い読みをはじめた。
「あっ、健康にかんする章もあります」
 このたびおかげさまで運良く入手することができたスマイリイ博士の本のタイトルは『ノーパンを生きる』というもので、ちなみにこの壮大な論文の最初の章の見出しは「ノーパンとは何か」だったのだけれど、つづく第二章以降はありとあらゆる人生の問題をノーパンと照らし合わせつつ検証していることになっていて、もちろん洋子ちゃんが渇望している健康問題も、ノーパンを通して論証されていた。
「いくらしたんですか?」
「五十円。十冊あるから好きなだけあげるよ」
 洋子ちゃんは袋にちょうど半分ずつにしてあったこともあって、
「じゃあお言葉にあまえて」
 とユニクロの袋のほうの五冊を取ったのだがところで、一階の元1年4組の教室で洋子ちゃんはちょっと気になるものを見たらしくて、ぼくに、
「せっかくだから検討してみてください」
 と訴えてきた。
「出店者さんのお話をきいているかぎりでは、たぶんすごい掘り出し物なんです。舟倉さん、トラックのバックミラーにキーホルダー掛けてあるでしょ。だからどうかなぁと思って」
「あれは二番目の兄貴がてきとうに引っかけてるんだけどね。でも、そういううわさは、きいたことあるよ」
 チイアニは軽トラのバックミラーにスパイダーマンのキーホルダーを引っかけていて、これは最近流行っている洋画のものではなくて12チャンネルでやっていたいわゆる“東映版スパイダーマン”のやつなのだけれど、この東映版スパイダーマンの後釜になるはずだったのか、あるいは翌年放送が開始される『バトルフィーバーJ』の枠に収まるはずだったのかは定かではないが、とにかくお蔵入りになってしまった特撮ヒーローが当時あったらしくて、このうわさは山城さんに誘われて先週もじつは寄っている例の秘密クラブでも、ときどきささやかれていることなのである。
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