69:ルクス総帥テオドラとコルネ
文字数 2,080文字
ルクスの令嬢との顔合わせには、周到な準備がなされていた。本来であればルクスが王宮を訪れるべきであるが、スーの時と同様に、ルカは婚約が公示されるまでは余計な詮索をされたくない。
その一心で皇太子のルクス訪問を決めてしまったが、先方は会食の場を設けたようである。
ルクスの使用人も、視察時の記憶とは異なり今日は正装している。
王宮の華やかさに負けない装飾に満ちた邸へ案内されて、ルカは浅慮を恥じる。公の訪問ではなくとも、皇太子を迎えるために、ルクスは相応の支度をしなければならないのだ。
王宮に呼び寄せる方が、ルクスにとっては負担が少ないだろう。面倒をかけたというのが、素直な感想だった。
案内された室内は華やかに彩られ、大きな卓 に五つの席が用意されていた。ルカとルキアが上座につくと、すぐにルクスの総帥テオドラとその後継となる息子のコルネが顔を出した。
ガルバの視察に訪れた時とは違い、テオドラも正装している。赤毛にわずかに白いものが混じり始めているが、中肉中背の姿勢の良い紳士は実年齢より若々しい。隣のコルネは童顔な美少年といった風情だが、それでも二人の関係を一目で親子だと見抜けるものは少ないだろう。
街で普通に見かければ兄弟にしか見えない。
ルクスという一大商家 を背負って立つ総帥でありながら、テオドラには貫禄よりも謙虚さが目立つ。今では大きな組織となっているが、心根は変わらず商人で好奇心が旺盛だった。テオドラの気質が、ルカが彼の事業に手を貸す一因でもある。
ルクス親子は改まって、恭しく頭を下げるが、ルカにとっては馴染みのある顔ぶれである。今さら恐縮される不自然さが滑稽に思えて、席を立って二人に歩み寄った。
「ルクス総帥、今さらそのように畏まられなくとも」
「ルカ殿下、本日はこちらの急な申し出に答えていただき、ありがとうございます」
「急にこちらへの訪問を決めたのは私の方です。王宮にお呼びするべきだったと、すこし反省していました」
ルカが詫びると、テオドラは虚を突かれたような顔になる。彼の視線がちらりと奥の席に掛けるルキアへ向かった。
「総帥?」
「あ、いえ。それは失念しておりました。本来であればこちらから伺うべきでした。殿下、重ねて申し訳ありません」
「父上、それでは殿下に話が通じません」
凛とした目でテオドラの息子がルカを見る。小柄な体躯で整った顔立ちをしているが、ルカよりも年上であるのが疑わしくなるほどの童顔だった。
ルカは彼が容貌に似合わず合理的で冷徹な面を合わせ持つことを知っている。愚かな者が商談時にコルネを若輩者であると舐めてかかり、手痛い報復を受ける場面に何度か立ち会ったことがあった。ルクスの後継として能力は申し分ない。
親子はともに赤毛で、宝石のような緑の瞳が印象的に輝く。いつ見ても帝国貴族にはない颯爽とした覇気に満ちていた。
「ルカ殿下、本日はお越しいただきありがとうございます。本日はぜひ殿下にこちらへおいでになっていただきたかったのです。殿下の訪問は私達にとって僥倖です」
「――大袈裟ですね」
いかにも機転の効くコルネらしい物言いだった。ルカに気を使わせない配慮を感じる。同時に妹とルカの縁を喜んでいるのだろう。自分の妃になって果たして幸せなのかと、ルカは複雑な感情に苛まれるが、目の前のルクス親子はそわそわと浮足立っているように見えた。
ルカが再び席に戻り、親子も席に落ち着くが、最後の席が空いたままである。
迎えるべき婚約者となる令嬢が、まだ現れていない。
「本日は殿下に楽しんでいただこうと思い、珍しいものを取り寄せました」
五つ目の席が空いたまま、テオドラが会食をはじめてしまう。給仕が自分の前に料理を並べるのを見て、ルカは戸惑いを隠さず不在の席について指摘した。
「本日お会いするべきご令嬢が、まだお越しではないようですが? ご紹介いただけないのでしょうか?」
テオドラが再び意味ありげにルキアを見てから、ルカに笑いかける。
「いいえ、ルカ殿下。我が娘はすでに席についております」
どういうことかと口を開きかけると、ルカの斜め前の席についていたコルネが立ち上がった。
「殿下、改めてご挨拶させていただきます。テオドラ・ルクスの長女コルネと申します」
さすがのルカにも事態が呑み込めない。コルネの小柄で童顔な容姿は、女性的であるともいえるが、どうにも理解が及ばない。言葉を失うルカの隣で、ルキアが小さく笑った。
「殿下とルクスの縁談は破談にさせていただきました」
ルカは何かの聞き間違いかとルキアを見る。それともスーへの罪悪感で幻聴を聞いてしまったのだろうか。
「……おまえはさっき縁談を進める気になって動いたと言っていなかったか?」
「殿下には必要なことだと申し上げました」
「今その縁談を破談にしたと言わなかったか?」
「申し上げました」
ルキアは落ちつきはらっている。ルカは理解できないと首をふった。
「謎かけをしている場合ではないと思うが」
向かいの席でコルネが可笑しそうに笑っている。テオドラが小さく咳払いをして語り始めた。
その一心で皇太子のルクス訪問を決めてしまったが、先方は会食の場を設けたようである。
ルクスの使用人も、視察時の記憶とは異なり今日は正装している。
王宮の華やかさに負けない装飾に満ちた邸へ案内されて、ルカは浅慮を恥じる。公の訪問ではなくとも、皇太子を迎えるために、ルクスは相応の支度をしなければならないのだ。
王宮に呼び寄せる方が、ルクスにとっては負担が少ないだろう。面倒をかけたというのが、素直な感想だった。
案内された室内は華やかに彩られ、大きな
ガルバの視察に訪れた時とは違い、テオドラも正装している。赤毛にわずかに白いものが混じり始めているが、中肉中背の姿勢の良い紳士は実年齢より若々しい。隣のコルネは童顔な美少年といった風情だが、それでも二人の関係を一目で親子だと見抜けるものは少ないだろう。
街で普通に見かければ兄弟にしか見えない。
ルクスという一大
ルクス親子は改まって、恭しく頭を下げるが、ルカにとっては馴染みのある顔ぶれである。今さら恐縮される不自然さが滑稽に思えて、席を立って二人に歩み寄った。
「ルクス総帥、今さらそのように畏まられなくとも」
「ルカ殿下、本日はこちらの急な申し出に答えていただき、ありがとうございます」
「急にこちらへの訪問を決めたのは私の方です。王宮にお呼びするべきだったと、すこし反省していました」
ルカが詫びると、テオドラは虚を突かれたような顔になる。彼の視線がちらりと奥の席に掛けるルキアへ向かった。
「総帥?」
「あ、いえ。それは失念しておりました。本来であればこちらから伺うべきでした。殿下、重ねて申し訳ありません」
「父上、それでは殿下に話が通じません」
凛とした目でテオドラの息子がルカを見る。小柄な体躯で整った顔立ちをしているが、ルカよりも年上であるのが疑わしくなるほどの童顔だった。
ルカは彼が容貌に似合わず合理的で冷徹な面を合わせ持つことを知っている。愚かな者が商談時にコルネを若輩者であると舐めてかかり、手痛い報復を受ける場面に何度か立ち会ったことがあった。ルクスの後継として能力は申し分ない。
親子はともに赤毛で、宝石のような緑の瞳が印象的に輝く。いつ見ても帝国貴族にはない颯爽とした覇気に満ちていた。
「ルカ殿下、本日はお越しいただきありがとうございます。本日はぜひ殿下にこちらへおいでになっていただきたかったのです。殿下の訪問は私達にとって僥倖です」
「――大袈裟ですね」
いかにも機転の効くコルネらしい物言いだった。ルカに気を使わせない配慮を感じる。同時に妹とルカの縁を喜んでいるのだろう。自分の妃になって果たして幸せなのかと、ルカは複雑な感情に苛まれるが、目の前のルクス親子はそわそわと浮足立っているように見えた。
ルカが再び席に戻り、親子も席に落ち着くが、最後の席が空いたままである。
迎えるべき婚約者となる令嬢が、まだ現れていない。
「本日は殿下に楽しんでいただこうと思い、珍しいものを取り寄せました」
五つ目の席が空いたまま、テオドラが会食をはじめてしまう。給仕が自分の前に料理を並べるのを見て、ルカは戸惑いを隠さず不在の席について指摘した。
「本日お会いするべきご令嬢が、まだお越しではないようですが? ご紹介いただけないのでしょうか?」
テオドラが再び意味ありげにルキアを見てから、ルカに笑いかける。
「いいえ、ルカ殿下。我が娘はすでに席についております」
どういうことかと口を開きかけると、ルカの斜め前の席についていたコルネが立ち上がった。
「殿下、改めてご挨拶させていただきます。テオドラ・ルクスの長女コルネと申します」
さすがのルカにも事態が呑み込めない。コルネの小柄で童顔な容姿は、女性的であるともいえるが、どうにも理解が及ばない。言葉を失うルカの隣で、ルキアが小さく笑った。
「殿下とルクスの縁談は破談にさせていただきました」
ルカは何かの聞き間違いかとルキアを見る。それともスーへの罪悪感で幻聴を聞いてしまったのだろうか。
「……おまえはさっき縁談を進める気になって動いたと言っていなかったか?」
「殿下には必要なことだと申し上げました」
「今その縁談を破談にしたと言わなかったか?」
「申し上げました」
ルキアは落ちつきはらっている。ルカは理解できないと首をふった。
「謎かけをしている場合ではないと思うが」
向かいの席でコルネが可笑しそうに笑っている。テオドラが小さく咳払いをして語り始めた。