2:まさかの二日酔い
文字数 1,785文字
翌日、スーはひどい二日酔いで、帝国の迎えの馬車に揺られていた。
何でもないはずの振動が、頭に響く。
(はじめが肝心なのに!)
昨日は王国をあげて宴になった。サイオンは人口も多くないので、王女の嫁入りはすぐに狭い王国全土に知れ渡る。スーは王女としての挨拶がおわると、厳かな気持ちでサイオンの想い出と一緒に荷物をまとめようと思っていたが、感傷に浸る間もなく酒宴に駆り出された。
昨夜の記憶は全くない。
泥酔して目覚め、今に至る。
(完全にやらかしたわ!)
結婚に夢を見ていないが、幸せになることを諦めたわけではない。
なのに、はじめからこの体たらく。二日酔いでふらつくスーに、父は着の身着のままで大丈夫だと笑う。着飾ることが無駄だといいたげな様子で、スーを送り出した。母も何を考えているのか、スーは中身が素晴らしいから、そのままで十分美しいと、碌な支度もさせずスーの背中を押した。
(たとえ帝国が着のみ着のままで良いといっても、そんなの建前にきまってるでしょうが!)
「姫様、大丈夫ですか?」
隣に座るユエンが、頭を抱えるスーをのぞき込む。
帝国には独りで赴こうと考えていたが、どうやらユエンが侍女として伴ってくれることが、以前から決まっていたようだ。
本当に自分だけが、何も知らなかった。
幼い頃から王家の使用人として傍にいてくれたユエンが一緒に来てくれることは、素直に嬉しい。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう。ユエン」
ユエンは使用人の中でも凛と模範的な年配の侍女だった。昔はさぞ美しい女性だっただろう。少し冷たい印象の熟女で、ミステリアスにさえ感じられるが、外見にそぐわず本人はとても情深い。長年王家に仕え、スー以上に王家の事情に詳しかったりする。
彼女の顔を見ると、スーは少しだけ自分の失態が薄まった気になる。ユエンは最低限の支度を整え、嫁入りとしての持ち物を整えてくれていた。
とはいえ、荷には華やかさがかけらもない。まるで近場に旅行に赴くような、小さな荷物だった。
(でも、父様と母様は大丈夫かしら)
王家といえども、大国の下級貴族にも見えないような貧乏小国である。使用人は片手で数えられるほどしかいない。しっかり者のユエンがいなくなって、大丈夫だろうかと心配にもなる。
(まぁ、なるようになるでしょ)
スーは二日酔いの頭で、両親から説明された今後の成り行きを思い返した。
(わたしが帝国の話題を避けてきたのが悪いけど)
これまでの意図的な無関心さを呪い、深く反省しながら、スーはため息をついた。
(でも、こんなにギリギリまで教えてくれないなんて! そもそも出立の朝にまくしたてるようなことじゃないわよ)
両親の能天気さを呪いながら、頭に響く馬車の振動にうめく。
物心ついた時から、心の片隅を占めていた帝国との政略結婚。
帝国からの迎えがあったものの、実際に皇太子の花嫁になるまでには、猶予があるらしい。妃としての一通りの作法や、教育を受ける期間を設けられているのだ。
たしかにド田舎の貧乏小国であるサイオンでの作法やしきたりなど、帝国には通じないだろう。
(堅苦しいのかしら)
大自然に囲まれてのびやかに育ったスーには、鳥かごに閉じ込められるような閉塞感を予感させる。
少し気持ちが憂鬱になったが、二日酔いのせいだと決めつけて、深く考えない。
自分は帝国が恒久の庇護を約束した王家の姫である。その契約はこの婚姻にも影響をもたらしているらしく、迎えの馬車は華やかに飾られ、壮麗だった。
花嫁を敬い、歓迎すると誇示しているのだ。帝国クラウディアとサイオンが対等であるという意思が、迎えの馬車の造作に宿っていた。外観も内も煌びやかな装飾や花で飾られている。馬車に従うように、盛装した帝国の兵が列を成して続く。厳かで華やかな行進だった。
帝国クラウディアの配慮を感じる。
スーは顔をあげて、小さな窓から外を見た。王国の人々が花道を作っている。昨日から引き続き祝福に満ちた光景だった。
二日酔いを和らげるように、鼻腔をくすぐる爽やかな花の香り。スーは気合を入れるかのように、自分の頬をパチパチと手で叩く。出だしは最悪だったが、まだこれから挽回できるはずだと気持ちを立て直した。
スーを乗せた華やかな馬車。永く続く荘厳な行進。
美しい列はサイオンの中心街を出てからも、山道近くまで長く続いた。
何でもないはずの振動が、頭に響く。
(はじめが肝心なのに!)
昨日は王国をあげて宴になった。サイオンは人口も多くないので、王女の嫁入りはすぐに狭い王国全土に知れ渡る。スーは王女としての挨拶がおわると、厳かな気持ちでサイオンの想い出と一緒に荷物をまとめようと思っていたが、感傷に浸る間もなく酒宴に駆り出された。
昨夜の記憶は全くない。
泥酔して目覚め、今に至る。
(完全にやらかしたわ!)
結婚に夢を見ていないが、幸せになることを諦めたわけではない。
なのに、はじめからこの体たらく。二日酔いでふらつくスーに、父は着の身着のままで大丈夫だと笑う。着飾ることが無駄だといいたげな様子で、スーを送り出した。母も何を考えているのか、スーは中身が素晴らしいから、そのままで十分美しいと、碌な支度もさせずスーの背中を押した。
(たとえ帝国が着のみ着のままで良いといっても、そんなの建前にきまってるでしょうが!)
「姫様、大丈夫ですか?」
隣に座るユエンが、頭を抱えるスーをのぞき込む。
帝国には独りで赴こうと考えていたが、どうやらユエンが侍女として伴ってくれることが、以前から決まっていたようだ。
本当に自分だけが、何も知らなかった。
幼い頃から王家の使用人として傍にいてくれたユエンが一緒に来てくれることは、素直に嬉しい。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう。ユエン」
ユエンは使用人の中でも凛と模範的な年配の侍女だった。昔はさぞ美しい女性だっただろう。少し冷たい印象の熟女で、ミステリアスにさえ感じられるが、外見にそぐわず本人はとても情深い。長年王家に仕え、スー以上に王家の事情に詳しかったりする。
彼女の顔を見ると、スーは少しだけ自分の失態が薄まった気になる。ユエンは最低限の支度を整え、嫁入りとしての持ち物を整えてくれていた。
とはいえ、荷には華やかさがかけらもない。まるで近場に旅行に赴くような、小さな荷物だった。
(でも、父様と母様は大丈夫かしら)
王家といえども、大国の下級貴族にも見えないような貧乏小国である。使用人は片手で数えられるほどしかいない。しっかり者のユエンがいなくなって、大丈夫だろうかと心配にもなる。
(まぁ、なるようになるでしょ)
スーは二日酔いの頭で、両親から説明された今後の成り行きを思い返した。
(わたしが帝国の話題を避けてきたのが悪いけど)
これまでの意図的な無関心さを呪い、深く反省しながら、スーはため息をついた。
(でも、こんなにギリギリまで教えてくれないなんて! そもそも出立の朝にまくしたてるようなことじゃないわよ)
両親の能天気さを呪いながら、頭に響く馬車の振動にうめく。
物心ついた時から、心の片隅を占めていた帝国との政略結婚。
帝国からの迎えがあったものの、実際に皇太子の花嫁になるまでには、猶予があるらしい。妃としての一通りの作法や、教育を受ける期間を設けられているのだ。
たしかにド田舎の貧乏小国であるサイオンでの作法やしきたりなど、帝国には通じないだろう。
(堅苦しいのかしら)
大自然に囲まれてのびやかに育ったスーには、鳥かごに閉じ込められるような閉塞感を予感させる。
少し気持ちが憂鬱になったが、二日酔いのせいだと決めつけて、深く考えない。
自分は帝国が恒久の庇護を約束した王家の姫である。その契約はこの婚姻にも影響をもたらしているらしく、迎えの馬車は華やかに飾られ、壮麗だった。
花嫁を敬い、歓迎すると誇示しているのだ。帝国クラウディアとサイオンが対等であるという意思が、迎えの馬車の造作に宿っていた。外観も内も煌びやかな装飾や花で飾られている。馬車に従うように、盛装した帝国の兵が列を成して続く。厳かで華やかな行進だった。
帝国クラウディアの配慮を感じる。
スーは顔をあげて、小さな窓から外を見た。王国の人々が花道を作っている。昨日から引き続き祝福に満ちた光景だった。
二日酔いを和らげるように、鼻腔をくすぐる爽やかな花の香り。スーは気合を入れるかのように、自分の頬をパチパチと手で叩く。出だしは最悪だったが、まだこれから挽回できるはずだと気持ちを立て直した。
スーを乗せた華やかな馬車。永く続く荘厳な行進。
美しい列はサイオンの中心街を出てからも、山道近くまで長く続いた。