122:教訓地区パルミラ

文字数 2,087文字

 軍の飛空艇が教訓地区パルミラの沿岸に着水した。わずかな振動を感じながら、ルカは船橋から海岸線に目を向ける。

 皇太子と王女の会見日が決定した翌日に、偵察隊は帝都を出発した。速やかな行動はガウスの手腕によるものだった。

 軍の偵察隊に動向してルカとリンも秘密裏に現地入りを果たす。表向きは会見日に到着することになっているが、それまでに何としてもスーを取り戻さなくてはならない。

 着水した飛空艇は減速を続け、パルミラの(おか)に続く岩礁に添って停泊する。

 ルカの幼少期に、カリグラによって放たれた「クラウディアの粛清」の爪痕が、海岸から続く土地にも色濃く残っていた。人々が住めるような復興はなされず、焼かれた街並みは苔むし、根を張った植物が浸食している。豊かに生い茂った木々があちこちで歪な塔を形成していた。

 自然の再生力が一面を緑に彩り、廃墟のあとを謳歌する植物の力強さだけが際立つ。
 人が住む気配はなく、海岸線から臨むと、まるで無人島のようにも見えた。

 本来は元帥として軍を率いるルカは、王女との会見にあたって、後日皇太子としてパルミラに訪問する予定となっている。そのため偵察隊の指揮は元帥補佐官のガウス・ネルバに一任されていた。ひときわ目立つ立派な体躯で船橋の中央に立ち、ガウスが端末に入る各配置からの報告を受けている。

「殿下、リン殿からも連絡が入っております」

 ガウスが軍服をまとっても逞しさの目立つ身体をこちらに向けて告げた。

「つないでくれ」

 ルカが自身の端末に目を向けると、画面上に艇内の一室を背景に映しながらリンが現れた。

「殿下、僕はすこし付近を散策したいのですが、許可はいただけますか?」

「スーを救出に向かうのであれば、私もご一緒します」

「到着早々にそれはないでしょう」

 リンは笑っている。

「僕がもつパルミラの情報は机上のものです。現実的な地理感が足りないので、すこし見て回りたいだけですよ」

 ルカの胸中でリンを一人にする懸念が高まるが疑う理由もない。

「わかりました。手配します。念の為、警護の者をつけますので」

「ありがとうございます。すぐに戻りますので。ご心配なく」

「ディオクレア大公の監視には充分気を付けて下さい」

「心得ていますよ。では殿下、また後ほど」

 リンはあっさりと端末を閉じてしまう。ルカはすぐに傍らのガウスを見た。

「彼の監視は万全か」

「はい。リン殿の現在地を把握する準備は整っています。軍の地方管轄の者を陸路からパルミラへ派遣して配置させていますし、彼の付近には精鋭もつけています」

 ガウスが素早くリンの外出について手配するように、端末から乗組員に通達している。

「ありがとう、ガウス。彼がパルミラに地理感がないのは事実だろう。大公はサイオンを抑制する手段を講じているだろうし、いくらリン殿でも到着早々大胆な動きはできないと思いたいが」

「はい。大丈夫ですよ、殿下。我が軍の精鋭は甘くない。それにサイオンの動きについては、皇帝陛下主導の元あらゆる方面から監視が成されておりますので、殿下がそれほど懸念することはありません」

 力強く笑ってくれるガウスを見ながら、ルカはふっと肩から力を抜いた。自嘲的に小さく笑ってしまう。

「私は未熟だな。やはりユリウス陛下は、私よりもはるか先を見据えて歩んでおられる」

「そうですな。しかし、陛下がそうご決断できたのは、殿下が同じ希望を抱いていると気づかれたからです。殿下がサイオンの残した遺跡を脅威に思い、また第零都の真実を憂い、そこから築いてきた軌跡があっての陛下のご決断でしょう」

「陛下はいつも、私の肩の荷を軽くしてくれる」

「それはお互い様ではありませんかな」

 ガウスは朗らかに笑っている。

「私は殿下が打ち明けてくださった時、嬉しくてたまりませんでしたよ。ようやく殿下が自ら助けを求めてくれたのかと」

 彼の様子に心なしか喜色が漏れているのはルカの思い違いではないだろう。ガウスはいつでも温厚で朗らかだが、声がいつもにまして弾んでいる。

「カリグラ様と戦う決意を明かされた時と同じくらい、いえ、それ以上に私は感銘を受けました」

「大袈裟だな」

「お父上の時は皇帝陛下のためであり、クラウディアのためでした。でも今回は殿下自身のご希望のためです。これは大いに喜ぶべきことかと」

「だが、とてつもなく無謀な希望だ」

「でも殿下は諦めておられない」

 ガウスは嬉しそうだった。思えば自分のために何かを乞うことがなかったのだと気づく。

 物心ついてから今まで。
 スーに出会うまで。

 ルカの立つ世界は色彩を欠いていた。

 ガウスがそんな自分を案じていたことはうすうす気づいていた。けれど、ルカにはずっと受け入れることのできない危惧だった。彼の心配に気づかぬふりをして、無彩色に感じる世界で気丈に立っていた。立っていたつもりだったのだ。

「でも、まさか陛下がおまえと宰相にサイオンのことを打ち明けていたとは思わなかったな」

 ルカの脳裏に帝都を発つ前の一幕が蘇る。ガウスとルキアに意を決してサイオンの機密を告白した場面。思い返すだけで、その時の緊張感がよぎる。
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