143:皇太子との夜のために

文字数 2,175文字

「その……、実は! わたしはルカ様との寝室での行いを素晴らしいものにしたいと思い、親しくしてくださっているご令嬢の方々から色々と情報を集めているのですが!」

 一足跳びに暴露すると、さらに恥じらいがこみ上げてきて、スーは茹で上がりそうなほど顔に熱が集中するのを感じた。

「寝室での情報を……、殿下のために」

「はい、わたしは帝国貴族の方々が当然と考える夜の作法にも疎いですし、そう言った経験が何もございませんので、せめてルカ様のためにできることはやっておこうかと」

 真っ赤な顔のまま意欲を伝えてみたが、恥ずかしさはゆるまない。ヘレナは向かいの長椅子にかけていたが、起ち上がるとスーの隣にやってきて、そっと肩を抱いてくれた。

「スー様は本当に健気なお方で、わたくしですら抱きしめたくなってしまいますわ」

 打ち明けた相談事は男女感の繊細な話題であり、一歩間違えれば下品な話になるが、ヘレナは優しく受け止めてほほ笑んでくれる。

 スーはヘレナのあたたかさを感じて、ほっと気持ちが緩んだ。

「それで、気になるお話とはどのようなことでしょうか?」

 ヘレナは帝国の風俗にも通じているのだ。心強いと思いながら、スーは包み隠さず話した。

「あの、――ルカ様はそういったことが初めての女性は敬遠されるのだと伺いました。きっと、手ほどきされるのが面倒なのだろうと」

 ヘレナは言葉を選んでいるのか、反応に不自然な間があった。

「……たしかにそう言った噂があることは、わたくしも否定はいたしませんが」

「では、やはり本当なのですね!」

「いえ、スー様。もしそれが事実であったとしても、スー様には関係のないことですわ。むしろスー様が純潔を守っておられることは、殿下にとっては喜ばしい事なのではないでしょうか」

「いいえ、ヘレナ様! わたしはルカ様の手を煩わせるようなことは避けたいのです! できるだけ気遣いをさせないような寝室での行いを習いたいのです」

「スー様は妃教育ですべて学んでおられるはずなので、それで充分だと思います」

「ですが、妃教育での閨房の心得では、ルカ様に丸投げ……いえ、すべてお任せするような作法しか教えてくださいません」

「はい。ですから、それで良いのだと思います」

「ルカ様が面倒に思われることがわかっているのに、本当にそれで良いのでしょうか?」

 スーにとっては、切実な問題である。せっかく手に入れたバラ色の日々を、自分の怠惰で台無しにすることだけは避けたい。

 帝国貴族の夜の常識を知るにつれ、スーの中には焦りが生まれた。男女の艶事に対して未経験であることが、じわじわと不安を煽ってくる。何もしらないままルカとの夜を迎えることに、途轍もない危機感を抱いていた。

 女性の初めてに苦痛が伴うことは知っている。だからこそ寝室でただ苦痛に耐えるだけの自分では、ルカの期待に応えられないだろう。

 このままでは華麗に大人の階段をのぼれない。
 ルカが自分を気遣うだけでは駄目なのだ。そんな夜では彼には何の悦びも楽しみもない。

「ヘレナ様、お願いです。ルカ様との夜が素敵なものとなるように、どうかわたしにお力をお貸しください」

 なんとしてもヘレナの力を借りて、ルカを悦ばせることができる術を手に入れる必要がある。

「ヘレナ様は高尚な娼館を営んでおられますし、事前に自分の身体をならしておく方法などもご存知ではないでしょうか?」

 切実に訴えみるが、ヘレナは驚いたように目を丸くしている。

「スー様にはまったく必要ございません。どうか殿下を信じてお任せください。わたくしがそのようなことを手ほどきすれば、殿下の逆鱗に触れることになりますわ」

「でも、このままではわたしはただの面倒くさい女です」

「愛しい女性を手ほどきすることを面倒だと思うような殿方はいらっしゃいません。ご令嬢方のお話は誇張されいることもございます。スー様はすこし考えすぎですわ」

「――そうでしょうか?」

「はい。愛しい人と触れ合えることは、それだけで尊く幸せなことです。殿下も同じです」

 ヘレナはスーの両手をとって、優しく握りしめてくれた。

「スー様は何も難しく考えず、殿下にすべてお任せになってください。二人の時間は、これからゆっくりと育んでいくべきことです。スー様はどんな時も、感じたままをお伝えになって、ただ素直な気持ちで殿下のお傍にあれば、それでよろしいのですよ」

「どんな時も感じたまま、素直な気持ちで……」

「はい」

 真っ直ぐにそそがれるヘレナの視線は思いやりに満ちている。嘘があるとは思えない。

(言われてみれば、ルカ様は素直な女性がよいと仰っていたわ)

 帝国に来たばかりの頃、スーはルカに好みの女性を聞いたことがあった。彼はまわりくどい女性が苦手だと言っていた。素直な女性が好みだと。

(たしかに夜の行いが、付け焼き刃でどうにかなるはずもない)

 スーは自分の中にあった一抹の不安が小さくなるのを感じた。

(二人きりの時間は、これからルカ様と一緒に育んでいくべきこと……)

 ようやくルカと思いを通わせて、出発点に立てただけなのだ。どんなことも今は未熟さを隠さず、素直でいるべきなのだろう。

「ルカ様はそれで悦んでくださるのでしょうか?」

「もちろんです」

 スーは自分の手を握るヘレナの手を、しっかりと握り返した。

「ありがとうございます、ヘレナ様」
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