128:かけがえのない王女の想い
文字数 2,013文字
どういう意図があるのかわからなかったが、ルカは目前で開かれた頁にスーの筆跡を見て思わず手を伸ばした。白紙の上に法則性もなく何かが書かれている。
(ルカ様にあえたら元気が出るのに)
(落ち込んでいる場合ではなかったわ、どうすればいいのかしっかり考えなくては)
スーらしい前向きな文面だった。
(ここに来てからどのくらい時間が経ったのだろう。ルカ様と連絡がとれない状態が続いている)
(どうにかしてここから出る方法を考えなければいけない。時折やってくる女は全く話を聞いてくれない)
思いついたことをメモするような一貫性のない文章だった。
(わたしとそっくりな彼女。双子でしかありえないけれど、もし本当に天女の複製だったとしたら、ディオクレア大公殿下のおっしゃっていたことは本当なの?)
(本当にルカ様はすべてを知っていたのかしら?)
記された言葉はとりとめがなく、日記というほどしっかりとした内容でもない。
(ルカ様に会いたい)
(声を聞けば、きっとこんな気持ちはすぐに晴れる)
(連絡を取る方法を考えなければ)
(きっと全て作り話だと笑ってくれる)
自分の気持ちを整理するための呟きのようだった。書き綴られたことから、スーがディオクレアにサイオンの真実を聞いたことがうかがえる。全てを聞かされたスーがどんな気持ちでいたのかを思うと、ルカはそれだけで胸が苛まれた。
(ディオクレア大公殿下の仰ったことは本当かしら?)
(麗眼布があればよく眠れるのに)
(私は本当に生贄なの?)
ページを繰るごとに、だんだんと綴られる筆跡が乱れ始めるのがわかる。
(私は信じない)
(ルカ様を信じる)
(ここから出られない)
(吐き気がする)
時折、文字が不自然ににじんでいる。紙面が濡れて乾いたように歪んでいた。
(眠れない)
(頭が痛い)
(ルカ様に会いたい)
紙面の歪みが涙の痕なのだとわかると、呟きとともに黒く塗りつぶされた文字や、無造作に破かれた頁が目立つようになっていく。
彼女の心をあらわすかのように、筆跡が歪んで震えていた。
(複製なんて気持ち悪い)
(気分が悪い)
(きっとルカ様に迷惑だった)
(頭が割れるように痛い)
綴られたスーの言葉も片言になり、さらに文字がみだれていく。
(痛い)
(苦しい)
紙面に残されているのは、蝕まれていくスーの心の軌跡だった。
(気が狂いそう)
(苦しい)
(眠りたい)
(ルカ様の)
(声が聞きたい)
ルカはやりきれない気持ちのまま、さらに頁を繰った。
続きを見るのが恐ろしかったが、見届けなくてはならない気がした。
空白の目立つ紙面に、点々とスーの健気な心が見え隠れしている。
(会いたい)
(あいたい)
(ルカさまに)
(苦しい)
(かなしい)
失われ蝕まれていく正気。それでも記されるのは、ひたむきな想い。
(ルカさまが)
(だいすき)
(ルカさま)
(かなしい)
意識を失う間際まで、それでも彼女の胸の中にあったのは。
(だいすき)
(るかさま)
スーの文字を追う紙面に、パタリと雫が落ちた。ルカの視界が熱をはらみ、ぼやけて揺らめく。濡れた文字がじわじわとにじんだ。振り絞るようにつづられた文字の上にパタパタと涙が落ちる。
(るかさま)
最後までつづられていたのは、ルカへの気持ちだった。
(だいすきで)
(ごめんなさい)
「ーーーーっ……」
声にならない嗚咽で、ルカの肩が震える。こらえようと思っても、押し寄せた感情をせき止める術がない。
次々に溢れ出た涙で世界が揺らめき、何も見えなくなる。
ただスーの想いだけが募っていく。
彼女が謝ることなど何もない。
謝らなければならないのは自分で、伝えなければならない言葉を、まだ何も伝えていない。
彼女の一心さに報いず、そそがれ続けた献身に何一つ返していないのだ。
自分はただ与えられただけだった。
彼女から。
愛しく、鮮やかな世界を。
「スー……」
こんなに悲しい気持ちを抱かせたまま、彼女を眠らせることなどできない。
最後だと認めることはできなかった。
ルカは寝台に横たわるスーの顔に触れる。動かない表情のまま、像をうつさない赤い瞳。虹彩が煌めく結晶のように美しいのに、何も見えていないのだ。弾けるような笑顔が幻のように遠い。
「スー、……もう一度、ーー笑って……」
笑ってほしい。心からの願いだった。
無邪気な笑顔でずっと傍にあってほしい。
ルカは彼女のぬくもりのない体を抱き寄せた。柔らかい。同時にふわりと花のような香りが広がる。なつかしくさえ感じる、スーの放つ甘い芳香。
(まだ生きている)
ルカは抱き寄せたスーの体を感じながら、彼女が生きていることを強く心に刻んだ。嘆くのはふさわしくない。諦めないと心に決めたことを思い出す。
(スーはここにいる。絶対に取り戻してみせる)
彼女の想いに報いるために、伝えるために、ここで諦めることはできない。立って歩み続ければ開ける道があるのだと信じる。
スーが自分を信じてくれたように。
(ルカ様にあえたら元気が出るのに)
(落ち込んでいる場合ではなかったわ、どうすればいいのかしっかり考えなくては)
スーらしい前向きな文面だった。
(ここに来てからどのくらい時間が経ったのだろう。ルカ様と連絡がとれない状態が続いている)
(どうにかしてここから出る方法を考えなければいけない。時折やってくる女は全く話を聞いてくれない)
思いついたことをメモするような一貫性のない文章だった。
(わたしとそっくりな彼女。双子でしかありえないけれど、もし本当に天女の複製だったとしたら、ディオクレア大公殿下のおっしゃっていたことは本当なの?)
(本当にルカ様はすべてを知っていたのかしら?)
記された言葉はとりとめがなく、日記というほどしっかりとした内容でもない。
(ルカ様に会いたい)
(声を聞けば、きっとこんな気持ちはすぐに晴れる)
(連絡を取る方法を考えなければ)
(きっと全て作り話だと笑ってくれる)
自分の気持ちを整理するための呟きのようだった。書き綴られたことから、スーがディオクレアにサイオンの真実を聞いたことがうかがえる。全てを聞かされたスーがどんな気持ちでいたのかを思うと、ルカはそれだけで胸が苛まれた。
(ディオクレア大公殿下の仰ったことは本当かしら?)
(麗眼布があればよく眠れるのに)
(私は本当に生贄なの?)
ページを繰るごとに、だんだんと綴られる筆跡が乱れ始めるのがわかる。
(私は信じない)
(ルカ様を信じる)
(ここから出られない)
(吐き気がする)
時折、文字が不自然ににじんでいる。紙面が濡れて乾いたように歪んでいた。
(眠れない)
(頭が痛い)
(ルカ様に会いたい)
紙面の歪みが涙の痕なのだとわかると、呟きとともに黒く塗りつぶされた文字や、無造作に破かれた頁が目立つようになっていく。
彼女の心をあらわすかのように、筆跡が歪んで震えていた。
(複製なんて気持ち悪い)
(気分が悪い)
(きっとルカ様に迷惑だった)
(頭が割れるように痛い)
綴られたスーの言葉も片言になり、さらに文字がみだれていく。
(痛い)
(苦しい)
紙面に残されているのは、蝕まれていくスーの心の軌跡だった。
(気が狂いそう)
(苦しい)
(眠りたい)
(ルカ様の)
(声が聞きたい)
ルカはやりきれない気持ちのまま、さらに頁を繰った。
続きを見るのが恐ろしかったが、見届けなくてはならない気がした。
空白の目立つ紙面に、点々とスーの健気な心が見え隠れしている。
(会いたい)
(あいたい)
(ルカさまに)
(苦しい)
(かなしい)
失われ蝕まれていく正気。それでも記されるのは、ひたむきな想い。
(ルカさまが)
(だいすき)
(ルカさま)
(かなしい)
意識を失う間際まで、それでも彼女の胸の中にあったのは。
(だいすき)
(るかさま)
スーの文字を追う紙面に、パタリと雫が落ちた。ルカの視界が熱をはらみ、ぼやけて揺らめく。濡れた文字がじわじわとにじんだ。振り絞るようにつづられた文字の上にパタパタと涙が落ちる。
(るかさま)
最後までつづられていたのは、ルカへの気持ちだった。
(だいすきで)
(ごめんなさい)
「ーーーーっ……」
声にならない嗚咽で、ルカの肩が震える。こらえようと思っても、押し寄せた感情をせき止める術がない。
次々に溢れ出た涙で世界が揺らめき、何も見えなくなる。
ただスーの想いだけが募っていく。
彼女が謝ることなど何もない。
謝らなければならないのは自分で、伝えなければならない言葉を、まだ何も伝えていない。
彼女の一心さに報いず、そそがれ続けた献身に何一つ返していないのだ。
自分はただ与えられただけだった。
彼女から。
愛しく、鮮やかな世界を。
「スー……」
こんなに悲しい気持ちを抱かせたまま、彼女を眠らせることなどできない。
最後だと認めることはできなかった。
ルカは寝台に横たわるスーの顔に触れる。動かない表情のまま、像をうつさない赤い瞳。虹彩が煌めく結晶のように美しいのに、何も見えていないのだ。弾けるような笑顔が幻のように遠い。
「スー、……もう一度、ーー笑って……」
笑ってほしい。心からの願いだった。
無邪気な笑顔でずっと傍にあってほしい。
ルカは彼女のぬくもりのない体を抱き寄せた。柔らかい。同時にふわりと花のような香りが広がる。なつかしくさえ感じる、スーの放つ甘い芳香。
(まだ生きている)
ルカは抱き寄せたスーの体を感じながら、彼女が生きていることを強く心に刻んだ。嘆くのはふさわしくない。諦めないと心に決めたことを思い出す。
(スーはここにいる。絶対に取り戻してみせる)
彼女の想いに報いるために、伝えるために、ここで諦めることはできない。立って歩み続ければ開ける道があるのだと信じる。
スーが自分を信じてくれたように。