87:王女の謝罪
文字数 2,085文字
潮風のなごりを感じながら船をおりたあと、ルカは徒歩で浜辺をたどる。気持ちを整えるために、黙々と白い砂浜を歩きつづけた。ようやく車での帰途につくと、夕日の気だるげな輝きが水平線に近づいている。
両親への追悼。そしてこれまでの行いへの懺悔。
海の広大さに胸を借りるように、自分に悔いることを許すひととき。
例年どおり独りで過ごすことを選んだが、ルカは海を眺めながら、何度かスーのことを思う瞬間があった。
帰路を走る車から夕焼けの鮮やかな色を眺めていると、再びスーのことを思いだす。海辺を離れたのが夕刻となると、私邸へ到着する頃には夜になっている。
もっと早く帰るべきだったと考えていると、車中につながる端末から呼びだしがあった。
両親の命日をルカがどのように過ごすのかを、近臣は心得ている。そんな日に連絡が入るのは、よほどのことである。
嫌な情報だろうと覚悟して端末にむかうと、相手はルキアだった。
ルカの予想を裏切り、伝えられた内容に深刻さはない。
彼は皇太子であるルカの許可を得ず行ったことに悪びれる様子もなく、スーのことを話すとすぐに通信をきった。
多くを語らなかったが、ルキアが何のためにそんなことをしたのかわからない。
ルキアとヘレナはルカが外出後、スーを連れ出して後を追い、今日のルカの行動を観察していたらしい。
自分のあとを追ってスーを合流させるのならまだしも、尾行することに何の意味があるのだろう。
複雑な気持ちで私邸へもどると、玄関ホールに入った瞬間、黒っぽい塊がとんできた。
「おかえりなさいませ! ルカ様!」
あたりに広がった花のような香りで、ルカにはすぐに跳びついてきたのがスーだとわかる。
抱えるように受けとめると、いつもと変わらない様子にほっと気がゆるんだ。
「ただいま戻りました」
「ルカ様」
ぎゅうっと自分にしがみついている腕が、いつもより力強い。
「スー?」
呼びかけると、彼女があわてたように身をはなす。珍しく白い顔が茹であがることもない。恥じらいとは別の戸惑いがあるようだった。
「どうかしましたか?」
小柄なスーに合わせるように、うかがうように身を屈めて顔をよせた。スーは背筋を伸ばして、はっきりとした声で訴える。
「あの、じつはルカ様に大切なお話があります」
「大切な話?」
「はい」
あらためて見ると、スーも黒い装いをしていた。彩度のないドレスに、赤い瞳の鮮やかさが目立つ。クラウディアでの妃教育でも、すでに五年前の内乱については学んている。彼女も今日がどういう日かは心得ているのだろう。
加えて、ルキアとヘレナが何らかの色付けをしたにちがいない。
「では、夕食をとりながらうかがいます」
「いえ、今夜はルカ様のお部屋で二人きりでお話がしたいです」
大胆な主張だと思ったが、スーは気迫のこもった顔をしている。館の者とくわだててくるお色気作戦とは違う意味がありそうだった。
「わかりました。では、夕食のあとで」
快諾すると、スーの笑顔が花ひらく。胸に手をそえて、安堵しているようにも見えた。
「ありがとうございます」
「申し訳ありません! ルカ様!」
夕食後、ルカの私室にやってくるなり、スーはその場に五体投地しそうないきおいで、ビタッと平伏した。
「スー!?」
ルカはぎょっとして、すぐにスーの前に駆け寄るとひざまづく。
思えば夕食のときもスーは始終そわそわと落ち着きがなかった。
手を引いて立ち上がらせようと試みても、スーはびくともせず、平伏したまま一気にわびる。
「じつは今日、ルカ様に内緒でこっそりと後をついて回っておりました! ルカ様のお独りの時間をのぞき見するような真似をしてしまい、本当に申し訳ありません! それにルカ様の許可をえず勝手に邸をでてしまい、かさねて申し訳ありません」
スーの告白は、すでにルキアから報告されていたことだった。それでも、まさか彼女がここまで赤裸々に隠しごとを暴露するとは考えていない。愚直さはスーの美徳ではあるが、帝国貴族としては駆けひきや秘めごとができない裏表のなさは危うい気もした。
「顔をあげてください。スーの今日の行動はすでにルキアから報告を受けています」
「え?」
スーはおそるおそる顔をあげてルカをあおぐ。
「では、本日のことは、じつはルカ様がルキア様にお命じになっておられたのですか?」
どうやらルキアを疑う心根も持ち合わせていないらしい。スーのなかに築かれたルキアへの信頼がゆらぐのは困るが、ルカは素直に否定した。
「いいえ。私が命じたことではありません。ですから、ルキアも色々と問題行動をしていることになりますね」
「そうですか。でも、ルキア様もルカ様には隠しごとができないのですね」
良かったと言いたげに、スーがほっと息をついた。
ルカはスーの手をひいて立ちあがらせると、長椅子へ座るようにうながす。自分も向かいに座って、晩酌のひとときと同じ位置についた。
「裏表のなさはあなたの良いところですが、すこし心配になりますね」
自分のかんじた危うさを、スーには伝えておくべきだと思えた。
「どうしてですか?」
両親への追悼。そしてこれまでの行いへの懺悔。
海の広大さに胸を借りるように、自分に悔いることを許すひととき。
例年どおり独りで過ごすことを選んだが、ルカは海を眺めながら、何度かスーのことを思う瞬間があった。
帰路を走る車から夕焼けの鮮やかな色を眺めていると、再びスーのことを思いだす。海辺を離れたのが夕刻となると、私邸へ到着する頃には夜になっている。
もっと早く帰るべきだったと考えていると、車中につながる端末から呼びだしがあった。
両親の命日をルカがどのように過ごすのかを、近臣は心得ている。そんな日に連絡が入るのは、よほどのことである。
嫌な情報だろうと覚悟して端末にむかうと、相手はルキアだった。
ルカの予想を裏切り、伝えられた内容に深刻さはない。
彼は皇太子であるルカの許可を得ず行ったことに悪びれる様子もなく、スーのことを話すとすぐに通信をきった。
多くを語らなかったが、ルキアが何のためにそんなことをしたのかわからない。
ルキアとヘレナはルカが外出後、スーを連れ出して後を追い、今日のルカの行動を観察していたらしい。
自分のあとを追ってスーを合流させるのならまだしも、尾行することに何の意味があるのだろう。
複雑な気持ちで私邸へもどると、玄関ホールに入った瞬間、黒っぽい塊がとんできた。
「おかえりなさいませ! ルカ様!」
あたりに広がった花のような香りで、ルカにはすぐに跳びついてきたのがスーだとわかる。
抱えるように受けとめると、いつもと変わらない様子にほっと気がゆるんだ。
「ただいま戻りました」
「ルカ様」
ぎゅうっと自分にしがみついている腕が、いつもより力強い。
「スー?」
呼びかけると、彼女があわてたように身をはなす。珍しく白い顔が茹であがることもない。恥じらいとは別の戸惑いがあるようだった。
「どうかしましたか?」
小柄なスーに合わせるように、うかがうように身を屈めて顔をよせた。スーは背筋を伸ばして、はっきりとした声で訴える。
「あの、じつはルカ様に大切なお話があります」
「大切な話?」
「はい」
あらためて見ると、スーも黒い装いをしていた。彩度のないドレスに、赤い瞳の鮮やかさが目立つ。クラウディアでの妃教育でも、すでに五年前の内乱については学んている。彼女も今日がどういう日かは心得ているのだろう。
加えて、ルキアとヘレナが何らかの色付けをしたにちがいない。
「では、夕食をとりながらうかがいます」
「いえ、今夜はルカ様のお部屋で二人きりでお話がしたいです」
大胆な主張だと思ったが、スーは気迫のこもった顔をしている。館の者とくわだててくるお色気作戦とは違う意味がありそうだった。
「わかりました。では、夕食のあとで」
快諾すると、スーの笑顔が花ひらく。胸に手をそえて、安堵しているようにも見えた。
「ありがとうございます」
「申し訳ありません! ルカ様!」
夕食後、ルカの私室にやってくるなり、スーはその場に五体投地しそうないきおいで、ビタッと平伏した。
「スー!?」
ルカはぎょっとして、すぐにスーの前に駆け寄るとひざまづく。
思えば夕食のときもスーは始終そわそわと落ち着きがなかった。
手を引いて立ち上がらせようと試みても、スーはびくともせず、平伏したまま一気にわびる。
「じつは今日、ルカ様に内緒でこっそりと後をついて回っておりました! ルカ様のお独りの時間をのぞき見するような真似をしてしまい、本当に申し訳ありません! それにルカ様の許可をえず勝手に邸をでてしまい、かさねて申し訳ありません」
スーの告白は、すでにルキアから報告されていたことだった。それでも、まさか彼女がここまで赤裸々に隠しごとを暴露するとは考えていない。愚直さはスーの美徳ではあるが、帝国貴族としては駆けひきや秘めごとができない裏表のなさは危うい気もした。
「顔をあげてください。スーの今日の行動はすでにルキアから報告を受けています」
「え?」
スーはおそるおそる顔をあげてルカをあおぐ。
「では、本日のことは、じつはルカ様がルキア様にお命じになっておられたのですか?」
どうやらルキアを疑う心根も持ち合わせていないらしい。スーのなかに築かれたルキアへの信頼がゆらぐのは困るが、ルカは素直に否定した。
「いいえ。私が命じたことではありません。ですから、ルキアも色々と問題行動をしていることになりますね」
「そうですか。でも、ルキア様もルカ様には隠しごとができないのですね」
良かったと言いたげに、スーがほっと息をついた。
ルカはスーの手をひいて立ちあがらせると、長椅子へ座るようにうながす。自分も向かいに座って、晩酌のひとときと同じ位置についた。
「裏表のなさはあなたの良いところですが、すこし心配になりますね」
自分のかんじた危うさを、スーには伝えておくべきだと思えた。
「どうしてですか?」