134:切なる王女の訴え
文字数 2,068文字
「ずっと小康状態を保っておられたのですが、今朝から容体が悪化をはじめ、さきほどついに皇族専門医から皇帝陛下にもおいでになるようにお声がかかりました」
スーとルキアを乗せた皇家の車が病院へと向かう途中、車内でルキアが状況を説明してくれる。
皇帝にまで招集をかけるとなると、事態は深刻を極めている。
言われていることは理解できるのに、スーは考えることを放棄したかのように頭の中が真っ白になっていた。まるで頭が回転してくれない。
あまりにも突然の成り行きに現実感がなかった。気持ちが追いついていないのだ。
「――いまは一刻を争います」
まだ夢を見ているのではないかと思うのに、ルキアの声がスーを竦 ませる。全身の血が凍りつきそうだった。
「ルカ様が……」
ぶるぶるとこごえるような震えが、体の芯から競り上がってくる。
「ルカ様にいったい何があったのですか?」
隣の座席でルキアが祈るように手を組み合わせて、その手に顔を伏せていた。
「殿下は火災による爆風で左肩から背中にかけて火傷を負い、……火傷自体は命に関わるものではありませんが、煙による中毒症状が重篤で――っ」
ルキアが声を詰まらせるのを聞いて、スーはますます不安に襲われる。一呼吸おいて感情の波をおさえたのか、ルキアが続けた。
「申し訳ありません。スー様もお目覚めになられたばかりで混乱されているのに。――とにかく、殿下はとても無茶をされました」
ルキアの声に憔悴の色が感じられる。理由を聞けるような様子ではなく、聞いたところで、ルカの容体が回復するわけでもないと、スーは口を閉ざした。
「スー様、どうか今は殿下の無事を祈ってください」
「――はい」
震える手を組み合わせて、スーは固く目を閉じる。自分には祈ることしかできないのだ。
生きた心地がしないまま二人が皇家の専用病棟に到着すると、広い通路では多くの人々が慌ただしく動き回っている。
病棟には無機質さがなく、随所で目に入る医療機器がなければ貴族の豪邸と見紛うほど華やかだった。
ルカの病室は片側の壁面がガラス張りになっており、豪奢な室内の様子が通路に解放されている。
スーは思わず駆けだして病室と通路を隔てるガラスにはりつくように身を寄せた。
「ルカ様っ……」
豪邸の一室のように麗しい病室で、大きな寝台の周りだけがものものしい。多くの機器と線や管が繋がり、ルカの命をつなぎとめているのがわかった。寝台に横たわるルカの姿は、彼の周りで動く白衣に阻まれて見えない。
「スー様、こちらへ」
ルキアの声に従って視線を動かすと、病室内には両陛下やヘレナの姿があった。寝台からすこし離れた位置で、ルカの様子を見守っているのだ。
「あ……」
一瞬、両陛下の前で軽率な行動だったと思ったが、病室に入った途端そんな思考は失われてしまう。ピッピッという機械音が死神の足音のように規則的に鳴っている。すぐにルカの鼓動だと理解したが、音の間隔が明らかに遅かった。
今にも失われてしまいそうな弱々しさが伝わり、スーは息苦しくなる。寝台に目を向けると、ようやくルカの姿が見られたが、多くの機器につながれた様子は想像以上にスーの心を絶望へとかたむける。
(ルカ様……)
スーがもう少し近くに歩み寄りたいと思った時、規則正しく鳴っていた機械音が乱れた。次の瞬間には高らかな警告音が鳴り響く。寝台の周りに立つ医師たちがいっせいに動きはじめて、蘇生術を開始した。
「あ……」
甲高い警告音の向こう側で、何の拍動も示さない一直線の機械音が響いている。
(嘘よ!)
スーは一歩を踏み出して叫んだ!
「ルカ様! 駄目です! わたしはまだ何もルカ様のお役に立っていません!」
寝台に横たわるルカにつかみかかるような勢いで傍によると、周りの医師が止めるのもかまわずに訴える。
「かならずルカ様をお支えします! 絶対にです! ルカ様が寝たきりになっても大好きです! お支えします! 約束です! だから戻って来てください! このまま死んでしまったらわたしが毎日ルカ様の元に化けて出ます! 恨みます! ルカ様!」
悲鳴のような声で力の限り叫ぶが、室内に響く絶望的な機械音に変化はなかった。
「――う……」
スーの視界が涙でぼやけて、ルカの顔が見えなくなる。拍動を示さない機械音を聞きながら、なす術のない残酷さに身がすくみ、スーはその場に座り込んでしまう。
静寂の中に、変化のない無機質な機械音。
「そんな……、ルカさま……」
泣きじゃくりながら、絶望という真っ暗な深淵に飲まれそうになった時、スーの耳にピッと拍動を示す機械音が蘇った。
「あ……」
小さな音は、すこしの間をおいてもう一度鳴る。
まちがいなく不規則な拍動が刻まれていた。蘇った機械音はすぐに規則的になり、だんだんと安定していく。
力強く刻まれていく鼓動。
「……っ、ルカ様」
スーの視界が新たな涙で濡れる。
(――戻って来て、くれた)
何も言葉にできなかった。ただ熱い涙があふれて、ぼろぼろと頬を伝っていく。スーはこらえきれずにその場で声をあげて泣いた。
スーとルキアを乗せた皇家の車が病院へと向かう途中、車内でルキアが状況を説明してくれる。
皇帝にまで招集をかけるとなると、事態は深刻を極めている。
言われていることは理解できるのに、スーは考えることを放棄したかのように頭の中が真っ白になっていた。まるで頭が回転してくれない。
あまりにも突然の成り行きに現実感がなかった。気持ちが追いついていないのだ。
「――いまは一刻を争います」
まだ夢を見ているのではないかと思うのに、ルキアの声がスーを
「ルカ様が……」
ぶるぶるとこごえるような震えが、体の芯から競り上がってくる。
「ルカ様にいったい何があったのですか?」
隣の座席でルキアが祈るように手を組み合わせて、その手に顔を伏せていた。
「殿下は火災による爆風で左肩から背中にかけて火傷を負い、……火傷自体は命に関わるものではありませんが、煙による中毒症状が重篤で――っ」
ルキアが声を詰まらせるのを聞いて、スーはますます不安に襲われる。一呼吸おいて感情の波をおさえたのか、ルキアが続けた。
「申し訳ありません。スー様もお目覚めになられたばかりで混乱されているのに。――とにかく、殿下はとても無茶をされました」
ルキアの声に憔悴の色が感じられる。理由を聞けるような様子ではなく、聞いたところで、ルカの容体が回復するわけでもないと、スーは口を閉ざした。
「スー様、どうか今は殿下の無事を祈ってください」
「――はい」
震える手を組み合わせて、スーは固く目を閉じる。自分には祈ることしかできないのだ。
生きた心地がしないまま二人が皇家の専用病棟に到着すると、広い通路では多くの人々が慌ただしく動き回っている。
病棟には無機質さがなく、随所で目に入る医療機器がなければ貴族の豪邸と見紛うほど華やかだった。
ルカの病室は片側の壁面がガラス張りになっており、豪奢な室内の様子が通路に解放されている。
スーは思わず駆けだして病室と通路を隔てるガラスにはりつくように身を寄せた。
「ルカ様っ……」
豪邸の一室のように麗しい病室で、大きな寝台の周りだけがものものしい。多くの機器と線や管が繋がり、ルカの命をつなぎとめているのがわかった。寝台に横たわるルカの姿は、彼の周りで動く白衣に阻まれて見えない。
「スー様、こちらへ」
ルキアの声に従って視線を動かすと、病室内には両陛下やヘレナの姿があった。寝台からすこし離れた位置で、ルカの様子を見守っているのだ。
「あ……」
一瞬、両陛下の前で軽率な行動だったと思ったが、病室に入った途端そんな思考は失われてしまう。ピッピッという機械音が死神の足音のように規則的に鳴っている。すぐにルカの鼓動だと理解したが、音の間隔が明らかに遅かった。
今にも失われてしまいそうな弱々しさが伝わり、スーは息苦しくなる。寝台に目を向けると、ようやくルカの姿が見られたが、多くの機器につながれた様子は想像以上にスーの心を絶望へとかたむける。
(ルカ様……)
スーがもう少し近くに歩み寄りたいと思った時、規則正しく鳴っていた機械音が乱れた。次の瞬間には高らかな警告音が鳴り響く。寝台の周りに立つ医師たちがいっせいに動きはじめて、蘇生術を開始した。
「あ……」
甲高い警告音の向こう側で、何の拍動も示さない一直線の機械音が響いている。
(嘘よ!)
スーは一歩を踏み出して叫んだ!
「ルカ様! 駄目です! わたしはまだ何もルカ様のお役に立っていません!」
寝台に横たわるルカにつかみかかるような勢いで傍によると、周りの医師が止めるのもかまわずに訴える。
「かならずルカ様をお支えします! 絶対にです! ルカ様が寝たきりになっても大好きです! お支えします! 約束です! だから戻って来てください! このまま死んでしまったらわたしが毎日ルカ様の元に化けて出ます! 恨みます! ルカ様!」
悲鳴のような声で力の限り叫ぶが、室内に響く絶望的な機械音に変化はなかった。
「――う……」
スーの視界が涙でぼやけて、ルカの顔が見えなくなる。拍動を示さない機械音を聞きながら、なす術のない残酷さに身がすくみ、スーはその場に座り込んでしまう。
静寂の中に、変化のない無機質な機械音。
「そんな……、ルカさま……」
泣きじゃくりながら、絶望という真っ暗な深淵に飲まれそうになった時、スーの耳にピッと拍動を示す機械音が蘇った。
「あ……」
小さな音は、すこしの間をおいてもう一度鳴る。
まちがいなく不規則な拍動が刻まれていた。蘇った機械音はすぐに規則的になり、だんだんと安定していく。
力強く刻まれていく鼓動。
「……っ、ルカ様」
スーの視界が新たな涙で濡れる。
(――戻って来て、くれた)
何も言葉にできなかった。ただ熱い涙があふれて、ぼろぼろと頬を伝っていく。スーはこらえきれずにその場で声をあげて泣いた。