ブロート・クンスト 人形の怪 

文字数 6,506文字

「ねー、下っちとツヨシってさ。つるタンとは幼馴染だったよね。」

 眉村は窓際の棚に何を置くかでもめている下松と織政に話しかけた。

「おうよ!俺たち三人は大分の同じ社宅の生まれでな。工場移転の時も一緒の団地に来るほどの仲だぜ!」

「って言っても、親の部署は違うけどな。工場移転の際に別々になる可能性だって十分にあったんだ。幸い前の市長だっけ?が大規模な工場建てさせてくれるってんでバラバラにならずに済んだんだけどな。おかげで大分組はほとんど一緒に来てるな。」

 織政は嬉しそうに、下松はやや考えながら喋った。眉村はうーんと唸って言う。

「町長だよ。この町が市になったのは今年からだもん。にしてもここの高校の二年生とか三年生とか増えてもいいのに、今回増えなかったね。」

「まあな。正直大分工場はもともと移転が決まっていたようなもんだし、寮のある高校に進学したのが結構いたんだよ。だから二年生三年生はあんまり増えてないだろ?宅地整備や大学の建設やらで人口が増えるのはこれからなんじゃねえの、この町ってさ?」

「うん、多分ね。」

「しっかし大学かあ。あの山の上で俺たちが引っ越す前から工事してるやつだよな?いつ開くんだろう?」

「ゴリ政って進学するのかよ?」

 下松はちょっとびっくりしたように言う。

「まあ、大学柔道に誘われる事もあるけど、それより大学ってジムありがちだからそっちが気になる。」

「また筋肉かよ。」

 下松はあきれた表情をする。

「ツヨシは本当に筋肉と柔道が好きなんにゃね。」

「眉村は将来何になりたいとかあるのか?」

 そういえばこのあいだ、進路希望表を提出したっけ、と眉村は考えた。

「市長……かにゃ?」

「でっかくでたな!」

 下松はびっくりしている。

「いいでしょ。別に。」

「そういえば今の市長って槇原さんのお父さんなんだよな?」

 織政は眉村からポスターを受け取り色を塗っていく。意外に丁寧な作業に眉村は感心する。

「へえ、さすが!上手いんだにゃあ。」

「ふっふっふ!たかやん仕込みの筆さばきだぜ!」

「おい!こら!筆振り回すな!絵の具が飛ぶ!」

下松は二枚目のポスターの下絵をペンで書きながら、うっとおしそうに言う。

「うわっ!!」

 教室のドアが開き、藤田が。三人は一斉にそちらを向いた。

「ふじふじだにゃー。どうしたんだにゃ?」

「カバン取りに来た。今からバイトなんだよ!あーなんで美術室なんかに置いたんだろ!」

「バイト?藤田、バイトしてるのかよ?」

 下松が絵を描く手を止めて言った。

「そ。結構忙しんだよ俺。じゃ、行くから。じゃあね。」

 そう言ってひらひらと手を振って藤田はあっさりといなくなってしまった。藤田が消えたドアを見ながら織政が言う。

「いきなり来ていきなりいなくなったな。」

「ふじふじはいつもそうだよ。」

 眉がプリントの枚数を数えながら答えた。

「そういやアイツ、なんのバイトしてんだ?」

「そういえば聞いたことないにゃあ。何してんだろ?接客って柄じゃないよね。」

「作業系が勤まるとも思えないけどな。」

「ほんとに何やってんだろな?」

 織政が首を傾げた。

またドアが開いた。

「ねえ?藤田来なかった?」

「あ、つるタンだニャー!どしたの?」

「藤田が先生の研究室に忘れ物してったのよ。これ!カバン取りに行くって言ってたから作業中の美術室にまだいるかと思ったのに!」

鶴乃が携帯電話を目の前に出した。

「あーあー。アイツ忘れてったのかよ?バイトだって言ってさっき走ってでてったぞ。」

 下松が呆れたように言う。

「蔵本に持っておいてもらったらどうだ?」

 ふいに織政が言った。いきなりの指名にまゆが驚いて言う。

「マリリが?」

「だって蔵本が一番仲がいいだろう?」

「そうかにゃ?」

「俺にはそう見えるがな」

 鶴乃だけが少し納得した表情をして言った。

「今日はもう帰ったわよ。仕方ないからこれは先生に預けておくわね」

つるっとした紺色の携帯の表面を撫でた。それをじっと織政は見ている。

「どうした?ゴリ政も欲しくなったか?」

 下松が茶化したように言う。

「いや、俺の勝手な印象だが藤田っぽくない携帯だなと思ってな。少なくとも好みとは思えん」

下松はマリを思い出して思った。
 いまいち蔵本は何を考えているかわからない、不思議というか……

「不気味だよなあ。」

 ポロっと声が出た。

「タカやん、なにがだ?」

 慌てて口に手を当てたが、よりにもよって一番声がでかいやつに聞かれた。

「どーしたんだにゃー?」

「タカやんが不気味って言ってんだよ。」

「何が?」

 眉村と鶴乃にも知られた。
まずい! 

「なあータカやん。一体なにが不気味なんだよー。」

「はあえっ!」

 何をって、言えるわけがない!よく知りもしない女子を気味悪いとか思ってるとか知られたら鶴乃に殺される。

「あー」

 なにかないか、なにかないか?パッと美術室の机においてある布のかかった人形?のようなものが目に入った。
 あれしかない!!

「いや!あの、あれ!呪いの人形なんだよ!!あの、布かかったやつ!」

 織政、他女子が下松の指さした先を見る。

「スゲエ!タカやん!怖エ!!」

 なぜかガチビビリしている織政と引いている女子達、下松はやけくそ気味に即興の怪談を語りだした。

「あれはな……三年前の美術部員で女子の先輩がいたんだよ。その人は人形作りが趣味でその出来は賞をとったり、買い手が現れるくらいすごいもんだったんだよ。そんな出来にもかかわらずいつも出来上がりを見ては不満そうだったらしい。
 その人はある日、理想の人形を作ると言い出したきり、学校に出なくなり、飯も食わず、寝もせずに家で人形作りに没頭しだしたんだ。どんどんやつれていってな。これじゃまずいと思った家族が人形を隠しても半狂乱になって暴れて探してまわっては作る程の執念を見せていたらしい。さすがに手に負えなくなった家族が入院させたときには見る影もなく、生きているのがやっとの状態、入院してこれで安心だと思ったんだ。だがな、すぐに病院から逃げ出した。家にも帰らず、探し回った挙句見つかったのが……ここだ。この美術室。ここに人形を持ち込んで、最後の力で完成させたらしい。……らしいというのが、見つかった時にはすでに死んでいてな、傍らにあったんだと、完成した人形が。その人形は……その女子生徒の生気を奪ったかのような出来でまさに”生きていないのが不思議”なくらいという傑作だったらしい。それからそんな人形だ。家族も持っておきたくないよな、売ってしまったらしいんだ。しかしすぐに戻ってきた。この人形、喋るんだと。何度売ってもお祓いをしても必ず”喋る”という理由で家族のもとに帰ってきた。それでほとほと困った家族がこの学校に寄付したというわけさ。」

 なんとか語り終えたぞ。なんかヤベー顔してるゴリラがこっち見てるけど。お前の恐怖顔は俺にとっても恐怖顔なんだよ。こっちみんな。
 鶴乃は窓際で物置になっている机の上にひっそりと乗っている白い布のかかった人型を指さした。

「それって……あれ?」

 下松はゆっくり首を振った。

「俺は……知らない。」

 俺はあの布の中身を、知らない。これで不気味の下りは忘れたろ。しかし、あんなのあったか?ウチにあんな立体やってる人いたっけ?人形にしてはシルエットがおかしいような

「まーさかー。下っちがそんな怪談信じるなんてえー。変だにゅー!」

 信じていないのかいつもの調子で眉村が笑う。
うるせえな、ちょっとは怖がりやがれ!

「まじかよ!絶対触んねえぞ!こええよ!たかやん!」

 ゴリ政、お前は何で全面的に信じてるんだよ!

「……あれは!……は?。」

 怖がるゴリラに負けた下松が白状しようとした。というよりも不気味の下りがごまかせたからもうどうでもいい。

「……それは……がう……よ。」

「……は?」

 何かがかぶってきた。誰の声でもない何かの声が。全員が一斉に白布のほうに振り返った。

「え……?ねえ、今……」

 鶴乃が怯えた声を出してまゆに抱き着いた。抱き着かれたまゆも不安そうな表情を浮かべているが一段と声を大きくして言う。

「誰?今の?シャレなら白状して!」

 ぐるりと見回した。そんなほくそ笑んでいるような、たくらみが成功した顔をしてるのは一人もいない。……うそでしょ、ありっこない!


ゴトンっ。


ふいに、重い”何か”が動く音がした。眉村は走ってないのに自分の息がきれるのを感じた。
 いや、振り返りたくない。でも、見ないともっと恐ろしい事が起こるんじゃないか……。

 ああ、やっぱり振り返らなきゃよかった。

人形にかかっている白い布がゆらゆら揺れている。

 今まさに”中身が”動きましたって感じに。

「風、だよにゃ……?」

 窓なんか開けてない。そんなことはよく知ってるのに確認せずにはいられなかった。
誰も答えない。怯えた表情で全員が顔を見合わせる。

「ゴリ政……お前、あれめくって来いよ……。」

「いやだよ!タカやん!俺呪い殺されちゃうよ!」

 織政が泣きそうになりながら下松に抱き着く。

「ばかっ!鬱陶しい!離れろって!」

「ふざけてる場合じゃない!”あれ”は何!? 動いた!」

 鶴乃が半狂乱になって叫んだ。

「知らない!誰の作品かも知らん!」

 掴みかからんばかりの鶴乃をかわしながら下松が叫び返した。

「……私、行く」

 意を決したようにまゆが言った。

「は、ええ!!危ないだろ!やめろって!」

「そうだよ。つるタン、帰ろう!もう遅いしさ!」

 眉村が鶴タンの腕をつかんだ。

「本当に呪いだったら……危ないわ。こんなとこにあったら誰か触っちゃう。」

「鶴タンじゃなくてもいいじゃない!呪われるのは誰でも!」

 まゆが鶴乃の腕をぐいぐい引っ張る。

「そんなわけにはいかないわ。私たちが発見したんだもん。後から誰かが呪われたりしたら後悔してもしきれないそれに……もしかしたら、お化けじゃないかもしれないわ」

そう言ってちょっとだけ笑った。まゆは納得できない。

「でも……」

「大丈夫よ。タカだってあれがその人形かはわからないわけじゃない?」

「そうだけど……」

今、動いたかもしれない人形だぞ。

いやいやいや、今、俺が考えただけの怪談だぞ。あるわけがない。でも……だとしたらあれはなんだ?
 あの……人間のような何か……。あんなの、なかった、はず……なんだけど。

埃除けの白い布、その向こうに不自然に手を広げた人間のようなシルエットが見える。鶴乃は恐る恐る近づいていって手を伸ばした。

「モモちゃん……」

 織政がカーテンに巻き付きながら小さく声をかける。鶴乃は何も言わず力強くうなずいてみせた。

 意を決して白い布の端をつかむ。ひとがたはピクリとも動かない。ただシルエットだけが静かに浮かんだままだ。鶴乃は無意識のうちに左手ぎゅっと握っていた。
行くぞ!
 
 とは思ったのだ。布も引きかけた。

「どうした?お前ら」

 いきなりドアから顔を出したのは諸口だった。布をつかみかけた鶴乃は緊張の糸が解けてそれっきり動けない。

「せんせい。呪いの人形が!」

「ノロイ?」

 織政の叫びに不可解そうな表情を浮かべて、美術室に入り、そして鶴乃がつかむ布をもってあっさり取り払った。鶴乃はその瞬間、ぎゅっと目をつぶったが、諸口の間延びした

「ああ」

 という声でうっすら目を開けた。

「あれが呪いの人形?」

 諸口が布を取り去った先にあったのは、なんというか、形容しがたいものだった。頭が3つ、腕が6本それぞれがてんでバラバラの方向を向いている。ふちはすべてギザギザで顔も崩れてなんだか三面すべてが違う怒り方をしているような。
 これが、呪い……。鶴乃は目の前に立ってその人形に目を合わせた。
 でも……怖くない。ただの人形だもの。木でできたこれが動くはずがない、はずなんだけど、目をそらしたらその瞬間、動いて襲ってきそう。
 隣の諸口がなんてことないように言った。

「阿修羅像か。興福寺の」

 眉村が机の影からこわごわと顔を出しながらいつもの喋り方も忘れて言った。

「あ、しゅらぞう……」

「仏像の一種で、仏教の守り神にあたる八部衆のうち一体だ。三面六臂、笑顔、悲しみ、怒りの三面の顔と六本の腕を持っている。まあ阿修羅像っていってもいろいろあるんだが、これは……奈良にある興福寺のものをモデルにしたらしいな。子ども型だし」




「あんなんじゃないだろ……。もっと本物は……」

 滑らかだった。と言いかけて下松はデジャブを感じる。
ん?……この会話……どこかで……。あれは……春?


「じゃあ、これ……なんだ?呪いじゃないってこと、なのか?……」

 巨体をカーテンの隙間からまろびだして織政が尋ねる。
鶴乃はそれを聞いてしげしげと眺める。確かによく見ると彫刻等の後があるし、鉛筆の下書き後もある。じゃあ、これは本当に……。

「なんだ落ちちまってやんの。」

 諸口は人形のすぐそばにあったものを拾い上げた。それは……

「木のパーツ?」

 鶴乃の声にこたえるように諸口はそれを人形の頭にさした。カチッと音がしてぴったりはまる。

「あ、髪飾り……さっきのはそれが落ちた音と振動で布が揺れたんだ。」

 それは結った髪と髪飾りのパーツだった。

「じゃあ……」


「アハハッハハ!!」

 突然、下松が笑い出した。

「そうだ!美術部にいた二年生の先輩が仏像好きなんだよ。それの正体は先輩の作った仏像だ!呪いの人形なんかじゃねえ!そういや春に仏像掘るとかなんとか言ってた!あれから先輩見かけないからどうしたのかと思ってたぜ!」

 下松が勢いよく諸口の目の前の仏像に人差し指を向けた。

「だから!お前は呪いの人形なんかじゃねえ!仏像だ!」

「呪い……じゃない。」

 鶴乃がへたっと座った。下松、眉村が来て、仏像をしげしげと眺めだした。

「へたくそだからあんなにけば立って見えたんだにゃあ。生きてるかと思ったニャー。がおー!」

「バケモンなんているわけねえよな。にしても肝が冷えたぜ。この野郎!」

 下松がこんこんとノックするように仏像をたたいた。諸口は布をひらひらさせながら生徒たちに向っていった。

「お前ら、何遊んでたんだ?」

「だってタカがコレが呪いの人形だって!」

「いやいや、そういう怪談があるって話しただけで、俺はこれがそうとは言ってねえ!」

 下松は自分が作った怪談にもかかわらずそんなことを言った。

「どーでもいいけど、さっさと帰れよ。あと、先輩に言っとけ。興福寺の阿修羅像は脱活乾漆だから木彫では作れねえよ、ってな」

「あーなんだよ。肝が冷えた」

「せんせえ呪いとか怖くないのか?」

 「呪い?そんなもんがあるんなら俺はとっくに死んでるな」

 そう言って諸口はいなくなってしまった。

 ひとりになっても眉村は人形を眺めていた。これは正真正銘ただの人形だにゃあ。でも、じゃあ、あの声は一体なんだったんだろう?
 それに、あんなタイミングでパーツが落ちる?
 しかも人型とはいってもこんな腕を広げた体勢の立体物、四角いだけのナニカ、布がかかってたらまず人間とは認識できないのに、なんでみんな人形だと思ったの?

「まゆ!帰るわよ!」

「!!ああ、すぐ行くにゃ!」

 布をかけて後ろを向いた。さすがに振り返る勇気はなかった。


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