第13話

文字数 3,456文字

「来ないねえ。みすずちゃん。」

私はみすずちゃんのクラスの前で待っていた。

「なにも、朝来なくたっていいのにさ。」

 ゆりちゃんが、まだ眠いと言いたげにあくびをした。どーせ、ゆりちゃんもみすずちゃんの事わかってないんだから無理やり家まで迎えにいって一緒に連れてきたのだ。嫌がってたけど。

「もうすぐ予鈴なるけど?今日、休みなんじゃない?」

 藤田はそう言った。

「っていうか、なんで藤田までいるのよ?」

「だって昨日、蔵本を慰めたのは俺だもん。ちょっとくらい早起きもする。」

 そう、藤田もなぜか来ている。でもみすずちゃんとは初対面じゃないかなあ。

「早起きできるんなら、あんなに毎度毎度遅刻しなくったっていいじゃない」

 ゆりちゃんが最もな事をいう。

「だって理由もなく早起きなんてできないよ。今日は特別。」

「藤田も気になるの?」

 私が尋ねると、藤田はちょっと考えて

「まあね。俺の言ってたことが正しいって確認したい。あと、単純にクラスの出し物の今後が気になる。」

 そうか!それもだった!

「マッスル・パーティーどうなるんだろうね。」

「お前らはそれをどうするか話し合いにいったんだろうが。」

 私が他人事のように言うと藤田にたしなめられる。

「うーん、そうだね。」

「だってさあ。一組と四組が大揉めなのに口なんて出せないよ」

 認める私、反論するゆりちゃん。

「蔵本はすぐに負けない!谷村はもっと素直になる!」

「藤田はすぐ茶化さない!」

 すぐさまゆりちゃんに言い返される。ここはさすがというほかない。藤田が痛いところを突かれた、という顔をした。

「だってさあ。いつも真面目でなんていらんないよ。自分で楽しくしないとどうしようもならないじゃん。」

「それは同意するわ。マリは?」

 いきなりゆりちゃんから会話が飛んできた。

「私?なんでいきなり。」

 煮え切らない返事になった。ゆりちゃんは言う。

「私と藤田なんて考えずにしゃべってんだから、このスピードについてきなさい。じゃないと、何にもしゃべんないまま終わっちゃうわよ。自立、するんでしょう?」

 ゆりちゃんはにやりと笑っている。

「昨日、あんなに不安そうだったのに。」

 変わり身の早さを詰ってみる。ゆりちゃんはフフンと鼻で笑って

「三兄弟の末っ子ナメんじゃないわよ。」

「え?谷村って三兄弟なの?」

 藤田が変なところに食いついている。

「そうだけど?変?」

「変っていうか、予想外。兄ふたりとか?」

「残念。兄と姉ですう!」

「うわー。姉いるのに谷村そんななの!足を閉じる座り方くらい教えてもらえよ!」

「ゆりちゃんのお姉ちゃん、すっごくしとやかだよ。」

「うわー。うわー。倣えばいいのに。」

「いーやー!だって知らない男といっつも一緒に出かけてんだもん。私はそういうの嫌!」

「いやいや谷村はそうはならないから大丈夫だよ。」

「どーゆー意味だ!」

「なろうと思ってなれるものじゃないよ。ゆりちゃんのお姉ちゃんは。」

「かな姉さんは、あれでも毎回、純愛なの!」

「ねえ、何騒いでるの?」

 私たちが振り向くと、みすずちゃんが立っていた。

「あ、みすずちゃんだ。」

 藤田がいち早く反応した。みすずちゃんが焦った顔をして、すぐさまゆりちゃんの陰に隠れた。

「藤田君じゃない!なんでえ?」

「いや、昨日のこと話したら、ついてきた、んだけど。」

 制服の襟をぐいぐい引っ張られながらゆりちゃんは困惑した顔で答えた。私は思い出した。

「そうだ!みすずちゃん、藤田の事”美少年”って。」

「やーめーてーよ!そういうのは本人目の前にして言う事じゃないの!あ、あ」

 みすずちゃんは油の切れたような動きで藤田の方向に向いた。藤田は特に動じてない。

「あ、あの、ファンです。」

「えー、そうなの?ありがとう。」

 藤田はファンサービスのつもりなのか、小首をかしげてにっこり笑う。みすずちゃんの顔が赤くなった。

「なんの、用事で、きたんですか?」

 みすずちゃんが思わず敬語になってる。藤田は

「うん昨日、大変だったんだってね。心配になって来ちゃった。」

「あ、ダイジョブです。あ、あの、私藤田君の事、ちっとも好きなんかじゃないんです!
 私、そこを勘違いされるのは嫌。藤田君の見た目はものすごく好きだけど、内面は知らないし、恋してるとかそんなんじゃない!の。」

 みすずちゃんははっきり言い切った。なにが大丈夫なのかはよくわからないけど、藤田の好きなところは見た目だけってのはよくわかった。本当に聞かなきゃわかんないね。藤田。藤田……?

「え?俺、振られたの?」

 藤田は私を見て聞いた。えー、そんなのわかんないよ。

「多分、そうなんじゃない。」

 文面的には。
 爆発しそうになっているみすずちゃんとそれを必死になだめるゆりちゃんを前にして私たちはそんな会話をした。どうやらみすずちゃんにとって、藤田を連れてくるのは”余計な事”だったらしい、話を聞くどころじゃない。

「あの!藤田君ってお兄ちゃんとかいたりしないんですか?」

「俺、一人っ子。」

「なんで!」

「なんでとか言われても、知らない……」

「藤田君、もっと大きかったら私の理想なのに!」

「なんで俺、傷つけられてるの?」

「だってここから見るだけでも、ユリと大して背丈変わらないし、っていうかユリより低くない?」

 みすずちゃんがエライ所に気が付いた。

「うるさい。そんなの知らない。成長期がまだなだけ。」

 藤田は腕を組んでそっぽを向く。みすずちゃんは早々に藤田に慣れてきたらしく、

「なんかもっとミステリアスな孤高の美少年って感じかと思ってた。なんか、思ってたのと違う。」

 と言い放った。さすがに藤田もびっくりした顔で振り向いた。

「え!?ひどい!」


「そりゃ私の勝手な偏見だけど、委員会の時はそんな感じに見えてたよ。話すと結構元気」

「無駄に愛想がいいのが藤田なのに、えらい印象もたれてるじゃない。」

 ゆりちゃんがまた余計な事を言っている。

「だってさあ、嫌だったんだよ。」

 藤田はうるさそうに言った。みすずちゃんが少し気まずそうな顔をする。

「でもみすずちゃんが昨日、戦ってくれたんでしょ?」

 藤田がみすずちゃんの方を見て言った。みすずちゃんはやっぱり気まずそうに、

「あのね、昨日委員長には会えなかったの。やっぱりそのまま帰っちゃってたみたい。」

 藤田は事情を知らないくせに訳知り顔で頷いた。ゆりちゃんは黙っているので私も黙っていることにする。

「ありがとう。あの委員長には困ってたんだよね。みすずちゃんも委員会の時と様子違うし、そうだったんじゃない?」

 みすずちゃんは意外そうな顔をした。

「そう?かな。」

「さあわかんないな。ね、蔵本?」

 藤田が私に促した。そこでようやく今日の目的を思い出す。

「あのね、みすずちゃん。今日、委員長とはどうするの?」

 みすずちゃんが不思議そうな顔をする。

「そりゃあ、なんとなくみんなの前で罵って悪いと思ったけど。ま、いいや。謝んなくても。このまましばらく委員長とバトルを続けるよ。私が委員長になってもいいかもね」

 なんだかすっきりしたように見える。

「お!みすずやる気だね。応援するよ!」

 ゆりちゃんが威勢よくこぶしを上げる。

「私も協力さしてね。」

 私も負けずに言う。みすずちゃんが嬉しそうに笑う。

「よかった。頑張った甲斐あったかも。じゃ、わたし行くね。」

 よかった。元気そうだった。なんとなく昨日謝りたそうだった事、やっぱり辞めた今日の朝、 みすずちゃんは自分のイライラとか悪かった事とかを自分で処理したり、反省したりできるからなんだ。一人でも解決できるから送り出しても大丈夫なんだね。昨日の藤田は正しかったわけだ。
 みすずちゃんは私たちが見てるよりもずっとしっかりしてる。教室に入っていく後姿は昨日あんなに頼りなげに見えたのが嘘みたいに思えた。本当のところは本人にしかわかんないのかもだけど。

「来てよかった?」

 藤田が私に問いかける。

「うん。よくわかった。」

「それはよかった。」
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