第2話

文字数 2,465文字


先生からの連絡事項のあと鶴乃さんは、教卓に立った。

「さて、以前よりの議題であったクラス代表の文化祭実行委員の選出を行います。
 男女各一名ずつ。さあ、誰がやる?自薦他薦問わずよ。」

 しん、とする教室内。そのなかで、おずおずと手が上がった。槇原さんだ。

「私、やります。」

 一気に教室がざわついた。鶴乃さんは目を見開く。

「いいの?」

小さい声で自信なさげに鶴乃さんは尋ねる。あんなことがあったからだろうか。

「ええ。私やる。」

 槇原さんがほほ笑んだ。
それを見て、鶴乃さんも微笑みを返した。鶴乃さんはひときわ大きい声で、

「よし!男子は?だれかやりたいのいないの?」

とクラス全体を見回した。目をそらすクラスの面々。
その時に、

「藤田はどうなの?」

ゆりちゃんが鶴乃さんに何気なく尋ねる。

「藤田?」

降ってわいた藤田案に鶴乃さんは驚いている。しかし、テキトーに窓の外を見ていた藤田はあわてた様子で声を上げた。

「嫌!俺、無理だよ!」

ゆりちゃんは藤田に向かって言う。

「槇原と藤田って仲いいんでしょ?」

「それとこれとは関係ない」

「えー、いいじゃん。ヒマだろ?」

藤田が口をとがらせて反論する。

「暇じゃない!俺だってバイトが忙しいの!」

ゆりちゃんは思いついたままに喋っている。

「あ、じゃあ、マリは?マリに女子代表やってもらったら藤田OKでしょ?」

いきなり私の名前が出てきた。なんで?

「なんでだよ!」

私の疑問を藤田が代弁してくれている。

「やりやすいでしょ?」

教室の端と端で藤田とゆりちゃんがもめまくる。

「なんで蔵本ならOKって判断なんだよ!」

「だって……」

ゆりちゃんの態度が悪い。そんな話し合いにもなってない言い合いをしていると

「ちょっと!女子代表は槇原で決まりなの!今、探してるのは男子代表!」

鶴乃さんは黒板をバンバン叩きながら強い調子で二人に向かって注意する。
そして藤田に向き直ると

「で?藤田はやんないのね?」

鶴乃さんは一応確認といった体で聞く。槇原さんはハラハラした顔で藤田を見ている。


「……いーよ、俺で」

「は?」

 藤田は目を合わせずにテキトーそうに返事をした。それを聞いて鶴乃さんは拍子抜けしたように声を出す。

「なんだよー!あんなに嫌って言ったじゃない!」

 ゆりちゃんが離れた席から、あきれたように声をかける。

「……谷村にも付き合ってもらうから、いい。それなら二人で一人分の働きでいいでしょ」

「え?嫌だけど」

 ゆりちゃんはきょとんとした顔で断りを入れた。

「嫌とかじゃなくて、その条件でいいなら俺がやる。
 他にいないの?槇原好きな奴とか、さ。この機会に仲良くなれるかもしんないよ?
 ね? 剛は?柔道部ってこの時期大会とかなかったよね。できない?」

 柔道部の織政君が机に落書きしていた手を止めて、神妙な顔をした。聞いてはいなかったらしい。が、知ったようなふりをして頷いた。

「おう。もっともな意見だ」

「いや、駄目!」

 私の隣の席から、焦った声が飛ぶ。織政君といつも一緒にいる下松君が立ち上がっていた。

「無理だって!藤田もこいつの馬鹿さ加減知ってるだろ?柔道と筋肉とシティーハンターの事しか考えてないのにやれるわけがない!文化祭がマッスルパーティーになるのが関の山だって!」

「なんだよタカやん。何かわからんが任せろって!でも、マッスルパーティーっていいな。今年の文化祭それにしよう」

 織政くんは信用ならない笑顔で信用ならない事を語っている。鶴乃さんは左右非対称の奇妙な表情で

「じゃあ、我がクラスは槇原、藤田、……谷村で決定!三人は昼休みに教室集合!じゃ、朝の会終わり!」

 見なかったことに決めたらしい。藤田が余裕の笑みを見せる。ゆりちゃんが頭を抱える。
 私はこっそりゆりちゃんにエールを送る。ゆりちゃん、ガンバレ。ゆりちゃんは「くそ……」、「……なんで」とか、言葉にならない悪態をついている。

「ゆりちゃん、文化祭実行委員頑張ってね」

 10分休みでゆりちゃんに話しかける。

「終わった……」

「終わってない、終わってない。大丈夫だよ」

「ウワー。やったことないもん。こういうヤツ」

 ゆりちゃんは机に突っ伏したまま動かなくなった。そうしていると藤田がやってきて

「ゆーりーちゃん。一緒に頑張ろうね!」

「許さんぞ。藤田」

 ゆりちゃんは机から顔を上げないまま呪詛を吐いた。でも、最初に藤田を生贄にしようとしたのはゆりちゃんだから。

「仕方ないよ。自業自得だよ」

 私はゆりちゃんをいさめる。

「先に俺を差し出したのは、ゆりちゃんでしょ!」

「うるさい!ゆりちゃんって言うな!」

 ゆりちゃんがむくりと起き上がった。それを見て藤田はゆりちゃんの机に腰を掛けて腕を組んだ。

「あー、バイトどーしよ。」

 ゆりちゃんがボヤく。

「休めばいいじゃない」

 藤田はさらりと言った。私も藤田に同意見だな。

「そうだよ。ゆりちゃん、バイトしすぎだよ。」

「だって、単車欲しいんだもん」

「え?谷村、車買うの?」

 藤田が素っ頓狂な声を上げる。

「ちーがーうーよ。バイク。」

「へぇー。谷村意外な趣味してるね」

 藤田は感心したようにため息をついた。
「っていうか、機動力が欲しいの。バイクもなんなら原付でいいし」

 ゆりちゃんはため息をついた。

「バイトのピザの配達もできるしさ」

「ゆりちゃん、バイトのためにバイトしてるような感じだね。」

「うん、そういわれるとおかしいかも知れない。」

「やっぱ。谷村はこのあたりでバイトのシフト減らしたほうが良くない? 
 働きすぎてわけわかんなくなってるんだよ。 文化祭はいい機会かもよ。」

 藤田は割と真剣に心配した声色でゆりちゃんに言う。
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