第12話

文字数 6,313文字

二人きりになる。ゆりちゃんは黙ったまま前を向いている。

「裏切ってたのは私、って。私はそうやって自分で気が付けるかな?」

 私は頷けなかった。わからないけど、これは自分で気づかなくては意味がないんじゃないだろうか。だから代わりに

「私は、多分気が付けない」
  
 そう言うしかなかった。ゆりちゃんは溜息をついた。

「マリ、たぶん私も。だから最低なのかな?」

 ゆりちゃんは余計落ち込んでしまった。階段の上から声が落ちてくる。

「あ?お前ら何やってんだ?」

「あ、諸口、だ。」

「谷村、先生が抜けてる。諸口先生って言え!」

「今、落ち込んでんだからほっといてください。」

「蔵本はいいのかよ。」

「よくないけど、いい……」

 よくなかったんだ、私がいると。そういわれると、寂しい。私にはゆりちゃんしかいないのに。ゆりちゃんは小さく膝を抱えている。ひどく小さい。
 諸口先生は階段を降りてきた。

「どーしたんだよ、谷村。いっつも威勢だけはいいじゃねえか?」

「別に……」

「別にっていう感じには見えんな。何かないとそういう風にはならんだろ。」

「私が暇な時間をどう過ごそうがいいでしょ。」

「お!暇か。ちょうどよかった。手が足りなくて困ってたんだよ。来い!」

 諸口先生はちょっと強引にゆりちゃんを誘った。嫌がるゆりちゃん。なんだかんだ行くゆりちゃんを私は見送る。諸口先生は来ない私を振り返った。

「何やってんだ。お前も来るんだよ。」

 なんか今のゆりちゃんと一緒にはいたくない。諸口先生は地理学準備室のドアを開ける。

「戻った。」

「遅いよ!センセ。……ってなに連れてきてんの?」

 あ、藤田がいる。何やってんだろ。

「人足。暇そうだったから連れてきたんだ。お前、一人じゃ無理って叫んでたろ?」

「なんだよ、にんそくって。でもさあ、なんでこの二人、こんなに暗くなってんの?」

  藤田は私たちを見る。明らかに元気がないゆりちゃんと、いつものようにしゃべらない私。やりづらいよなあ。

「人足ってのは昔の言い方で日雇いの作業員みたいな意味だな。二人が暗い理由は知らん。」

「そんな無責任な。一緒に作業する俺の身にもなってよね。じゃホラ蔵本、これ三つ折り。」

 藤田に書類の束を渡される。

「うん」

 そういうと藤田は自分の今までいた椅子とスペースを譲ってくれる。

「任せたぞ。じゃあ谷村は一緒に校章のついた封筒事務室まで取りに行くから来てくれないか?」

 先生がゆりちゃんに言う。ゆりちゃんは曖昧にうなずいた。二人は地理学準備室を出ていく。藤田は先生の机で中身の入った封筒に宛名シールを貼っている。

「で、何があったのさ?」

 藤田が作業の手を止めてこっちを見ている。うっかり私は正面を見て藤田とまともに目が合ってしまう。

「今日の文化祭の話し合いで、……」

 私はみすずちゃんの話をした。ところどころつっかえながらだけど藤田は話の腰を折らずに静かに聞いてくれる。

「なるほどね。結局、谷村は委員長から言われた”最低”ってのに傷ついてんだ。」

「うん、多分。」

「なんか、歯切れが悪いね。」

「ゆりちゃん、私は嫌われてもいいっていつも言ってるから。」

 藤田は目を細める。

「谷村は蔵本に嘘ついた事ないの?」

「……たくさんある。」

「あと、いいってのは良しとは違うんだよ。構わないってだけでさ。谷村は言われてイヤだったんじゃない?」

 そう、なんだろうか?

「それだけなのかな?」

 藤田が少し笑う。

「蔵本、お前って生まれたてみたいだな。」

 意味がよくわからなかった。藤田を見ると唇の片方を持ち上げる不思議な顔で笑っている。

「そんな事言わなくてもみんな知ってることじゃない。言葉以外にもいろいろあるだろ?嘘を見破る方法なんて、さ」

「見破らなくて、いい。」

「嘘。さっき谷村が嘘ついたって知ってたろ?」

 藤田が怖い、と思った。でも正しい。

「私、嘘ついてたの。ゆりちゃんに”よくないけど、いいって”言われて、それで」

 きっと藤田に意味は伝わらない。伝わらないでほしい。ゆりちゃんにだけわかってほしかった。

「知ってた、蔵本は落ち込んでるって。なのに谷村の事しか言わないんだもんなあ。俺が聞いたのは蔵本の落ち込んでいる理由だよ。でもさ、蔵本と谷村っていっつも二人でいるよね、なんで?」

 藤田はいつの間にか立ち上がっていた。そして椅子を引っ張ってきて私の隣に座る。

「理由なんて、ないよ。」

「そう?二人ともいやに友達少なくない?谷村なんかあれだけはっきりしてるんだしそこそこいてもおかしくないだろ?蔵本だっておとなしいなりにおとなしい友達がいてもいい」

「だ、って……」

 そこまで言って、辞めた。藤田はまだ同じ顔で笑っている。

「……言いたくない。」

「ふうん、”理由”があるんだね。」

「あっ」

 乗せられた、と思った時には遅かった。口を押えたが、もう遅い。しかし、藤田は納得したのか興味がないのか

「別に、言いたくないなら言わなくていいから。」

と言ったきり、椅子を元に戻して先生の机で作業を始めてしまった。私もつられて作業を再開するが、手につかない。作業をしてるんだけど、集中できないというかなんだかもたもたとして進まない。私には納得できない事がある。思い切って藤田に聞いてみることにした。怖いけど。

「私ね。なんでみすずちゃんが反省してるのに謝りたくないかとか、ゆりちゃんがやった後にいつも反省するのとかわからない」

 そう私が尋ねると、藤田は意外そうな顔をした。そして穏やかな表情になる。

「みすずは自分で気が付いたんでしょ?じゃあ、もう自分で解決できるだろ、きっと。言い方は悪かったけど自分の主張が間違ってないって事なんじゃないか。でも、それこそ本人に聞かないとわかんないよ。明日、自分で聞きに行っておいで。」

 「そっかあ。わかんないよね。」

「うん、わかんない。でも俺は蔵本が今、思ってる事話してくれたから何を気にしてたのかはわかるようになった。もっと蔵本はいろいろな人とコミュニケーションとらないとならないな。」

「そういうのはちょっと苦手だなぁ。」

「蔵本は、後で谷村にもわけを聞かないといけないしさ。絶交とかになったら慰めてあげるよ。」

 縁起でもない事言わないでほしい。私が嫌な顔をすると藤田は笑って誤った。

「アハハごめんって。でも、自分の思ってることも言わないと伝わらないでしょ。」

「藤田はどんな事をいつも考えてるの?」

「それはその時々で違う。でも、今は”面倒”かな。蔵本、作業が全然進んでない。これ今週中に発送しないといけないらしいから、さっさと折って帰ろう。」

 藤田は手元の書類の束を指さして言った。そうだった。私たち先生の手伝いしてるんだった。そういえば、いままで全然中身見てなかった。私が書類を一枚とって眺めていると藤田が先生の椅子に戻って私に話しかけてきた。

「それ、文化祭のお知らせなんだってさ。市役所とか、近所の学校とかに送らないといけないんだってよ。先生たちも大変だよな。」

ふーん。そうなんだ。そういえば、

「藤田はなんでいるの?」

 藤田がうんざりした顔をする。

「俺は夜に街歩いてたら、補導されてペナルティ食らってんの。週2で放課後センセの手伝い。」

「そうなんだ。大変だね」

「そうだよ。せっかく先月、蔵本に匿ってもらったのにさ。そうそう、あの部室、だれもいなくて居心地いいね。たまに借りてる。」

 今更、報告が来た。

「もっと早く言ってほしい。この間、いたからびっくりしたよ。」

「いいじゃん。蔵本も俺で遊んだでしょう?」

 言われて思い出した。私、藤田に三つ編みしたんだった。気まずい顔をする私に藤田が追い打ちをかける。

「お前、忘れてたのか」

 藤田が呆れた顔をする。

「うん、ごめんなさい。よく寝てたから。」

「蔵本、起きないからって男子に気軽に触るもんじゃない。触らせても駄目。」

「そうなの?女の子ならいいの?」

「そういうわけじゃないけど。男子は基本的に触らないんだよ。」

「藤田は私と手をつないだよ。」

 藤田が考え込むような顔をする。「どうやって説明する、か」と言いながら机に頬杖をつきだした。さっき、終わらせてさっさと帰ろうって言ったのに……。藤田とは対照的に私は気が晴れてサクサクプリントを折りたたんでいる。自分で言うのもなんだけどなかなかいいスピードじゃないかなぁ。
 
「他人に触るってのは親しい間柄でしかやんないんだよ。あー、でも俺初対面で……。」

「わかんないよ。藤田」

 藤田は難しい話をしている。藤田は余計に途方に暮れた顔をする。

「蔵本って、え?もしかして谷村以外に友達いたことない?」

 恐る恐るといった感じで藤田は私に尋ねる。

「うん、思い出せるかぎりでは」

 そういう顔をするから言いたくなかったのに。

「なるほどねえ……。それでこんなに、ね。」

「藤田?」

 私が声をかけると、くしゃっと笑って言った。

「いや、高校生にしてはえらい純粋だなって思っただけだよ。」

 それは、”だけ”なんだろうか。他意はないのかもしれないけど、間抜けとかバカって言われてるみたいでいい気はしない。

「とにかく、俺以外の人に触ったらいけない、わけはまた今度教えたげるよ。男子と二人っきりになるなよ。」

 藤田は困ったように笑ってそう言った。なんで藤田はいいんだろう。どうせ聞いたところで教えてはくれないんだろうなあ、と思って聞かなかった。そう思った時、パタパタと教室の外から足音が聞こえてきた。直後に、ドアの開く音。

「なんで私ばっかり!」

「仕方ないだろ!お前のほうが藤田より体力ありそうだったんだよ。」

「そんな失礼な理由ある?」

 あ、ゆりちゃんが元気になってる。段ボール抱えてるけど。ゆりちゃんが「んっ」と
声をだして段ボールを置いた。中には新たな書類と大量の封筒がいっぱいまで入っている。
え?ゆりちゃんこんなの抱えてきたの?

「う、わー。谷村こんなの抱えてきたの?」

「そうだよ!重くて持てないって先生言うんだもん!」

 先生が片手に持った紙袋をおろし、腰をたたいてから言った。

「いやー、それはムリだって。だってそれ、ちょっとした米より重さあるだろ」

「谷村、だまってりゃ大人しく見えるのに、ゴリラだから。」

 ゆりちゃんの顔が赤くなる。

「バカ言わないでよ!バカ!」

「後半、聞いてなかったのかよ。しっかし、そんな筋力あるようには見えないけどな。ねえ蔵本、人ってさ見かけによらないだろ?」

ゆりちゃんの周囲をまわりながら感心していた藤田は私のほうに振り返ってそういった。先生とゆりちゃんは不思議な顔をしている。

「どうした?藤田?」

「べっつに。蔵本とおしゃべりしてただけ」

「どうしてお前らそろって敬語すら使えないんだ!敬えよ!」

 私は使ってるのに!

「センセがもっと尊敬されるような感じになればいいんだよ。」

「俺の振る舞いが問題ってか!お前らのはそんなレベルじゃないだろ!」

「せんせい、若いし、仕方ないよ!」

「うるさい!十五歳!もしくは十六」

「十五でした!」

「はえ~。藤田って誕生日まだなんだ。」

 ゆりちゃんはそこに引っかかったらしい。

「そ、俺早生まれだから。谷村は?」

「私は5月、マリは3月よ。」

 ゆりちゃんは聞いてもいないのに私の誕生日まで言ってくれる。今まで気が付かなかったけれど、私の代わりにゆりちゃん喋ってくれてたんだな。私、言い逃したこととかなかったのはゆりちゃんが全部言ってくれてたからなんだ。

「ゆりちゃん、」

 私はゆりちゃんに話しかける。ゆりちゃんはいつも通りに私のほうを向く。私に言ったことなんて覚えてない。それは安心すると同時に軽んじられているようで少しさみしかった。

「何よ。」

「私ね、ちゃんと喋りたいの。」

 真剣な私の表情にゆりちゃんの瞳が揺れる。

「なにか、怒ってるかと思った。」

 ゆりちゃんが」拍子抜けしたようにつぶやいた。

「怒ってるんじゃないの。ゆりちゃんは私のことをわかってくれるし私の代わりに喋ってもくれるよ。でもそれだけじゃ物足りなくなったの。」

 きっとゆりちゃんには伝わった。ゆりちゃんが少しさみしそうな顔をする。私はこっそり藤田のほうを盗み見ると、私と目が合う。微かに頷いたような気がしたけど、よくわからない。

「マリは私とは友達でいないっていう話?」

 ゆりちゃんは少し黙って思いつめた顔で言った。

「違うの!ゆりちゃんとは友達のままなんだけど今までよりちょっとだけ、自分の事を話したいなって」

 ゆりちゃんは不思議そうな顔をしている。眼鏡の奥の瞳がまだ不安そうに揺れている。

「谷村。蔵本は自分の言葉で気持ちを伝えたいんだってさ。」

 藤田が助け船を出してくれる。

「それは別にかまわないけど、私は何をすればいいの?」

「ゆりちゃんはいつも通りでいいの。」

「え?うん。そう……。なんで、いきなり?」

「だめ?」

「だめっていうか、私なにかやったかなって。私、落ち込んでる間になにかやった?」

 ゆりちゃんはすっきり忘れているらしい。私が気にしたのはなんだったんだ。

「だってゆりちゃん、私はいちゃだめだけど居てもいいって。」

 ゆりちゃんはあー、と言いながらうなづいた。

「あれは……。ごめん。私ね、他人と話したくない時でも一人でいたくはないんだ。先生はいやだけど、マリならいいかなっておもったの。」

 ゆりちゃんはそう簡単に謝った。なんかゆりちゃんがこうやって謝るのも久しぶりだなあ。

「谷村って謝れるんだ。」

 藤田が変なところに驚いている。先生はなんだか面白そうな顔をしている。きっと先生とおしゃべりして元気になったんだな。ゆりちゃんは外野を気にせず私に話す。

「マリ、私は嫌われ者だ。でもそんな事を気にして思ってもない事を言いたくないの。マリに割を食わせてる自覚はあるの。でも、これからも友達でいてくれるならいてほしい。私は自分を変えるつもりはないからそれでもよければ、なんだけど」

「谷村、それってプロポーズ?」

 藤田は茶化した。

「かもね。」

 ゆりちゃんは面倒になったのかそう藤田に答えた。藤田が少しさみしそうな顔をする。

「こんなに長く友達でいても知らないことってあるんだね。」

「そうだな。お前ら人生これからなんだからそう焦る必要もないさ。」

 先生は照れ臭いのか単に忙しいのか机に向かってパソコンの画面から目を離さずに言った。ゆりちゃんが元気のなっているのも先生のおかげなんだろうな。どんな話をしたんだろう。いつもテキトーだと思ってた先生にもいい所あるんだな。

 私は知らなかった。ゆりちゃんが嫌われていると言われるたびに傷ついていたことも、それでも自分らしくありたいと思うことも。それがなぜなのかはわからないけど、今聞くよりもこれから見つけていけたらと思う。
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