泉と城

文字数 2,183文字

 私は文化祭実行委員のお手伝いにはなったけど、毎日なにかあるわけじゃない。委員会の話し合いの日は私は特にやることもないしね。今日は数日ぶりに放課後はオフだ。オフとはいっても、部活はある。というよりも、私一人の部活なのでいつ開けても私の自由というか。

「鍵を、借りられてる?」

 私は驚いた。私以外に鍵を借りに来る人はいない。入るといえばゆりちゃんくらいしかいないけれど。ゆりちゃんはいつのまにか文芸部室の合いかぎを作り、いつの間にか侵入しているのが通例だから鍵はいらないはず。誰?

「ええ、貸し出し中になってるわ。」

 探してくれていた先生は再度同じことを言った。私は先生にお礼を言うと小走りになって文芸部室へ向かう。
 で、ドアの前に着たのはいいものの……。私はしばらくドアの前をうろうろしていた。さすがに自分の部室とはいえ知らない人がいるかもしれない部屋のドアは開けたくない。どうしよう?本当に誰がいるんだろう?何してるんだろう?
 このまま出てくるまで待ってようかな?でも、私の部室だしなぁ。どうせゆりちゃんって気もするしな、というより、ゆりちゃんでありますように……。
このまま待ってても仕方ないよね?私は意を決してドアの取っ手に手をかける。ドアはいつも通りの所で引っかかり、そして開ける。

「あれ?」

 窓、開いてる。涼しい風が私の頬を撫でる。その開いている窓に寄りかかるようにして昼寝をしている人物がいる。ご丁寧に椅子まで窓際に持って行って。
 それは見知った人物で……。

「藤田だ……」

 思わず声に出る。藤田が寝てるとこ初めて見た。もしかしたら授業中とか寝てるのかもしれないけれど。藤田は窓枠に腕を載せてその上に頭を預けるようにして寝ていた。秋のやわらかい日差しと涼しい風でカーテンが揺れている。私は藤田に嫌われたかも、と思ったことも忘れて、ちょっと近寄ってみる。起きない。思い切ってそばに近寄ってみる。やっぱり起きない。よく寝てるなぁ。少なくとも知ってる人でよかった。なんで藤田はこんなところで寝てるんだろう。見てても仕方ないかな。私は藤田から一番離れたところに座る。起こさないように原稿用紙と鉛筆を用意する。PCで打つ人も多いけど私紙とペンで書くのが気に入っている。特に今日みたいな大体の構成を考えるときとかはこの方がやりやすい。次は何を題材にしようかな。
前回の”新しい工場団地 猿田彦団地のすべて”はよかったな。ゆりちゃんの取材によって団地内にコンビニができることまで判明したし。次は数駅先にできる建設中の大学についてはどうかな?みんな気になってるでしょ?それとも、学内のことにしようかな。文化祭実行委員会のことなんかリアルでいいかもしれない。
 うーん、ゆりちゃんに聞いてみないとわからないな。今回も取材に付き合ってくれるかな。
アイデアはたくさん出てくるもののまとまらない。というか、集中できない。だって、すぐそこに寝てる人がいるから。もー、早く起きてでてってくれないかな。邪魔!
 ちょっといたずらしてやろうかな?そんな事を思いついた私はそっと藤田に近づいた。本当によく寝てるなぁ。起きる気配ないなぁ。風が吹くとやわらかそうな髪がなびく。男子にしては少し長めの髪。全体的に色素が薄いんだな。私はそっと髪の一束をとる。藤田は少しむずがって瞼が動く。長いまつげが震える。起きない、な。大丈夫そう。
 よし、このくらいの長さがあれば編めそう。私は藤田の髪を三つ編みで編み出した。ゆりちゃんこういうの嫌がるからな。人の髪を編むのは久しぶり。私の髪を勝手に触ったんだから私が藤田の髪をさわってもいいよね。お、よしよし、結構似合うじゃない。
 ……できた!一束編めた。藤田の髪の一部分に編みこみが出現する。これにヘアゴムかリボンでもつけてあげればもっとかわいいのに。
「うん……。」

 藤田が身じろぎをする。起きる?私は藤田の横で息をひそめる。あ、起きないや。どうしてそんなに眠いんだろう?本当はもう起きてるとか?私をからかってる?藤田の顔を見ても、穏やかに寝息を立てているだけで、とても起きているようには思えない。つまんないの。起きても困るけど、起きないのもつまらない。
私は諦めて元のように原稿用紙に向かった。でも手につかなくて、椅子に座ったまま藤田を眺めていた。髪を一部分だけ編んでそれが窓際で揺れている。ラプンツェルってこんな話だったなぁ。小さいときにお母さんが呼んでくれた童話を思い出す。高い塔に閉じ込められたお姫様と閉じ込めている魔女、確か最後は王子様が助けにくるんだったっけ?おぼろげな記憶のページをめくる。お母さんの読み聞かせの声を思い出していると、私は少し眠くなってきた。少し、少しだけだから。そう思って目を閉じる。
 眠ったのは少しだけ、1分か2分くらいと思ったんだけど顔を上げるともう夕暮れの空が迫っていた。私は気になって窓の方を見る。
 ……きちんと閉められた窓、椅子も元通りに片づけられている。夢、だったのかも知れない。そう思ったけど、机のすぐ近く、うつぶせて寝ていた私のすぐわきに夏に出した部誌と部室のカギが重ねて置いてあった。夢じゃない。
 じゃあ、藤田は髪をみつあみにしたまま帰ったんだろうか?
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み