第5話

文字数 1,744文字

 公園への道を歩きながら藤田が言った。

「蔵本、さぁ」

藤田が言う。歩きながら、もう食べ始めている。行儀が悪いな。

「ラズベリーでよかった?俺、勝手に決めちゃったけど」

少し、悪びれたように言う。

「あ、ありがと。自分じゃ決めきれなかったから、よかった。こちらこそ、御馳走してもらっちゃって、」

「いいって!ほら、食べなよ!おいしいよ!」

私もアイスを口に含む。おいしい。確かに、人に勧めるだけある、おいしいアイスだ。

「おいしい?」

藤田が聞く。

「うん、おいしい。」

「良かった。」

 藤田は嬉しそうに笑った。藤田は近くにある公園に足を向けた。大きないけのある公園、その池のすぐそばのベンチに藤田は腰を掛けて、隣を私に勧めた。

「座んなよ。」

 夕方が終わりかけてうっすら夜がやってきている。夕方の太陽の明かりがきらきらと湖面に反射してて綺麗だ。池には鴨がいたはず……。ずっと前、お父さんと来た時に鴨に餌をやった思い出がある。藤田が池を見ながら、私に話しかける。

「もう夏も終わりだねー。」

 そう、もうすぐ制服も冬服になる。

「そう、だね。」

 これで終わるのも愛想がない、よなあ。

「藤田は、鴨好き?」

 うーん、何も考えて喋らないとこんなもんだね。藤田は面食らった表情をしている。何、が……豆鉄砲を食らったような。

「俺、鴨は苦手。強いて言うなら鳩が好き、かな?」

あ、そうそれ!鳩。話を合わせてくれる藤田はありがたいけど恥ずかしい。気を、使わせてるよなあ。

「蔵本は、部活でどんな話を書いてるの?」

 そう来たか。あんまり話したくないな。

「えっと、私はルポルタージュを……。」

「る?」

あ、わかんないんだ。

「ルポルタージュっていうのはね、うーん、フランス語で報告って意味でね。自分の体験したことととか、社会で話題になってることを客観的に書くものなんだよ。この間は、新しくできた団地に潜入したんだよ。」

「なんか新聞部みたいだね。」

「うん。」

 その通りなの、新聞部がなくてこの部活に入ったんだ。部員いないけど。

「へえ、楽しそう。俺は部活入ってないんだよね。」

 入る?と言いかけて辞めた。その代わりに

「放課後は、何しているの?」

「バイト。」

 ゆりちゃんと同じだ。うちの文芸部に籍だけおいて、自転車通学の許可だけもらっている。まあ、ちょっとは取材手伝ってくれるけども。ふと、水面に目を向けると鴨がこちらに近づいてきていた。

「俺さあ小さい頃、父さんとこの公園の鴨に餌をやりに来たんだよね。パンの耳いっぱい持ってさ、それで鴨に餌をやってたらさ、手をくちばしで挟まれて、びっくりして泣いちゃったんだ。だから、今でも鴨は少し苦手。」

 藤田は懐かしそうな顔をしている。

「鳩は?」

 藤田が不思議そうな顔をした。

「鳩はすきって」

「ああ、鳩には噛まれたことないから。それだけ。」

 藤田は手の中でアイスの包み紙を握りつぶした。もう食べ終わったんだ。早いな。私も食べるペースを上げた。

「急がなくていいよ。」

 すぐにばれた。

「知ってる?諸口先生。今年、初めてうちの高校に来たんだって。今までは都会の女子高で教えてたらしいよ。」

「そう、なんだ。」

「いろいろ押し付けられてさ。大変だよね。」

 藤田はひとごとのように言う。私はさっき死にかけていた諸口先生の姿を思い出した。担任の先生だけど、あんまり話した事ないな。たまに職員室でカギを借りるくらい。
 そうやって考えていたら、いつの間にかアイスを食べ終わっていた。おいしかったな。藤田は私が食べ終わったことを確認すると、立ち上がった。

「さ、蔵本。帰ろうか。夜になっちゃう。」

 本当だ。もう夕焼けは赤く山に沈もうとしている。

「あ、うん。」

「蔵本、駅の場所わかる?」

 私は首を横に振った。ほんとうは私は電車通学じゃないし、ここからまっすぐ家に帰ったほうが近いんだけどもう少し、お話したかった。なんでかはわからないけど、そう思った。

「じゃ、来て。案内するよ。」

 私は藤田と連れ立って歩いていく。
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