第10話

文字数 3,165文字

 それから数回は普通に委員会の会合は進行した、と思う。飾り付けのクラス分担も、出展する部活の折衝も、クラスの出し物も滞りなく、決まった。そのころになると作業もたくさんあって、私は苦手なおしゃべりや発言もしなくてよくなった。問題は、一年生にお化け屋敷をやりたいクラスが二つあったことから始まった。

「そんなの乱暴だよ!」

「委員長の決定だ。」

 揉めているのは委員長(彼が鶴乃さんの”元”彼氏らしい)と大石実鈴ちゃん。委員長が教室二つ繋げて合同にすればいいじゃないかとか、適当に括ったことにみすずちゃんが抗議しているのだ。ただ、委員長の言いたいこともわからないでもない。
 だって同じことやりたいなら合同にしたほうが派手だ。しかし、お化け屋敷はお化け屋敷でも一組はラヴクラフトのクトゥルフ神話をモチーフにした宇宙的恐怖、とやらをやりたいらしい。しかし、3組は呪怨、貞子に影響を受けた胸糞と後味の悪い和風お化け屋敷という。1組は自分のお化け屋敷(「海に沈んだルルイエの小さなお墓」と一組は呼んでいる)には女の生首は置きたくないし、三組も旧支配者は信仰したくないらしい。
 まったく方向性が違うので一緒にはならない
みすずちゃんは自分たちのクラスのSFぶりを言うがなかなかうまく伝わらない。たぶん題材がそもそも難しいんだと思う。
 
「そういう問題じゃない!非効率だって言ってんだ。かぶってるだろ!どのみち使用備品も大して変わらないんだ、いいだろ?合同だって。このままだと明らかに備品と予算が足りなくなる」

「ラヴクラフトの世界に加耶子はいないの!」

「わかんねーよ」


 私たち2組と4組の担当は飽きている、というかどうでもいいと思ってる、そういう顔だ。私は早々に話しあいから逃げて四組の男子委員とともにアンケートの集計作業を手伝っている。みすずちゃんは、二組の担当が私たちに代わってから元気に発言するようになったらしい。と、1組の男子委員(相方とみすずちゃんは呼んでいる)、は言っている。お化け屋敷のクラスははなるべく広い部屋を取りたいらしい。まあ、お化け屋敷だもんね。こっそりとその4組の男子委員が私に聞く。

「2組って何やるの?」

「あー、えっとね。……マッスル・パーティ、」

「へぇ。……なにそれ?」

「わかんない。まだタイトル以外はまだ、何も、決まってないの。」

「は?え?……そうなんだ。へぇ……」

じゃあ、なんなんだ、と言いたい気持ちはよくわかる。私だって言いたい。でもわからない。うまく言えなかった事にも落ち込む。最近、いろんな人と話すようになったからだいぶスムーズに喋れるようになったのにな。目の前の彼はあんまりその事は気にしてないみたいだけど。

「うちは映画上映だからな。自主制作だけど」

「そうなんだ」

 それで、4組はどうでもよさそうにしてるんだな。うちはどうでもいいってわけに行かないけど。でも、マッスルパーティーもなあなあで決まってるしなあ。正直、織政君の力技勝ちというか……。

 そうこうしているうちに、教室決めの班が急展開を迎えていた。教室中に響く声で
  
「じゃあ、お前らのクラスはなんなんだよ!」

「マッスル・パーティーについては当日までのお楽しみだから」

「文化祭のしおりになんて書く予定なんだよ……気味悪いわ」

「いや、正直名前以外何も決まってない。もうマッスル化け物パーティーにしてくれてもいい。」

「お化け屋敷を増やすな!」

「なんなら合同でマッスル屋敷でも構わんのよ」

 ゆりちゃん……何の提案してるの?

「せめて化け物・パーティーだろ……。うちはいやだけど」

 三組にはあえなく断られた。
みすずちゃんには多分、本気だと思われていないらしく呆れて言われた。

「予算書の提出あるから早く決めてよね」



 そういうと、足を組みなおし、出し物の提案書を見た。なんかカッコいいな。

「暗幕がない……。ちょっと委員長、三年生と二年生に暗幕使うか聞いてきてくれない?」

「なんで俺が?」

「2組(マッスル・パーティーはわからないけど、1組、3組(お化け屋敷)、4組(自主製作映画の上映)じゃ明らかに割り当ての5枚じゃ足りないのよ。そっちで使う予定がないなら回してもらって」
 
 みすずちゃんはぶつぶつと委員長と話し合っている。

「大石さん、うまいよなあ。ああいうの」

 4組の男子委員が感心したように言う。彼も多分ぽろっと言っただけだと思う。

「大石と委員長交代すればいいのに……」

 ちょうど、机のそこかしこであった会話がその時だけぴったりと途切れたのだ。だから一番遠い席で話し合っていた彼らにも聞こえたんだ。

「あ、それいいじゃない!みすずやんなよ」

 ゆりちゃんが軽い調子で言った。みすずちゃんは黙ったまま目を丸くして発言した男子を見ていた。
 その様子を驚くほど静かに委員長は見ている。
隣にいた3組の男子が慌ててフォローを入れた。

「あ、うん。まあ言いたい事はわからんでもないよ。なんか適当というかね、委員長はまとめるのへたくそだし、悪い奴ではないんだけど、なんか気になってる事もあるようだし、さ。大石さんができすぎるだけだから……さ」

 精一杯言葉を選んだのがわかるような言い方だ。それに暗に交代に賛成している。悪い奴じゃない、かぁ。鶴乃さんは何が良くて委員長と付き合ってたんだろう?

「みすずはやりたい?」
ゆりちゃんが聞いた。

「え?でも、委員長ってそうそう交代できるものじゃ……」

「うちは委員を交代したよ」

「……」

 みすずちゃんが戸惑った顔をする。明らかに迷って委員長を見た。委員長はゆりちゃんに向かって怒鳴った。

「女子は黙ってろ!ふざけたことばかり言ってそんなに他人をバカにしたいのかよ!最低だ!」

 ゆりちゃんの瞳が大きく揺らいだ。私はゆりちゃんに声をかけようとしたが、みすずちゃ越される。

「いい加減なこと言わないでよ!なに?自分の仕事に文句言われたら人格攻撃?今までも何度となくあったじゃない。槇原さんにそんな言い方するわけ!?」

「お前に言われる……」

「あたしは”副”委員長よ!おまえじゃない!」

「大石!」

「いいかげんにしなさいよ!予算の折衝は私がやったげるわ!とにかく合同でやることはない!」

「みすず……?」

 ゆりちゃんが明らかに様子のおかしい彼女に声をかけた。

「大石?」

 委員長は心当たりがなさそうに言った。みすずちゃんがイライラしたように言う。

「モモが!……なんでもない!アンタって……大嫌い!!さっさと槇原さんに振られなさいよ!!」

 彼女は我慢の限界とばかりに怒鳴る。一年生の島が静まり返る。。

「あたし、ずっと嫌だった。文化祭の話なんてちっともしないで、関係ない話を槇原さんに話しかけて。いやがらせって思われても無理ないよ!委員長なのに指示も出さないで喋ってばかり。あたし、文化祭ってやったことなくて、楽しみだったのに!藤田君だって迷惑してたんだよ!気づかなかった?私、モモちゃんに頼まれなかったら副委員長なんてやってない!」

 みすずちゃんはそういったきりだった。その日は何も決まらず、そのまま解散になった。これまでに何があったんだろう。快活に見えたみすずちゃんはいきなりあんなに怒るような子には思わなかったけどな。困ってゆりちゃんを見ると、少し放心したように委員長を見ていた。言われた言葉が堪えたんだと思う。二人は残るように言われ、私たちは後ろ髪をひかれながらも教室を後にする。ゆりちゃんは終始無言だった。
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