シオン・ウォーター=ホール 第17話

文字数 2,714文字

「しっかしなあ。お前らがちゃんとし実行委員やりきるとはなあ。」

 文化祭当日、きれいに飾られら廊下を歩きながらそうしみじみ言う諸口先生に藤田はどうだと言わんばかりに胸を張って見せる。

「見直したでしょ?」

「まあなあ。まさか藤田がまとめ切るとは思わなかったよ。」

「私たち、まとめられたワケじゃないです!」

 ゆりちゃんが慌てて訂正する。藤田が呆れた顔をした。

「どういう言い回しなんだよ。それ」

「お前らも頑張ったよな。織政がまさかあれだけ筋肉構造について詳しいとは思わなかったよ。今も教室で解説してんだろ?」

「キリンの首とか、カンガルーの尻尾とか考えたこともなかったです。あれも筋肉なんですね」

 私がそういうと、藤田は意外そうに言う。

「まっさか、マッスルパーティーがあれほど人気出るとはね。整理券まで配ることになるとは思いもしなかったよ。」

「ああ、子供向けのアトラクションがなかったからな、学生の兄弟達にちょうどよかったよな。うちのクラスの運動部の奴ら総動員でなんとか回してるみたいだな。なんだっけ?犬の走りの体験コーナー。とグリズリーを体感しようのコーナー」

「文化部帰宅部も忙しいんですよ。タイムキーパー、解説、アシスタントで休む暇もないみたいだもの。」

 ゆりちゃんが嬉しそう。
これは成功ってことでいいのかな。

「そういえば槇原は?」

 一緒に休みを取ったはずの槇原さんは今はここにはいない。

「あー、お父さんが来てるから昇降口まで会いに行ってます。」

 やっぱり槇原さんは苦手らしいゆりちゃんがちょっとまごついてそういった。

「へえ。お父さん市長だっけか?忙しかろうに来てくれたのか。」

「嬉しそうだったよ。みゆうちゃん。」

 藤田が言うと先生はしみじみ言う。

「へえ。そりゃよかった。」

「ねえ、先生。私たちよくやったと思いません?」

 唐突にゆりちゃんが先生に話しかける。先生は

「おう。頑張ったんじゃねえの?」

 何か違和感を感じつつも返答する。そうするとゆりちゃんはガバッと手を合わせて先生にお祈りをするようなポーズをとった。

「ご褒美!!ご褒美にそこの綿菓子買ってください!」

「はあ!?」

先生は素っ頓狂な声を上げる。私もびっくりだ。

「谷村。図々しい!でも俺からもお願い!諸口センセ!!」

 藤田が調子よく加わった。先生と私は困り顔を見合わせるが、先に先生が折れる。

「別に買ってやるのは構わねえけど、槇原抜きってワケにはいかないだろ?クラスのほかの奴の目もあることだし。さすがに全員は買ってやれねえ。」

「言わないから!ね。マリも黙ってるわよね?」

 そりゃ私だって食べたいけれども。

「こういう時に主張しなくていつするのさ!さ、蔵本!」

 なんで藤田こんなに興奮してるんだろう?私は二人の勢いに押されてうなずいた。それを見た先生はあきらめたように言った。

「しかし、やっぱり槇原抜きってワケにはいかんだろう。ほれ、連れてきてやったらおごってやるよ。」

「ほんとう!?約束ですからね!さ、マリ、藤田行くわよ!」

ゆりちゃんが私と藤田を強引に引っ張っていく。

「ちょっと待ってよ。谷村って!!」

「ゆりちゃん、人が多いんだから!」

「お前ら、くれぐれも他人にケガさせるなよ!」

 背中から先生の声が追いかけてきた。ゆりちゃんは聞こえていないのか無視しているのか、人の間を縫い、階段を三段飛ばしで駆け降りていく!追いつくのがやっとだ。

「谷村、足はっやいな!どこ行くんだよ!?」

 藤田が息を切らせながらゆりちゃんの背中に向かって呼びかける。ゆりちゃんは振り返りもせず、

「昇降口!」

「なんで?」

そこにいると思ったの?までは私の息が続かなくて聞けなかった。

「だって!さっき槇原が”昇降口にお父さんが来てるから会いに行くね”って言ってたじゃない?」

よく聞いてたな!
そうこう言っている間にゆりちゃんが昇降口に滑り込んだ。

「あれ~?」

 いない、んだね。私と藤田は探す余裕もなく壁際にへたり込んだ。

「お前のスタミナなんなんだよ。ドッグランの犬でもそんな体力ないわ!」

 藤田が息も切れ切れに言う。

「二人に体力がないだけよ。鍛えな。マッスルパーティーは二階よ。」

 売り言葉に買い言葉。しかし、一切息が切れてないのすごいな。

「ゆりちゃん。運動部入りなよ。」

「いや。私、文芸部だもん。しかし、一足遅かったようよ。いないわ。まったく先生の気が変わらないうちに行かないといけないというのに。どこ行ったのかしら?」

 ゆりちゃんは腕を組んでいった。

「教室、帰ったとかじゃないの?たしかみゆうちゃんは合唱コンクールの照明係もやるはずだし、お父さんだって市長さんなんだから忙しいだろ。」

「藤田。それは早く言いなさいよ。……いつまでへばってんのよ。情けないわね。」

「体力バカめ」

「ただのバカに言われたくないわ。」

「バーカ、バーカ」

「藤田のほうがバカよ!」

「やめてやめて!」

 小学生みたいな言い合いしないでよ!

「とりあえず、教室がいちば……あれ?」

「どしたのよ?マリ。」

 昇降口の外、ここからは見えないけど桜の木の脇のあたりから影が伸びているのが見える。私が指さすと二人がそちらを向く。

「ああ、いたんじゃない。まったく谷村のはやと……」

 ゆりちゃんは確認するや否やずんずんそちらに向かっていき、その影の主に指をさした。

「いた!槇原みっけ!」

 ここからでも二つの影が戸惑っているのが見える。その様子を見た藤田が私を見て言う。

「あいつのためらいのなさなんなの?」

「いつもはこうじゃないんだけどね。多分、お祭りでテンション上がってるの。」

「谷村が思慮深かったとこ見たことないんだけど。」

「さすがにここまでのはなかなかないよ。」

 私たちが昇降口の外へ行くと見たことのない男の人と槇原さんがいた。もしかして……。

「みゆうちゃんと、誰?」

 藤田も無遠慮な視線を向けている。その人は、私見たことがある。

「藤田君……」

 槇原さんが小さな声で言った。その男の人は槇原さんと同じ顔をしている。

「君たちは美優のお友達かな?」

 やっぱり市長だ。槇原さんのお父さん。市広報で見た顔だもん。

「あ……いつもお世話になってます。」

 いきなりゆりちゃんがおとなしくなった。今の今まで元気だったのに。


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