シオン=ウォーター=ホール

文字数 2,184文字

 次の日に学校に行くと、すでにゆりちゃんがいた。

「おはよう、珍しいね。ゆりちゃんがこんなに早くくるなんて」

 私はゆりちゃんに声をかける。ゆりちゃんは立ち上がって

「ほんとに元気なの?脊椎がどうとか、ないの?」

 私の周りを一周して確認する。
 そして、憮然としながら言った。

「藤田からのラインで元気なのは知ってたけど、連絡くらいよこしてよ」

「ごめん、昨日帰ったの遅かったから」

 ずいぶんと心配されたらしい。

「やっぱ、持ちなよ。連絡ラクだよ。」

 ゆりちゃんが自分の携帯をぶらぶらさせる。

「便利なのはわかってるんだけど、なかなか、ね?」

「マリはもっと外の世界を知るべきだよ」

 ゆりちゃんの言うことはもっともなんだけれど、

「やっぱり怖くてね」

 私は結局そう返した。
 しかし、いつの間に、連絡先を交換したんだろ。

「それより、意外に教室普通だね。」

 私が聞くと、ゆりちゃんは考えるポーズをとった。

「そっかぁ。マリは見てないんだっけ?マリが保健室で寝てる間、鶴乃が槇原に
 謝ったんだよ。
 それで、一応手打ちになった。」

「そうなんだ」

 私は教室を見回した。鶴乃さんは、まだ来てない。けど、友達の眉村さんはヒマそうに爪を磨いている。
 あの様子なら、きっと問題ないのかな?
 槇原さんは席でお友達と楽しそうに話してる。顔の包帯が痛々しいけど。

「なんか、なんにも起きなかったみたいだね。」

 ゆりちゃんは、ため息をついた。

「そんなもんよ。ただのガキの喧嘩なんだから」

 そんなもんか。でも、一番ガキの喧嘩をしていたのはゆりちゃんじゃないかな?
 昨日の風景を思い返すと泣いたり怪我したり怒ったり大変だったけど、一日経ったらどうでもよくなるようなものなのかな。

「おーはよ」

 背中から声を掛けられる。私はそちらの方向に振り向いた。ゆりちゃんは机に頬図絵をつきながら声の方向に向き

「おー」

と気のない返事を返した。振り返ると、藤田でやっぱり私を凝視していた。

「蔵本、痛いとかないの?」

藤田が聞く。

「うん、ないよ。元気」

 私は答えた。よかった。前よりもスムーズに話せる。そうやって話していると、コロンと机の上に何かを乗せられた。色は塗っていないけれど、綺麗に磨かれた爪が見える。
ゆりちゃんが顔を上げ驚いた顔で見る。

「鶴乃!」

 私の机の上に二つの包みを置いたのだ。鶴乃さんは腫れた目をしていたが元気そうで、私たちからは気まずそうに目をそらしていた。

「あれー?ふじふじ、谷村と仲良かったんだー」

 隣にいる眉村さんはいつもと変わらず、眠たそうな雰囲気で藤田に話しかけた。
ふじふじって呼ばれてるんだ……

「うん、まゆまゆ。最近仲良くなったんだよー。」

 藤田はそう返すと、二人で女子のようにじゃれあいだした。
いや、眉村さんは女の子なんだけど……

「これ、もらっていいの?」

ゆりちゃんが机の上の包みを手に取って鶴乃さんに尋ねた。鶴乃さんがかすかに頷く。
ゆりちゃんがもう一つの包みを私に手渡した。

「あ、りがとう」

 私はぎこちなく礼を言う。親しくない人が多くて落ち着かない。カラフルなセロハンの包みを開くとそこにはクッキーが入っていた。

「わあ」

 思わず声が出た。甘いような香ばしいようなにおいがする。

「これ、作ったの?」

 鶴乃さんは恥ずかしそうに言う。

「迷惑かけちゃったから、お詫びよ」

「すごいね。ありがとう」

 ゆりちゃんはもう中身を食べ始めていた。

「おいしいね。コレ。チョコ?」

「チョコチップとイチゴよ。あなたのそれはどっちも入ってる奴」

 ひとつ、ピンクのマーブル模様のクッキーを食べてみる。イチゴのいい香りが口の中にする。

「あなたも悪かったわね。あの後、槇原さんを保健室まで連れてって手当まで
 してくれたんでしょ?」

 私を見て鶴乃さんが言う。私、別に何もしてない……と言いたいけれど、口の中にものが入ってるからしゃべれない。そのスキに藤田が私のもらった包みからチョコチップのクッキーを出して一つくわえた。

「ほんとだよね。暴走して怪我人だして、委員長なのにさ」

鶴乃さんは「うっ」と痛いところが疲れたような顔をしながらも、

「反省してるわよ」

と、恥ずかしそうに答える。

「もっといいオトコと付き合えばよかったのに」

藤田は目を細めて言う。

「うっさい!バカ」


鶴乃さんは、藤田に向かってクッキーの包みを投げた。藤田は落とさないように器用に受け取ると、クッキーをくわえたまま

「なんだ、俺のもあったんだ」

と言った。

「あんたが、槇原手当してくれたんでしょ……」

鶴乃さんは消え入りそうな声で言った。

「……その、ありがとう。それだけだから。」

 鶴乃さんは行ってしまった。お礼を言うのが恥ずかしそうな態度、変わった子だなぁ。
 藤田は立ち去った鶴乃さん、追いかける眉村さんをながめながら、

「一生懸命になってるから、意地悪したくなっちゃった。」

と言い、くわえっぱなしだったクッキーをそのままゆっくりとかみ砕いた。
それ、私のもらったクッキーなのになぁ。
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