第3話

文字数 1,689文字

ゆりちゃんはいつもの場所にいた。
文芸部の部室。その、一番奥の席。乱雑にものが置かれる部室の一番見えづらいところにゆりちゃんはいた。
ゆりちゃんにとっても自分の部室で自分の席。
私はそっと声をかける。

「ゆりちゃん?」

「あー」

うめき声のような返事が返ってきた。
ゆりちゃんは机に突っ伏している。元気がない。
私はすぐそばに椅子をもってきて座る。
私が座るとゆりちゃんが話し始めた。

「さっき、自販機で眉村と会ったよ」

眉村とは、鶴乃さんの友達でいつもきれいに爪を塗っている女の子だ。
さっきは鶴乃さんに詰め寄るゆりちゃんを羽交い絞めにして抑え込んでいた。

「眉村もジュース買いに来てた。鶴乃さぁ、あの後すぐ彼氏と別れたって。
 なんか、感謝された」

意外な話だった。

「怒ってるものかと思った」

私が言うと、ゆりちゃんは「私も」と言った。

「もともと、彼氏は槇原の事好きだったんだってさ。それでもいいって言って付き合ったんだって。鶴乃のヤツ。
 許せなくなったのは最近で、彼氏が槇原を誘ったんだって。
 委員会のメンバーなんだけど。
 でも、許せなかったんだよね。鶴乃はさ。」

ゆりちゃんはぽつぽつと話す。
眉村さんがどんな視点で鶴乃さんを見ていたのか。
私にも、わかるような気がする。

「鶴乃さぁ、夏からずっと好きになってもらおうと努力してたらしい。
 覚えてる?私たち出てないけど夏休み前の球技大会、あれで付き合ったんだってさ」

じゃあ、多分好きになったのは入学してすぐくらいだね。

「眉村が言うんだよ。
 これで、槇原が怪我してたら鶴乃、自分の事許せなくなるからって。
 だから、鶴乃の怒りに付き合ってくれてありがとうって
 いきなり叩くのは良くないってのは、その通りだからってさ
 もう、これ以上付き合うとおかしくなるからって、鶴乃、自分から別れたんだって
 眉村も鶴乃も大人じゃん。」

「私、何も考えてなかったなぁ」

ゆりちゃんが後悔をにじませた声で言う。
私はなんにもできなかった。
鶴乃さんは理不尽な怒りと知ってはいても、ぶつけずにはいられなかったのかな。
槇原さんはこの話を知っていたのだろうか?
結果的に怪我をしてしまった槇原さんの事を知ったら眉村さんはどう思うんだろう。

「私、今更、謝れないよな」

ゆりちゃんが言う。

「話に行くことはできるよ」

私は言った。
鶴乃さんはきっととても落ち込んでいる。

「付いてきてくれる?」

ゆりちゃんは私に聞いた。
私はうなづいた。

「いいよ。一緒に行く。
 眉村さんもいるだろうし」

きっと、二人もこうやって話しているはずだ。

「なー、マリ。藤田はなんであんないい方したんだろ」

そういえば
あの場に、いなかったはずなのに
鶴乃さんの事、知ってたのかな。
あのあたりの人たちとはよくつるんでる、というか、一緒にいるというか
うーん、藤田の仲良しは良く知らないなぁ。

「ゆりちゃん私、藤田に聞いてみる」

ゆりちゃんがびっくりした様子で机から顔を上げる。

「え?めちゃくちゃ機嫌悪かったじゃん。やめときなよ」

「ううん、気になるの。
 私ああいう言い方する感じに見えないし」

「私のために聞きに行くことないよ」

私はなんとなく、藤田はゆりちゃんに怒っているのではないような気がした。

「ゆりちゃんじゃない。きっと槇原さんが原因だと思う」

あれだけ、大事そうに接してたのに、最後は顔を見もせずにおいていったんだもん。
きっと、なにかある。

「藤田が槇原が好きだとかそういう話?」

「わかんない。聞いてみないとわからないよ」

ゆりちゃんは申し訳なさそうに

「ごめん、私は行けない」

「いいよ。私が行きたいだけだもん」

それは仕方ない。
ゆりちゃんがいたら、また藤田に何か言われるかもしれないし。
私は扉に手をかける。

「気を付けてね」

ゆりちゃんらしい少し的外れな応援だ。

「ありがとう。行ってくるね」

私は、藤田を探しにそうかに出た。
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